第1章 帽子女と二人組

第1章 帽子女と二人組①

「変な女がいる」


 正面に座る林壮太が身を乗り出し、そう言った。

 私にも心当たりがあった。


「もしかして授業中もずっと帽子を被っている子?」

「そう、そうだよ希依。可笑しくない?授業中、ずっと帽子を被りっぱなしとかありえないでしょ」


 可笑しい。確かに可笑しいと思う。私の感覚ではありえないことだ。

 帽子を被って授業を受けるなんて高校では考えられなかった。

 けれど、ここは高校ではない。

 大学だ。

 大学の授業で教授もわざわざ取り上げて注意するようなことはしない。ただ講義を真面目に受けていればいい。喋ったり、電話したりといった講義の邪魔をしなければ基本的に何をしていてもいいのだ。

 といっても頭の固い教授は注意するかもしれない。だが悲しいかな、昨今ではそんな教授も少ない。いちいち生徒の格好を注意しないし、厳しい生徒指導の先生がいたり、風紀委員がいたり、生徒会が牛耳っていたりしないのだ。


「別にいいんじゃない」


 私の答えに不満なのか、壮太はすぐに反論する。


「甘いよ、甘い、希依は甘々のショートアイスチョコミントオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソースだよ」


 何、その呪文?一体現代世界に何を召喚する気なの、壮太。


「スタカフェの注文だよ。甘くて美味しいんだよ」

「スタカフェに行くなんて女子高生か」


 女子高生の時に行った記憶は私にはないが。


「そんなことない。大学生の嗜みさ。ちなみにもっと長い注文だと200文字近くあるみたいだよ」


 スタカフェは魔法使い養成学校なのかしら?OLや女子高生、サラリーマンに呪文を唱え、覚えさせ、密かに魔法使いとして育成する気なのか。一方で、30代の本当の魔法使いを寄せ付けない。くそっ、何てやり手な機関なんだスタカフェさん。


「それで何が甘いの、壮太」


 リア充養成機関の話はここまでだ。こんなことをしていたら昼休みの食事タイムが終わってしまう。


「大学で浮くようなことをするのは不味いんだ」


 甘いだの、不味いだの料理の話でもしているのだろうか。


「浮くようなこと?」

「そう、大学生というのは空気の読み合いの集団で、空気の読めない、浮いている奴、おかしい奴、変な奴は疎まれるんだ。目の前で悪口を言われたり、嫌がらせされたりなどの直接的な被害は受けない。けれど、陰で噂され、避けられ、気づいたら周りに誰もいないぼっちが出来上がる」


 暴力はないが、排他される。虐めではないが、惨めにされる。


「大学生というのは怖い集団ね」


 私もそのような嫌な集団の一人になっていくのか。あるいは集団からはみ出てぼっちになるのか。


「そう、だから自分から目立つようなことはしちゃいけないのさ。ずっと帽子、しかも野球帽を女子が被っているとか論外。自分からぼっちになります宣言しているようなもの」

「何か事情があるかもしれないでしょ」

「でも事情を周りが知らなければそんなの関係ない。孤独ロード邁進さ」


 何だか帽子女が可哀そうに思えてくる。

 誰か注意すればいいのに、事情を聞けばいいのに・・・と思うが、それもまた目立つ行動で、集団から疎まれるのだろう。

 それに注意して、事情を知ってどうする?事情を知って周りに説明したら変わるのか?帽子女は変な人間じゃなくなるのか。

 結局、私も臭いものに蓋をせず、そのまま放置して遠ざかっていく。無関心であろうとする集団の仲間なのだろう。いつから波風立つのを嫌うような、意気地なしの人間になったのか。自分の弱さに嫌気がさす。


「だから目立つようなことは避けるべきさ」

「そうだね」

「それで希依はサークル、何処入るか決めた?」

「いや、まだ何も決めていない」


 サークル。

 部活、クラブとは違う、サークル。今までの私の生活には存在しなかった言葉だ。

 充実した大学生活を送る上で、このサークルというのが非常に大きな意味を持ってくる。

 運動をするもよし、趣味に費やすもよし、飲みに徹するもよし、ともかく集団に属すということが大事になってくる。

 けれども大学にはサークルがたくさんありすぎる。特にやりたいこともない私は何に入っていいのかわからない。

 大学は勉強する場所だ。わざわざサークルに入る必要はあるのか。


「居場所を確保しておくことは大事なことだよ、希依。ぼっちにならないための場所。それにそんな深く考えて入る必要はないさ。軽い気持ちで入って、合わないと思ったら辞めていけばいい」


 そんなもんなのかな。でも、私にはその身軽さがなく、このイケメンに変貌した幼馴染の身軽さが羨ましい。


「壮太は何か入ったの?」

「とりあえずテニスサークルの歓迎会に行ったよ。ラウンジワンってとこ。でもあそこはチャラチャラしすぎだし、何より女子のレベルが高くない。微妙。入るのは辞めると思う」


 今のあんたも十分チャラく見えるぞ、と口には出さない。

 壮太と私は中学からの知り合いだ。最初に出会ったときは眼鏡の角刈りのさえない男だった。同じ高校に入った時も特に目立たない奴だったが、帰り道が一緒なことから電車でよく話をした。さえない割に話しやすい奴ではあった。それは私も冴えない奴だったからなのであるが。

 それが大学に入って、眼鏡をやめ、コンタクトにし、美容院に行き、茶髪に染めた。いわゆる大学デビューだ。同じ大学に入ったことは知っていたが、入学式で声をかけられたときは、誰だこいつ!?と驚いたものだ。テニサーとかでも絶対チヤホヤされる、そんなイケメンに進化していた。

 でも、中学の時から容姿があまり変わらない私と、変わらず仲良くしてくれている。制服から私服に変わったが、私は中身も外見もそんなに変わっていない。

 そんな私に変わらず接する壮太は不思議な奴だ。


「いいサークルあったら紹介するよ」

「了解、考えておく。ぼっちにはなりたくないものね」


 私は苦笑いで答える。壮太の紹介するサークルが私に合うとは思わらないが、情報だけなら別にいいだろう。


「少なくとも俺がいるから、希依はぼっちにならないよ」

「はいはい、口説くならもっと可愛い子にしなさい」

「うーん、今のところそんな子はいないかな。いたら真っ先に俺に連絡宜しく」


 壮太が軽い調子で答える。本当変な奴だ。


「そろそろ行こうか」


 壮太が食器ののったトレーを持ち、立ち上がる。

 私も立ち上がり、壮太の後に続く。


 『目立つな、居場所をつくれ』

 壮太に言われたことを頭の中で要約する。

 大学生Lv1の駆け出し冒険者の私には非常にためになるチュートリアルだった。けれど、これから集会所に行き、ギルドを見つけ、冒険していくのかと思うと気が重い。一生、最初の村でのんびりと暮らせないものか。

 食器返却所にトレーを置いた壮太が振り返り、話しかける。


「次の授業は?」

「次の授業がまさにその変な女がいる授業」


 壮太が何ともいえぬ顔をする。答えに困るな。困るのは私の方だ。

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