うつけ者
ネコ エレクトゥス
第1話
俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。
年の瀬も迫っているというのに俺は相変わらずの日々を送っている。師も走る季節というのは俺には関係ないらしい。俺のところに依頼に来てくれたら代わりに走ってあげるのに、と思うのだが誰もやって来る気配がない。窓から外を眺めると雪が降り積もっているらしい。雪景色を見ていて俺は昔関わったある出来事を思い出した。あの時俺はとても不思議な経験をしたのだった。
「そなたにぜひ引き受けてもらいたい頼みがある。」
そう言って俺のもとを訪れてきたのは年の頃40位の男性だった。穏やかそうな表情を湛えているが風格には威厳が備わり、こちらを見る目は鋭かった。
「頼みといってたいしたことではないのだ。これより京の山科まで行ってもらい、決められた衣服を纏って私が『よし』と言うまで酒宴を張っていただきたい。その間の遊興費はこちらで賄う。ひたすら破目を外して遊びふけって欲しいのだ。」
不思議な依頼だがこちらに断る理由は何もない。何よりこちらにはいいこと尽くめではないか。俺は二つ返事で仕事を引き受けた。
山科へとやって来た俺は連日とにかく遊びふけった。夜が明けるまで飲めや歌えの大騒ぎ。日の出とともに家に帰って眠り、日の暮れるのを待ってはまた宴を始める。そんな日々が続いた。
ある日いつものように酒に酔っている俺のもとに来客を告げる者があった。その知らせを聞くや否や連れの者と共に一人の若者が入り込んできた。
「父上におかれましては我等の果たさねばならぬ大義をお忘れになりましたか。」
突然のことに返す言葉もなかったが何とかこう切り返した。
「俺はお前のような子など持った覚えはない。」
「何を世迷いごとを仰られる。こうしている間にも時は無駄に過ぎてゆくのですぞ。」
「こうして時を過ごすのが無駄だというなら他にどんなましな過ごし方があるのだ。」
「与えられた仕事をやり遂げることです。」
「言われなくてもやっている。」
「ああ!父上はすっかり変わってしまわれた。周りの者に『うつけ者』と呼ばれているのにお気付きにならないのですか。」
「余計なお世話だ。」
「心なしか顔まで変わってしまわれたような気がする。その酔っぱらって締まりのないお顔!」
「人の顔にまで文句をつけるな!」
「堀江殿、父上はもう我々の知っている父上ではありません。世の者が『軽石』と陰口をたたくのもいわれのないことではなかった。」
「これでは亡き主君に対して申し開きが立ちませぬ。一刀のもとに伏してしまっては。」
「刀の錆になるだけです。捨てて置きましょう。」
そう言って二人は行ってしまった。
するとどうだろう。入れ替わりに俺に依頼をしたあの男性が入って来たのだった。
「そなたは良く仕事を果たしてくれた。これで世の人は私を『うつけ者』と言いはやすでしょう。『よし。』これに手仕事はおしまい。この金子を持ってお帰りになるように。なおこのことはくれぐれも口外なさらぬこと。」
俺はただうつけのようになっていた。
その後、12月のある日、例の男性がまた俺のもとを訪れたのだった。その日も雪のよく降る日だった。
「そなたの力添えもあり遂にこの日がやってまいった。一言お礼を言うべく参上仕った。」
「はぁ。」
「ところでことが成就した折には我等と共に腹を切るというのはいかがかな。いや、冗談冗談。ハハハッ。」
そう言い残して不思議な依頼人は去って行った。
俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。
あの後何があったかはご想像にお任せする。その時以降いつも年の暮れになるとあの出来事を思い出しつつこう思うのだった。
「またこの季節がやって来たか。今年の雪はどうなんだろう。」
うつけ者 ネコ エレクトゥス @katsumikun
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