第2章 噂の攻略王⑥

 

 お腹の虫が暴れ始めたところで2限のドイツ語が終わり、お昼の時間となった。

 よし、三澄さんとの食事タイムだ。

 彼女はどこで待っているだろうか。

 図書館前、学食前、以前食べたあの屋上?

 屋上に行くのは時間がかかるし、面倒だ。ここは1番近いところで図書館前か。そう思い、足を伸ばすが、三澄さんはいなかった。

 となると次は学食前か。

 学食前にいないとなると探すのが大変だ。このままお昼休憩が終わってしまうかもしれない。彼女のことだから私の約束を反故にして、一人で食べるということはしないだろう。だから会えないと迷惑かけてしまう。朝、連絡先交換しとけばそんな心配はいらなかったのにと後悔。

 ただその心配も杞憂に終わった。


 学食前につくと、入口の近くで中を覗いては、引っ込めて、そわそわしている三澄さんがいた。彼女の元に近づくと三澄さんも私に気づいたのか、こちらを向いて、大きく手を振ってくる。


「ごめん、待った?」

「ううん、待っていない」

「本当?」

「うん、そんなに待っていない」


 私が顔を近づけ、問い詰める。


「10分以上待っていない?」

「う、うん、5分ぐらい」


 小さな指を広げ、5とつくる。


「ごめんね、待ち合わせ場所決めてなかったね。最初、図書館入口を探していたんだ」


 彼女があっと口を開ける。

 これは待ち合わせ場所を考えていなかったっぽいな。私は三澄さんのこと何でもわかるわけじゃないぞ。むしろわからないことだらけだ。もちろんテレパシーなんてものも存在しない。


「ちゃんと待ち合わせ場所決めとけばよかったね」

「うん、ごめん」

「次の教訓で!じゃあ入ろうか」


 謝り合戦は終了だ。早く終えないと私のお腹が許してくれない。

 食堂に入るとなかなかに混んでいた。

 大きな机はサークル、団体、運動部っぽい人たちに占領されていて、他の丸テーブル、小さな四角テーブルが空いている。

 私たちは窓際の4人掛けの四角テーブルを確保する。


「私待っているから、先買ってきていいよ」


 そう言うも三澄さんは動かなかった。


「あっ、そうか。学食初めてだったね」


 バッグ、リュックを机に置いていこう。財布を持っていくわけだし、私のバッグの中に他にめぼしい物は存在しないから盗まれないだろう、きっと。


「じゃあ、一緒に行こうか」


 彼女の顔が明るくなる。わかりやすい子だ。


「うん、お願いします」


 彼女を引き連れて、初ダンジョン突入だ。

 

 うちの食堂には2つのパターンが存在する。

 一つはバイキング形式。

 用意されたお皿に料理をのせ、会計で重さを計り、重さによって料金が決まる。

 もう一つは券売機で買う形式。

 券売機にお金を入れ、好きなものを注文。その後、定食コーナー、麺コーナー、丼ものコーナー、それぞれの場所に行き、買った券を渡す。券を渡して、その場で少し待っているとすぐに料理が渡される。

