第27話 代表選抜戦スタート
帝春学園第二闘技場控室。
三十分後に長原・上地ペアとの試合を控えている竜一と水瀬は、ここ控室で試合の準備をしている。
「いやぁよかった。水瀬俺と会話してくれないから、試合はもうほっぽるつもりなのかと思っちまったよ」
「…………」
昨日、水瀬は真琴と別れるとすぐさま自室へ戻りベッドへダイブしていた。その間も竜一は水瀬を夕飯に誘ったり、今日の試合について何か話そうとしていたが、それについても水瀬は一言二言で断るだけでいた。
なぜここまで頑なに竜一と話したくないのかは水瀬にもわからない。ただ、竜一と話していると、水瀬の中の何かが揺らいでしまうという自覚だけが残っているのだ。
「長原と上地は水瀬をバカにしたからな。今日はたっぷり痛めつけてやろうぜ!」
「…………」
竜一の元気な声だけが控室に響く。いや、元気な素振りを見せているというのが正しいか。
相方にずっと無視をされて気持ちのいいわけがない。竜一としても心に曇りがでるハズだ。しかし、竜一は水瀬にそのような一面を見せず、これまでと変わらずに接している。
「あいつらは特段強いというわけじゃないが、魔導士としての基本は押さえてやがる野郎どもだ。おそらく開幕と同時に遠距離攻撃で俺らを潰しにかかると思うから、速攻をかけないとな」
うな垂れて竜一の言葉を聞いているのか聞いていないのか、水瀬は時計の針が一秒一刻と動く様を眺めていた。
昨日真琴に言われたことを思い出していたのだ。
(オレはオレで、それ以上でもそれ以下でもない。本質は何も変わらない……か。でも、本質ってなんだよ)
人間の本質とは何なのか。その問いを人に聞いたら、恐らく十人十色の答えが返ってくるだろう。人間とはそれくらい曖昧で、それくらい不確かなものなのだ。
では、昨日真琴の言った本質とは何なのか。それは水瀬にとって今の悩みを打破するものなのか。水瀬にはわからない。
しかし、それでもその言葉は昨日からずっと胸の中に響いていた。今の男なのか女なのか、自分が本当はどっちでいたいのか、それがわからない水瀬の胸に響いていたのだ。
身体が女になって一週間とちょっと。もう少しで二週間というところか。三木の診断では現在の水瀬の魂の根本は女性であり、今後はどんどんその魂が大きくなっていくだろうとのことだった。
そのような現状で、自分は男だと疑わずにいられるだろうか。女であることを受け入れ、そのまま人生を謳歌できるだろうか。
水瀬の頭の中は堂々巡りを繰り返す。何回何十回と、同じことを繰り返す。その先に答えが見つかるかはわからない。でも、考えられずにはいられない。
ふと、曇雲の意識世界から現世へ帰還した水瀬の目に入った時計の針は、試合開始の五分前を指していた。
水瀬は隣を見やると、竜一が愛剣『鉄屑』の素振りをしながら、先ほどと変わらず対戦相手について何かを話しているのが聞こえる。
竜一がずっと話していることから、何かしらの相槌は打っていたのだろうと水瀬は自身に言い聞かせると、無意識に口を開いた。
「――竜一、ありがとな」
「それでな、俺の調べではあいつらは……え?」
何故今ありがとうという言葉が出たのかは水瀬自身にもわからない。言った本人すら驚いている始末である。
「ありがとうって、どうしたんだよ水瀬。あれか、俺が情報収集を頑張ったことを褒めてくれてるのか? いやぁまぁちょっとは頑張ったけど、俺らのペアが勝つならこれくらいは訳ないさ」
竜一の顔がほのかに紅潮し、額からは汗が流れ始めている。素振りの速度も速くなり、何かをごまかしているようであるがバレバレである。
そして、それを驚きながら眺める水瀬も、その光景が何だか久しぶりなような、そしてちょっとおかしいようなで次第に顔がほころび、
「お前、それ照れ隠しのつもり?」
「てっ!? ててて照れてねーし!? やっと水瀬が反応してくれて、それの最初の一言が感謝の言葉で、それが嬉しくてついついニヤけてしまいそうなの我慢してるわけじゃねーし!?」
水瀬の言葉にあからさまな動揺を見せる竜一はそれで誤魔化せていると思っているのか甚だ疑問である水瀬だが、やはりそれが面白く、こみ上げてくる笑いに耐えられずお腹を抱えてしまう。
「……ウクク……、お前いったいいつの時代のツンデレだよそれ……今時そこまで露骨なの流行らねーぞプークス!」
「ちちちげーし! そんなんじゃねーし!」
久々の笑いに腹筋が攣りそうな水瀬は、やっとの思いでそれを鎮めると立ち上がり、部屋の出口へと歩き出す。
「ふぅ、もう時間だぞ竜一。なに遊んでるんだコラ」
「遊んでるってお前、俺は普通にしてただけぞ!」
水瀬についてくるように竜一も出口の方へ歩き出す。
心なしか少し肩の荷が下りたかのような表情を見せる水瀬に、竜一も安堵の笑みを浮かべていた。
「まぁ、何はともあれあいつらをぶっ飛ばしてやろうぜ。水瀬」
「あぁ、当然だ」
水瀬と竜一はドアを開け、試合会場へと足を進める。
◇◇◇
