第2章 噂の攻略王⑨
やっぱり私だけが友達は良くないと思う。
色々な人との関わりが可能性を広げる。まだ一年生で、入学したばかりだ。可能性を閉じてしまうには早すぎる。私だけでいいなんて肯定できるほど、私は素晴らしい素敵な人間じゃない。もっと人の輪に慣れることが大事だ。
それに私自身、学園祭に興味があった。
学園祭に縁がなかったわけではない。でも碌な思い出しか存在しない。
中学の頃の文化祭では、各学年で劇を上演した。ただやりたい人だけが立候補して参加するもので、ほとんどの人間には関係なかった。私はただ観客席から見ていた。
高校の頃は、各クラスで出し物を決めた。喫茶店やお化け屋敷など張り切ってやるクラスもあったが、私のクラスは展示をしただけだった。展示して、私たちは交代で座っているだけ。達成感なんて何もない。
学園祭、文化祭で盛り上がる人間は、私とは違う人間。
そう勝手に判断していた。
決めつけ。
でも、それは違うかもしれない。
ただ私が動かなかっただけだ。意欲がなかっただけだ。周りのせいにするのは簡単だ。周りを巻き込むエネルギーが私にはなかった。
だが、幸か不幸か大学に入って、私は動いた。
一人の人間を、三澄さんを変えてしまった。何もできないと思っていた私が彼女に影響を与えた。
一度動き出したらもう止まらない。留まることは悪だ。
多少の勝算はあった。
学園祭は華々しいものであるが、実行委員会は裏方の仕事だ。準備、装飾、広報、支援。祭を支える仕事である。
それならば彼女も協力してくれるかもしれない。言ってしまえば、目立たない地味な仕事。
それに、
「榎田さんがやりたいなら私もやる」
授業の終わりに彼女に聞いたらその答えが返ってきた。
そう、私で釣った。
「本当?ありがとう、三澄さん。頑張ろうね」
彼女一人なら絶対に参加しないだろう。だが、私がやりたいと言えば彼女も興味が湧き、のってくると思った。彼女の私への友情を利用したのだ。ごめん、三澄さんを考えてのことだから悪く思わないでほしい。
「じゃあ、早速今日の放課後に顔出そうか」
「じゅ、準備が・・・」
「心の準備?」の問いに首を振る三澄さん。
「それじゃあしっかり準備して明日ね」
「うん」
そうして、その日は別れた。
家に帰ると誰もいないのがまだ慣れない。
私は駅前徒歩10分の賃貸で、一人暮らしを始めさせてもらった。家賃は6万5000円、2階の端の部屋。オートロックはなく、女子としては不安なところだろうが、親の仕送りなので、これ以上要求はできない。一人暮らしさせてくれるだけ、恵まれた家庭だ。
うちの家は転勤族ではなく、もちろん海外な訳もなく、18年間同じ場所に住んでいた。帰ると母親がいて、しばらくすると父親が帰ってくる。18年間、その繰り返し。
その無限に続くと思われたループが一人暮らしを始めて、途絶えた。いつもの家はないし、家に帰ってきても親はいない。
寂しいとは違う。実家に帰りたいわけではない。
違和感。どこかしっくりと来ない。
あるはずのものがない。私は本当にずっとあそこに住んでいたのだろうか。全ては夢で幻想だったのではないか。
勝手に料理は出てこないし、洗濯も掃除も自分でしなくてはいけなく、非常に面倒だ。スーパーで半額となったお弁当を食べながら、あんまり美味しくないなと改めて母親の偉大さを痛感する。
フライパン、包丁、炊飯器など、料理するのに必要なものは揃っている。引っ越した当初は料理しようともした。したが、暗黒物質〈ダークマター〉を生み出し、口にするまでもなくゴミ箱行きとなった。
自身のあまりの未熟さに、実家にいた時に、母に料理を習っておくべきだったと反省をしたものだ。「お家のお手伝い、たくさんしましょうね」と小学校の先生が口うるさく言っていたのは、お前ら一人暮らししたら苦労するぞ、今のうちに覚えとけという優しさだったのかもしれない。
そんな忠告を無視してきた私なので一人暮らし三日目にして、コンビニ、インスタント生活に突入した。電子レンジでチン、お湯をいれば出来上がり。面倒な片付け、皿洗いもない。人類の発展は素晴らしい。
たださすがに10代の女子がこんな偏った食事をしてはいけないと思い立ち、最近はスーパーの弁当を重宝している。カップ麺よりは栄養があるだろう。
三澄さんは夕食も毎日自分で作っているのだろうか。