 どちらでも良いのだが、初心者には券売機で買う方がベターだろう。


「ここにお金入れて、食べたいものを選ぶんだよ」


 さすがの三澄さんでも券売機はわかると思うが、丁寧に説明する。宇宙人か異世界人か、お金持ちのお嬢様でない限り知っていると思うが、念のためだ。

 しかし、私の期待を裏切り、三澄さんは券売機とずっと睨めっこしている。


「三澄さん・・・?」


 彼女は困った顔をこちらに向ける。


「多すぎてわからない」


 そういうパターンか。好きなものでいいんだよ、てきとーに無難に!といっても彼女は困るのだろう、ぐぬぬ。


「私から選ぶね」


 私は迷わず、唐揚げ定食を選ぶ。


「はい、次は三澄さんだよ」


 彼女も同じボタンを押す。


「私も榎田さんと同じでいい」


 そうくると思った。


「じゃあ券を持っていこうか」

「うん」


 券を持って、移動する。

 定食コーナーには白い割烹着のおばちゃんがいて、手に持った券を渡す。


「唐揚げ定食2つお願いします」

「お願い、します」

「はいよ」


 おばちゃんの元気な声。

 二人でじっと待っているとおばちゃんが話しかけてきた。


「二人は1年生?」


 私が答える。


「はい、そうです」

「私は食堂の頼子、頼れる、子と書いてよりこっていうの、頼ってね」


 がははと笑う。豪快な人だ。


「はい、頼りにします。私は榎田希依と言います」

「あら、あなたもヨリがつくのね」

「依存の依でヨリと呼ぶんです。なので、私は頼りないです」

「そんなことないわ、あなたは誰かに依存されるのよ、あはは」


 依存されるのだろうか、頼りない私なんかに。


「そっちの子は?」


 三澄さんが口をもごもごしているので、私が代わりに紹介する。


「こちらは三澄凪沙ちゃんです」


 三澄さんが急に反応した。


「凪沙ちゃん!?」


 ちゃん付けは嫌だったのだろうか。


「あら、ちゃんとあなたも喋れるじゃない」

「そうです、凪沙ちゃんは恥ずかしがり屋なんです」


 三澄さんが私の服の袖を引っ張り、抗議する。口で言え、口で。この恥ずかしがり屋の凪沙ちゃん。


「そう恥ずかしがり屋なのね、凪沙ちゃんは。ふふふ、私の若い頃にそっくりだわ」


 大胆な物言いの頼子さんが、恥ずかしがり屋だったという過去が信じられない。人は大きく変わるものなのだろうか。それとも別の世界線の話なのか。


「凪沙ちゃんは目が大きくて、顔は小さくて、肌は白くて、美人さんね」


 おばちゃんのべた褒めに三澄さんの顔がどんどん赤くなり、下を向いていく。やはり耐性はゼロだ。


「それに、その帽子。とても似合っているわね」


 三澄さんが少し顔を上げた。


「お気に、いりなんです」


 彼女の突然の返答にも、頼子さんは驚かず優しく答える。


「そうなのね。大事にしなさいよ」

「頼子さんー、定食できたわよ」


 別のおばちゃんが奥から大きな声をかける。


「はいはいー」


 私と三澄さんのトレーに、キャベツと唐揚げがのった皿とご飯、味噌汁が置かれる。


「お水はセルフだから宜しくね」

「はい、どうも」

「どう、も」

「またお話ししましょうね」


 おばちゃんが離れていく私たちに手を振り続ける。私たちはペコペコお辞儀しながら場所取りしてあるテーブルへ向かう。


「いい人だったね」


 親しみやすい人だった。ザ・食堂のおばちゃんという感じ。むしろ寮母なイメージか。どちらにせよ信頼できるおばちゃんだ。

 三澄さんはほっぺを膨らませながら、席に座る。


「三澄さんはああいう人、苦手?」


 彼女が首を横に振る。


「ちゃん、は嫌だ」


 ああ、そっちを嫌がっていたのか。


「私と榎田さん、同い年。だからちゃんじゃない」

「そうだね、ごめんね凪沙ちゃん」


 三澄さんが少し語気を強め、


「だ、だから」

「私のこともちゃん付けでいいよ、希依ちゃんで」


 へ?、と言い、気の抜けた顔をする。

 そして、もじもじしだすが、やがて意を決したのか、声を発す。


「き」

「うん?」

「き、きき、きよ、きよよよ、き、きーーー」


 駄目だ。バグってきている。


「ご、ごめん。三澄さんに戻すから、ごめん、三澄さん」


 三澄さんがふーふーと呼吸を整える。

 彼女をポンコツなアンドロイドにするところだった。心の回路をショートさせてはいけない。

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