三角コーンとA0ポスター

もくた くも

第1話 勇者と妖精

8月14日、土曜日、午後2時と少し。

有明、国際展示場、東5ホール。


出会いは偶然であり、あるいは必然であった。

彼は三角コーンを肩に担いで通路を歩いていた。

彼女は壁のポスターを剥がそうと、ひょこひょこ跳ねていた。

諦めてふと振り向いた時に、目が合った。


彼女はこう思った。

『勇者だ』

一方の彼はこう思った。

『天使か、妖精』


勇者はコーンを置いて、話しかけた。

「手伝いましょうか?」

「あ、すみません……」

妖精は精一杯背伸びしていたが、指先までピンと張ってもポスターの縁にはわずかに届いていなかった。

「次は手の届く高さにしてくださいね」

「ごめんなさい、貼ってくれた売り子の人が買い物に行ってしまって……」

妖精はかわいそうなくらいにしょげてしまって、勇者は慌てた。

「いや、そういうことなら大丈夫です」

慌てるあまりに、剥がしたポスターを押し付けてしまった。

「じゃ、またなんかあったら声かけてください」

勇者は再び三角コーンを装備してホールの外に出ようとしたが、妖精に呼び止められた。

「あ、あの、お名前聞いてもいいですか?」

「俺ですか?外周担当の瀧田です」

「瀧田さん、ありがとうございました!」



「と、いうことがあったんすよ」

俺は不安を抱えながら報告した。

打ち上げの席でジンジャエールをあおりながらする話としては丁度いいスケール感の話題だ。

「おお。マンレポ載るんじゃね?」

「相田さんはマンレポ載りたがりすぎでしょ」

向かいでビールのジョッキを空けている先輩に、隣に座る南野がいつもの返しを入れる。

「いや、むしろアンケートに苦情書かれたらどうしようと思って……ぶっきらぼうになっちゃったなーと」

「俺ら別にサービス業じゃないし、そこまで求められてねーって」

「お前は地顔がニヤついてるから仏頂面の気持ちなんて分からないんだ」

「ニヤついてはいない!何笑ってんすか相田さん!」

そう言いながらも南野は楽しそうに笑っていた。

俺はまだ酒は飲めないが、3日間ひたすらに列を捌いた仲間と交わす労いは格別のものがあった。



その妖精が俺の人生に魔法をかけに来るとは、その時は思いもしなかったのだ。

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