第28話 砂に埋もれて

「水瀬、あいつらの言うことは気にするな。お前を揺さぶろうとするただのイチャモンだ」


 先ほどようやく目に光を取り戻しかけた水瀬の瞳にまた曇りが差し込み始めようとしていた。

 水瀬自身も長原と上地の言葉は鵜呑みにする必要はないと思っている。しかし、それを考えれば考えるほど、一瞬忘れかけたその悩みは再び顔を覗かせ、水瀬を再び深い水底へ追いやろうとする。


「あ、あぁすまない竜一。いや、オレも一緒に上がるよ」


 水瀬が言うと、眼前にある砂の山を登り始める。

 足場は非常に柔く、一歩踏み出す度に足が少し沈む。砂漠のフィールドということだけはあり、細かい砂で形成されている地面のようだった。

 水瀬が眼前の坂を登り終え、顔を覗かせると、所々で今いる場所と似たような丘陵が伺えるが、基本的には見渡せるようであった。

 後に続いて竜一も顔を覗かせあたりを見渡すが、視界には長原と上地の姿はない。


「あいつらもどこかの丘陵の下にいるのか? だとすると、先に姿を晒して行動するのは危険だな……。おい水瀬、ここはちょっと様子を見て」


 竜一が忠告するや否や、暗い表情を浮かべた水瀬がその丘陵を登りきってしまう。


「――て、水瀬!? 俺の話聞いてた!?」

「へ? 話ってなに?」


 考え事でもしていたのか、水瀬は竜一の話を聞いていなかったかのようにポカンとした表情を浮かべ見返す。

 あたり一面見渡せる場所へ立つというのは、相手に居場所を教えるようなものなのだが、そのことが頭になかったのか。少々不思議そうにしている水瀬だが。


「でも、オレらはどうせ接近しないと何もできないんだ。あいつらは遠距離から攻撃できるだろうし、時間切れ寸前まで隠れてオレらが焦って出てきたところを狙い撃ちされたらコトは同じだろ?」

「そ、それもそうなんだが……」


 最もらしい意見で竜一を説く水瀬だが、その発言はやはりいつもの水瀬の様子とは異なるようで。


(確かに水瀬は攻撃的な性格ではあるが、勝機の見えない賭けに自分から乗っかってたか? やはりまだ少し正常じゃないんじゃ……)


 竜一が逡巡していると、既に発動していた特殊技能魔法『音霊』で不思議な音を感知する。

 まるで何かを押しのけるかのように次第に近づいてくるそのくぐもった音は、どこから発せられているのか。

 水瀬はどうやら気づいていないらしい。つまりそれほど微弱な音なのだ。しかし、水瀬はもちろん竜一の視界には何も変化がなく、その音だけが大きくなり。


「水瀬、何か聞こえないか?」

「え? 何かってなに……、ん? なんかザーザー音がしてるな、これはどこから……」


 やっと水瀬が気付くほどの大きさになったその音は、ピタリと止むと、直後音がさらに大きくなる。

 しかも、――下から。


「――ッ! 水瀬、その場から離れて!」

「え、なにがウワッ!?」


 突如、水瀬の足元から人の腕と思わしきモノが出てきたと思うと、その腕は水瀬の足首を掴みそのまま地中へと引きずり込み始める。


「水瀬ッ!」


 引きずり込まれる水瀬の腕を掴もうと竜一も表へ上がるが、それも寸でのところで間に合わず、水瀬のその身は完全に地中へと入っていってしまった。


「クソッ! なんだアレ。あんな土の中を自由に移動できる魔法なんてあったか!? それともあれが長原か上地どちらかの固有魔導秘術リミットオブソウル? でもアイツ等の固有魔導秘術リミットオブソウルはただの遠距離魔法だ。となるとこれは何かの魔法なんだろうが……。とにかく水瀬を探さないと」


 竜一が再度特殊技能魔法『音霊』を使用すると、土の中の音はどうやら竜一らとは反対側、つまり長原らの方へ連れ去られていくようだと推測できる。


(一人が土の中にいる。さらには水瀬を拐ったということはこれは陽動だろう。俺を炙り寄せ、無防備なところをもう一人が狙い撃ちする算段だろうが、モタモタしてると水瀬がやられる……つまりこれは)

「行くしかねぇってことだよな」


 相手の出方を竜一が逡巡し次の行動指針を決めると、音の後を追うため走りだす。

 フィールドの真ん中ほどまで走ってきただろうか。うまく走れないこの足場は無理やり歩を進めると体力が予想外に奪い取られる。

 たった数十メートルの距離なのに心拍数がいつもより上がっているのは気のせいではないだろう。竜一の黒いロングコートも少し砂で汚れ始めている。


「いったいどこまで連れ去るつもりだ。というか、水瀬はずっと土の中引きずられて大丈夫なんだろうな」


 すると、突如竜一の足元が崩れ始める。いや、竜一の少し前方の一箇所を起点に、その足元が円形状の渦を巻き始める。それは例えるならば巨大な蟻地獄と言わんばかりの形状で、その渦の中心からは上地が上半身だけ表し、砂から現れ落ちてくる竜一を待っているようだった。


「引っかかったなぁ灰村ぁ。こんな簡単な罠に引っかかるなんて、やっぱりお前ら底辺は扱いやすくてたまんねーやギャハハ!」

「上地ッ!? クソ、トラップかッ! さすが汚ねーぜちきしょう!」

「汚ねーって言うなこれも立派な戦術だろうが底辺がッ!」


 中心に流れ落ちゆく砂に捕まり、身動きが取れない竜一はそれでもその穴から出ようと抵抗を試みる。しかしまるで意思を持ったかのように落ちるその砂たちの流れに逆らえず、上がるどころか次第に落ちていくこととなり。


「お前は剣を使うからなぁ。完全に落ちきる前にここで始末させてもらうぜぇ」

「クッ……! どうする、何か動ける方法は……。クソッ、足元が安定して動けねぇ!」 


 上地が言うと、その手に杖を出現させる。

 これまた少々派手な悪趣味杖だが、今の竜一にそれをツッコム余裕はない。

 上地が杖の先端に鉛玉のような灰色の魔法弾を錬成すると、それを。


「これでまず一人目ェ! おいしかったぜ灰村ァ!」


 竜一目掛けて、射出した。

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落ちこぼれ支援魔道士はそれで強化をあきらめない〜オレがワタシで禁呪書物を操る者!〜 松原 瑞 @matsubara_zui

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