第2話 哲学の妖精?

8月28日、もう週明けから新学期というタイミングで俺は学科の研究室に顔を出した。

卒論と首ったけになっている先輩を捕まえて、科学哲学のレポートの結論を相談したかった。

先輩には悪いが、息抜きだと思ってくれるだろう。うん。


「瀧田君、夏休みどうだった?」

「んー、普通だよ」

非オタ(俺らの言葉では一般人)に俺の夏休みを説明するのは面倒が多い。

『ボランティアで同人イベントのスタッフやってる』と言ってもまず伝わらない。

まず、『漫研で同人誌作ってコミケ出てる』が理解されないのだ。

大変だったねと労ってくれるのは、文芸部と放送部くらいだ。

「私、彼氏出来た」

どうだった?と聞いてきたのは結局、これが言いたいためだったのだろう。

「まっじかよ!」

南野が椅子から転がり落ちそうなオーバーリアクションを見せた。

驚かせがいのある奴だ。

南野洋一。学科も同じ、サークルも同じで、一番最初に仲良くなった。

「長谷川、お前、元老院の名誉会員じゃなかったのかよ」

「非モテ元老院になんて入った覚えない!」

長谷川寧々は頰を膨らませた。

小柄で可愛らしい顔をしているくせに思考回路が哲学科生そのもの、という感じなので男が寄り付かず、みんなで心配していたのだ。

「元老院としては、リア充の在籍を認めることは出来ない……」

「瀧田君までやめてよ!」

寧々はポニーテールを揺らしてけらけらと笑った。

「まあ、それは冗談として、良かったじゃねーか」

「私だけじゃないよ。鷺沼君も彼女出来たみたいだよ」

「何だって……?」

妹に春が来て兄貴は嬉しいです、みたいな顔をしていた南野が真顔になった。

鷺沼と言えば、数学科に落ちて哲学科に来た異色の経歴を持つ元老院きっての禁欲主義者だったはずだ。

「高校の後輩だって。写真見たけど可愛かったよ」

「あいつ、恋愛なんて学問の邪魔とか言ってたくせにちゃっかり青春謳歌しやがって……」

「南野君は何かないの?」

寧々は問い掛けてから、しまった、という顔をした。

「何かってなんだよ……」

南野は憔悴していた。そして錯乱した目で俺の肩を叩いた。

「マシュー、俺とお前で、元老院を守っていこうな!」

マシューというのは俺のあだ名だ。詳細は次回に譲る。

「実は俺も、気になる子が出来た」

肩にかかる南野の手が強張った。

「名前も知らないけど……」

「そっか、片思いかー、片思いまではセーフだよな?」

問い掛けられた寧々は困惑していたが、スルーして俺に続きを促した。

「どんな子なの?」

「説明すると長いんだが、省略すると、妖精だった」

「妖精に片思いとかセーフ中のセーフじゃん」

「哲学の妖精……?」

二人の反応は予想通りだった。

俺は腰を据えて説明することにした。

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