第1章 帽子女と二人組④
大学生の一週間というのはあっという間で、また三澄さんと一緒の授業がやってきた。
私の目の前には、紺色のパーカーを深く被った女がいた。
野球帽を無くしたから、パーカーのフードで顔を隠しているのか。
その様に苦笑いを浮かべながら彼女に問いかける。
「雑誌のデザインだけど、どうしようか」
三澄さんが私の言葉を聞いて、リュックをがさがさと漁り、中から紙を取り出す。
顔を上げずに私にその紙を手渡す。
紙には白黒のイラストの入ったデザイン案が描かれていた。
「これ三澄さんが?」
紙を受け取り、まじまじと眺める。
鉛筆で書かれた小動物や記号、大雑把なレイアウト。
「三澄さん、絵うまいんだね」
素直に彼女を褒める。彼女は首を横に振る。
「いやいや、凄いよ。なるほど、なるほどね」
三澄さんにこういう才能があったとは。いや、デザイン系の授業を受けるからにはこういうことに興味があって当然なのか、私が足りていないだけで。
デザインにペーペーな私は、三澄さんの思わぬ頑張りに素直に感心しきっていた。
紙を指さし、三澄さんに問いかける。
「ここは何ていう文字にしようか?」
「・・・」
三澄さんは無反応で下を向いている。
そりゃそうだ。フードを深く被っていちゃ、私が指さす姿をまともに見えるはずがない。
「三澄さん」
私の真剣な声に、彼女は少しだけ顔を上げた。
「パーカーは拒絶感が半端ない」
三澄さんが小さく頷く。
「・・・」
頷くだけど、特に何もしようとはしなかった。
・・・まさか野球帽の方が良かったと思う日が来るとは。
パーカーだとまともにこっちを見てくれない。そのフードをおろしてくれれば何も問題ない話ではあるのだけれど難しい。
三澄さんがいう恥ずかしい。その恥ずかしさが授業の進行を妨げる。
その恥ずかしさをどうにかできないのか。できなければ私の単位は消える。
その後も二人で意見を交わすことがなく、ほとんど進展がなく授業が終わった。
どうしたものかなと悩みながら池の近くの芝生の道を歩いていると、以前と同じようにパーカーのフードを深く被った三澄さんが少し前を歩いていた。
視界不良からか時々人にぶつかり、ぶつかる度に軽く会釈して、その場を慌てて逃げ去る。
その光景を見て、私は頭を抱える。
あんなんじゃトラブル多発で、とてもじゃないが三澄さんは大学生活をまともに送れない。まだ野球帽で周りから避けられている方がましだった。
これは本当に何とかしないといけない、という気持ちが増す。
私の単位のために、そうあくまで単位のためなんだからねっ!
・・・誰に向かってのツンデレなんだ私。
池を見ると相変わらず黒い野球帽が浮いていた。
土曜日、私は横浜に来ていた。
一人暮らしの家を探す際に、バスターミナルに降りたことはあるが、まともに散策するのはこれが初めてだ。夜に高速から見た夜景は綺麗だった。まだそれしか印象に残っていない。
土曜の午前だというのに人が溢れかえっている。歩くのが億劫だ。
駅工事中の箇所も多く、思った通りの場所に辿り着かない。
やっと大迷路の駅から脱出した私は、近くのデパートへ向かう。
ここに壮太に聞いた帽子専門店がある。
「帽子専門店?希依、もしかしてあの変な女に影響されて自分も帽子を買いたくなったの?辞めときな、希依には帽子似合わないよ」
失礼な奴だと心の中で悪態をつくと、壮太のお勧めの店を発見した。
「おお」
思わずその広さと種類の豊富さに驚く。
中に入ると100点はあるだろうか。帽子がずらーっと並んでいた。
こんなに帽子を見たのは初めてだ。
これはなかなかに大変だと苦笑いを浮かべる。
けれど探さなくてはいけない。一つ一つ帽子を吟味し始める。
店員の視線がちらちらと気になったが、その視線を避け、ミッションを遂行する。
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