第2章 噂の攻略王⑦

「食べようか、学食」


 落ち着いた彼女がコクリと頷く。

 箸を持ち、唐揚げを掴み、口に運ぶ。まだ熱い、出来立てだ。味も良い。ワンコインでこの味ならかなりお得だ。

 三澄さんも満足なのか、パクパクとご飯を口に運ぶ。


「美味しい?」

「うん」

「良かった」


 発した言葉は少ないが、言葉の温かさが違う。

 そういえば、と私は携帯を取り出す。

 変に元気な子、なんだっけ。携帯の電話帳を見て、思い出す。そう、仲谷さんからのお願いを思い出す。


「三澄さんと仲良くなりたい子がいるんだけど」


 彼女は首を傾げ、


「榎田さん?」

「違う、違う、私じゃない」

「そう、残念」


 そこは残念なの?


「もちろん、私も三澄さんと仲良くなりたいのだけど」

「嬉しい」

「うん、嬉しいのはいいことなんだけど」


 感情がストレートだ。縮こまっていた彼女はどこにいった。


「その、仲谷さんっていう女の子が、三澄さんのこと気になっていて、友達になってほしいんだって」

「何で?」


 うーん、なんでなんだろう。可愛いから?


「可愛いから?」

「可愛い・・・榎田さんもそう思う?」

「う、うん。三澄さんは可愛いよ」


 彼女が両手で顔を隠す。照れ隠しなのだろうか。


「そうなんだ、そうなんだ」


 三澄さんが同じ言葉を反芻する。何がそうなんだろうか。いや、今は仲谷さんのことを話したいのだが、どうも脱線する。


「だから、仲谷さんと友達になってあげてってこと」


 反芻していた言葉が止み、きょとんとする。

 そして、短く、けれども強い拒絶を示した。


「嫌」


 珍しく、彼女の強い意志が見られる。


「何で嫌なの?」

「知らない」


 その通りだ。会ったことも、話したこともない人と友達になりたくない。あなたのことに興味があります、といきなり手紙が来ても怖い。当然の拒絶だ。


「じゃあ、今度私が紹介するから、それでどう?」


 少し考えるも「嫌」と再び否定の言葉が聞こえた。

 ここまで否定するのに押し付けるのも悪いか、引き際か、と思っていると三澄さんから話しかけてきた。


「榎田さんはそうして欲しいの?」


 そうして欲しい?

 私は三澄さんに、仲谷さんと、友達になってほしい?そう問いかけているのか、彼女は。


「別にそういうわけじゃないけど」

「じゃあ、いらない」


 それは、


「それは、どうして?」

「必要、ないから」


 必要ない?仲谷さんという新しい、まだ見ぬ友になりうる可能性が、必要ない?


「・・・榎田さんがいるから」


 私がいるから必要ない?私がいるせい?私のせいで、他の友達はいらない?友達は一人だけでいいってこと?


「友達は何人いてもいいんじゃないかな」


 できるだけ優しく言うも、


「ううん、一人でいい」


 強く否定した言葉が返ってきた。


「榎田さんだけでいい」


 私、だけで、いい。

 一つ、一人でいい。

 彼女の友達スペースには私しか入らない。許容量が少ない、世界が狭い。

 

 これは女子に多い傾向だ。彼女は多くの友達を必要としていない。


 それは群れるのが苦手だからか?

 それは人を信用できないからか?

 それは友達が多いと気を遣って面倒だからか?

 それは友達に必要性を感じないからか?

 それはただ単純に不器用であるからか?


 どれかか、あるいは全部か。

 そういう女の子もいる。そういう生き方を否定はしない。

 ただ私は一人の人に執着する人間ではなかったから戸惑いを覚える。友達と呼べる人はそんなにはいないけど、けれども少なくはない。けして限定したりはしない。いつでもオープンだ、来ないだけ。

 だから、彼女の考えはどこか新鮮で。


「そうか、じゃあこの話は止めようか」


 どこか変だとも感じる。


「うん」


 切り替えだ、これ以上考えるのを辞めた。

 良くない、昼時に暗くなるのは良くない。深刻に考えることではない、お昼の会話だ。


「三澄さん、携帯持っている?」

 

 私はポケットから携帯を出し、彼女の前にかざす。


「うん、持っている」

 

 携帯を机の上に置く。黒いスマートフォンだ。ストラップもデコレーションも何もない。ただただ真っ黒。


「今日みたいに待ち合わせする時、大変じゃん。だから連絡先、交換しときたいと思って」


 目を大きく開け、納得したのか、首を強く縦に振る。


「トークアプリ入っている?」


 首を横に振る。


「じゃあ普通に番号とメルアドでいいか。携帯借りていい?」

「うん」


 彼女の携帯を手にし、自分の番号と、メールアドレスを入力していく。


「はい、登録終わったよ」

「おお」


 そんなに驚かれるほどのことではない。


「じゃあ電話してみて」


 三澄さんが恐る恐るボタンを押し、私の携帯電話が震える。


「お、かかってきた、きた」


 思わずボタンを押してしまう。


「「・・・もしもし」」


 電話と目の前から彼女の声が聞こえる。


「うん、ここじゃ電話の意味ないね」


 切断のボタンを押す。


「それじゃあアドレスも登録したいからメール送ってくれる?」


 彼女が携帯を握りしめ、微動だにしない。


「いやいや、本文何も入れないでそのままでいいから、ね」

「わ、わかった」


 そう言い、ボタンを押し、数秒後私の元に彼女からのメールが届く。本文には「?」と一文字だけ書かれている。どういうことだ、こちらが?だ。


「よし、これでアドレスもオッケー、何かあった時は連絡してね」

「何かない時は?」

「うん?」

「何かない時でもいい?」

「別に良いけど、私連絡遅いからね、あんまり携帯見ないし」

「うん、いい、大丈夫」


 友達とはけっこう連絡取りたい人間なのだろうか。私はそういうのに無頓着でいい加減なので、平気で数日後に連絡を返すことが多い。

 話してばかりで気づけば昼休みもあと20分だ。


「あんまり時間ないね、早く食べちゃおう」


 う、うんと頷き、三澄さんも心なしか早く箸を動かす。

 時間ギリギリになり、3限の教室にダッシュすることになるのだが、食後の運動ということで許してあげよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る