第2章 噂の攻略王⑤

 その機会はあっさりとやってきた。

 三澄さんとお弁当を食べた、スイートなタイムを過ごした次の日、私はいつもと同じように駅前のバス停に並んでいた。

 大学最寄り駅に住んでいる私だが、その最寄り駅から大学まで徒歩30分かかる。歩けなくもないが、わざわざ朝から大切なエネルギーを消費したくない。

 本日は1限からなのでバス停も空いている。大学生は皆、早起きが苦手なのだ。中高、部活の朝練などで早起きしていたくせに大学生になると起きられない。

 大学は自己責任だ。義務じゃない。多くの人間が親から解放される。自由になれば、人は怠惰になる。人はだらしないのだ。楽な方に楽な方に生きようとする。そして、それは今後の楽に繋がらない。大学を終え、社会に出ればまた会社という枷が生まれ、自由がなくなる。社会人になれば、また朝早く起きるようなり、満員の電車に乗るようになるのだ。枷がなければきちんと生きることができない。強い人間は別だが、一般的にはそうだと私は思っている。

 バスが到着し、乗り込む。始発なので席は選び放題だ。

 椅子に座り、欠伸を一つ。ああ、眠い。

 バスの発車のアナウンスの声が流れる。

 ふと窓の外を見ると、走っている女の子がいた。

 見知った横顔に、見知った帽子を被っていた。


「すみません、ちょっと待ってください」


 私は思わず大声で運転手に言う。

 運転手に声が届いたのか、閉められていた入口の扉が開く。

 そして、息を切らした女の子が運転手に会釈して乗ってきた。

 白いキャスケットを被った女の子。

 三澄さんだった。

 三澄さんも私に気づいたのか、こちらに歩いてくる。

 私は右手を軽く上げて、挨拶する。


「おはよう、三澄さん」

「おは、よ」


 彼女が私の隣の空いた席をじっと見る。


「うん?座りなよ」


 三澄さんはもじもじしながら、


「おじゃま、します」


 お邪魔されました。


「走っていたね、寝坊?」

「見た?」

「うん、見た見た」

「忘れて」

「走り方も可愛いね」


 うーと言い、俯く。イジりがいのある子だ。


「今日は寝坊でもしたの?」


 頷く。


「珍しいね」


 朝、彼女と出会ったのは初めてだが、何となく寝坊しないキャラだと思っていた。あんな恰好していた割に真面目だもん、三澄さん。


「たまに」

「親が起こしてくれないの?」


 首を横に振る。


「一人暮らし、だから」


 一人暮らしと、メモメモ。確かに実家暮らしで親がいたら止めるか、あの格好。それか相当に娘に関心がない親だ。


「そうなんだ、私も一人暮らしなんだ」

「うん」

「最寄りの駅?」

「ひとつ先」


 ということは電車でも野球帽、パーカー丸被りスタイルだったわけか。大学だけじゃなく、世間にも知られ、もしかして噂されていたかもしれない。


「寝坊」


 うん?彼女がもう一度繰り返す。


「寝坊したのはさっきも聞いたよ」


 何か言いたそうにもじもじしている。

 寝坊。寝坊したから何なんだろうか。

 あ、そうか。


「お弁当つくり忘れた?」


 三澄さんがうんうんと首を縦に振る。


「じゃあ、ちょうどいいね。今日学食で食べようか」


 また、首を縦に振る。そんなに頭振って疲れないのかな。


「たの、しみ」

「うん、私も楽しみだよ」


 へへへと彼女が笑う。その横顔を見て、ドキッとする。

 うーん、保護欲かな?小動物っぽいし、守ってあげたい系女子とはこういう子のことを言うのだろう。

 話しているとあっという間にバスが大学に到着した。


「じゃあ2限終わったら行こうね」

「うん」


 バスを降り、別々の棟に向かう。

 あっ、待ち合わせ場所決めておくの忘れていた。いいか、連絡すれば、と思ったけど、連絡先を交換するのも忘れた。

 ミッションとか言っていたのに忘れっぽいやつだ。三澄さんもどう私と待ち合わせする気でいるのか。

 うん、お互い様ってことだ。忘れっぽい私が悪いわけではないのだ。

 まあ、何とかなるかー、同じキャンパスにいるわけだし、とお気楽な気持ちで講義に向かうのであった。

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