会場は真琴や岩太郎と練習試合をした場所と同じ大きさである野球場一つ分ほどの広さ。観客はまばらであるが、そこそこ入っているようだ。
本来なら最弱コンビと中堅程度の長原・上地ペアの試合など見に来る者などいないだろうが、今回の試合が竜一らからの指名だということが発表されていたため、物珍しさに観に来ている者たちが大多数だろう。
水瀬があたりを見回すと、大きく手を振って何かを叫んでいる女生徒がいる。真琴だ。隣には岩太郎が静かに鎮座していることから、竜一らを応援に来ているのだろう。
会場の中央にはすでに長原と上地が派手なローブを身に纏い、薄ら笑いを浮かべ待っていた。
その隣には審判役であろう宮川美弥子も待機しており、竜一らの到着を待っていたようだ。
「遅れてすみません、宮川先生」
「時間は今でぴったりだから大丈夫よー」
竜一が宮川へ一言謝罪の言葉を送るが、時間的に遅れたわけではないので問題はない。
竜一が下げた頭を戻すと、目の前にいる長原らが試合前の挨拶とばかりに突っかかってくる。
「よう最弱コンビィ。よく逃げずに来たな。えらいえらい、褒めてやらねぇとなぁ」
「あれ、水瀬ちゃんまた可愛い霊服着てるねぇやっぱり女の子に憧れてるのかなぁ?」
猫撫で声で煽りの言葉を発する長原らの言葉に、水瀬の顔が歪む。
水瀬が何に悩み、何に苦しんでいるのかは当然長原らが知るはずもない。しかし、今の水瀬にとってその言葉は禁句にも近いものであり、その表情の変化を見逃さない長原らは続ける。
「あれあれ、女の子じゃないことを気にしてたのかぁごめんねー水瀬くん」
「お前そこは水瀬ちゃんって呼んであげるのが優しさだろうギャハハ!」
女であることに憧れを抱いているという勘違いを抱かれるのも無理はない。以前水瀬が長原らと会ったときは女性の恰好をしていたのだ。男であることを通していたのに。
彼らの物言いは悪劣ではあるが、そう思うのも仕方がないのかもしれない。そのため、言い返すにも言い返せず、俯き握りこぶしを作って耐えるしかなかったのだが。
「お前ら、まだそんなこと言って」
「はいストップストップ灰村くん、長原くん。これから試合なのですから私語は慎むように」
宮川が間に割って入ってくれた。それは水瀬の事情を知っているからか、それとも教師としてなのか。おそらく後者であろうが、今の水瀬にはとても助かる救済であった。
「それでは、今回の試合について説明します」
水瀬を一度心配そうな目を向けた宮川が、再度教師らしい表情を作ると、淡々と説明を始めた。
今回は選抜戦ということもあり、フィールド展開が行われるとのこと。フィールド展開とは、その試合フィールド全体に設置された巨大な魔導具を使用し、予め登録された物体を設置することである。
木や岩、果てはビルまでもがその空間内であれば生成が可能であり、本物の物体として顕現される。
どうやらその魔導具は魔術の類を媒介に作られたものらしく、一回使うごとに教師たちが大量の魔力補給をしなくてはいけないため、こういった公式戦以外では使われないのである。
今回のフィールドは『砂漠』、見晴らしのいいフィールドであるが、所々に砂の山が立ち並ぶ起伏の富んだフィールドだ。
また、勝敗については、相手の負け宣告、または相手の両者を戦闘不能状態にすること。もし試合の制限時間である一時間を超えた場合は、審査員の教員の判断のもと、判定ジャッジが行われる。
相手への攻撃は、過度な負傷を負わせるものは禁じられている。ある程度の傷は回復魔法や魔導医療設備で何とかなるが、四肢の切断や、それこそ即死となるものには対応ができない。故にそのような攻撃をした場合は、即時試合の中止。そしてその攻撃をしたチームは判定負けとされている。これは力のコントロールができていないとみなされるためだ。
「ということで、両チーム何か質問はありますか? なければこれより試合を開始するので、両チームは開始位置へと移動をしてください」
説明を終えた宮川が両チームへ移動を促す。
振り向く寸前まで睨み合っていた竜一らは踵を返すと、開始位置である会場の端へと移動をする。
「それでは、フィールドを展開します!」
宮川が宣告すると、会場の床一面に黄色の砂が下から湧いて出てくる。
それは瞬くまに会場を埋め尽くすと、気付けば竜一らは元の床から三メートルほども上昇していたが、辺りを見回すとそこは丘陵の下。目の前には十メートルほどの砂の坂がそそり立っていた。
「これじゃあ速攻は無理だな。水瀬、最初は俺がここを上って偵察するから、水瀬はちょっと待ってて……水瀬?」
竜一が水瀬を見やると、先ほど一瞬元気になった水瀬がまた顔を俯かせている。長原らの言葉を気にかけているのか、再び目に曇りが差し込もうとしていた。
「おい水瀬、あいつらの言葉は気にす」
すると、竜一の言葉を遮るように、試合開始の甲高いブザー音が鳴り響いたのだった。
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