あのクオリティの弁当だ。きっと作っているんだろうな。見た目の可愛さだけでなく、女子力を秘めているな、凪沙ちゃん。
芸人の声がやけに大きい。どこが面白いのかわからないバラエティー番組を見ていたら、携帯が震えた。
母からの電話か、もしくは壮太かと思ったが、珍しいことに私の中で噂の三澄さんからの着信だった。
「はいはいー、きょりんだよ」
とお道化て出ると、『えっ』という声に落下音が聞こえた。
「ごめん、ごめん、携帯落とした、大丈夫?」
『榎田さんだよね?』と不安げな声が聞こえる。ふむ、疑われているな。
「そうだよ、珍しいね。電話してくるなんて」
『はじめて、です』
「そうですか、初めてですか」
電話するのが生まれて初めてってことではないよね。
「おうち?」
『うん、家から。榎田さんもおうち?』
「そうだよ、お家だよー。夕食中なのだ」
『ご飯だったんだ、ごめん、切る?』
「いいよ、いいよ。テレビもつまらなかったし、暇していたんだ」
「それに三澄さんのことも考えていたし」と言うと、『ぶほっっ』と息を吐き出し、電話越しに咳き込む音が聞こえてきた。
『ど、ど、どうい』
「あー三澄さんなら夕食は自分でつくるのかなーって」
『そういうこと、そういうこと、何だそういうことか』と小さな声で呟くのが耳に届く。ちゃんとこっちに聞こえているぞ、三澄さん。
「私は夕飯をつくるスキルが足りないのだけど、三澄さんはどうかな?」
『基本的につくる』
「やっぱりー。偉いな凪沙ちゃんは」
『えへへ、って凪沙ちゃんじゃないー』
「一度、ご馳走になりたいものです」
『…今度来る?』
「そのうちね~。お弁当も美味しかったし、期待している」
『が、頑張るね』
頑張りすぎてフルコースが出てきそうで怖い。
「それで、何の用かな?」
用がなくても電話していいと言ったけど、いきなり用なしでかけてこないだろう。
『明日のことなんだけど』
明日のこと、七夕祭実行委員会に行くことか。
「どうしたの、やっぱり行きたくない?」
『そ、そうじゃなくて』
「うん?じゃあ何かな」
『お土産は必要かなって』
「お土産?何で?」
『いきなりお邪魔したら悪いよね?つまらないものですが…って渡した方がいいよね、失礼じゃないよね?』
「結婚の挨拶か!」
『け、結婚!?誰と誰が?』
そういうことじゃない。
「そんな丁寧に行かなくて大丈夫だよ。だって、相手は自分たちと同じ学生だよ」
『でもでも、初めてだよ。知らない人たちだよ』
彼女の言い分も一理あるか。
「じゃあ、数百円のお菓子買っていこうか。ポテトチップスとか、チョコのお菓子とか」
『そんなのでいいの?』
「大丈夫、大丈夫。逆に高級なお菓子貰っちゃうと恐縮しちゃうから程々でいいの」
『そっかー、なるほどなるほど』
「姫のお役に立てたようで何よりです」
『ひ、姫じゃないし』という彼女のツッコミを無視する。
「後は動きやすい格好がいいかな。物運んだり、作業したりすると思うから」
『わかった、動きやすい格好』
授業終わったら図書館前で待ち合わせしていこう、と約束し、三澄さんの聞きたいことは解決したようだ。
『榎田さん、色々とありがとう』
「どういたしまして、じゃあそろそろ電話切る?」
『う、うん、そうだね。結構話しちゃったね』
「また明日ね」
『うん、おやすみなさい』
悪戯な心が働いた。
「うん、おやすみ、三澄さん・・・ピッ」
と口で答えると、電話越しから小さな声が聞こえる。
『わー・・・榎田さんと電話しちゃった、しちゃったよ。えへへ、嬉しいな、えへへ』
「そりゃ、どうも」
『えっ、榎田さん!?まだ電話切れてない!?』
「いい夢見てね」
今度こそ電話を切る。
まんまと私の声に騙されてやんの。…あれが榎田さんの本音か、ちょっと恥ずかしいんですけど。
それにしてもサークルに行くのにお土産持参した方が良いと考えるなんて、律儀な子なのか、世間知らずというべきか。良い家で育ったのだろう。その反動で帽子スタイルという暴挙に出たのか。
そういえば、お兄さんがいるって言っていたけど、野球帽以外、兄の話を聞いたことがないし、家族の話も出てこない。
今度、聞いてみようと思い、欠伸ひとつ。
今日は人とたくさん喋ったので営業終了だ。
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