第21話 竜一と水瀬
竜一、岩太郎、真琴の前に立ち、銀二に相対する水瀬が腰の二丁拳銃へ手をかける。
「おいおい嬢ちゃん、俺らは少なくとも楽しくお喋りした仲だ。俺としては嬢ちゃんを苦しませずに殺してやりたいところなんだがよ」
本気で言っているのか、銀次が困り顔で答える。
いや、この男からしてきっと本当なのだろう。冗談めかして言うが、この男は質の悪い冗談はつかない。駆け引き等はするだろうが、その心は戦うものへ一定の敬意を払う。
だからこそ、一方的な戦闘はこの男の好みでないのだろう。おそらく、無抵抗にしてくれというのは介錯を務めるという意味合いで言っている。
「黙って殺されなんかするもんか! 例え望みが薄かろうと、オレは最後まで抵抗してみせるッ!」
水瀬の足は震えている。
当然だ。銀時の圧倒的なまでのその瞬発力、腕力、硬力、どれをとっても水瀬など足元にも及ばないほどの強者だ。
先ほどまで苦戦していた雅也など愚にもつかない、それほどの者を前にどうして足が震えないものか。
それでも水瀬は前に立ち続ける。生きて帰るため、三人を助けるために。
「……そうかい。なら、もう俺は何も言わねぇ。だが、死ぬ間際に恨み言は言うなよ――ッ!」
銀次が言うと、先ほどと同じように地面が大きく抉れた。
爆発的な脚力のせいだろう。踏み込んだ衝撃で地形が歪む規格外なスピードで、銀次は水瀬へ接近する。
「――ッ!? 『
前面へ板状の青いシールドを展開する、両手で錬成の二枚がけだ。
だが、それをお構いなしにと銀次が腰に携えた右拳を突き出す。先程も見せた正拳突きである。
魔術を使用して超高硬度となった銀次の拳から放たれる正拳突きたるや、竜一へお見舞いしたものとは比べ物にならなかった。
重ねがけで展開した『
「クソッ! もう一回『
「……同じことを――ッ!」
後方へ移動しながら再度の『
それを追尾するように、先ほどより近い距離で銀次の左手はその青い板を叩き割ると、その眉間に拳銃をよせられ、
「ここまで近くで顔面撃ったら、俺の銃でもさすがにちょっとは堪えるんじゃねーか? おっさん」
「……試してみるといい」
水瀬はその拳銃に込めれるだけ魔力を込め、銀次の眉間へ一気にその引き金を引く。
「魔力弾、
発砲音と共に発射されたその魔力弾は言うまでもなく銀次の眉間へと吸い込まれた。
いくらただ魔力を固めただけの魔力弾といえど、全力全開のそれも超近距離で発射されたそれは馬鹿にできた威力ではない。
並みの魔導師ならその一撃で意識を持っていかれる威力だろうが、当の銀次と言えば……、
「――まぁまぁだ、嬢ちゃん」
「やっぱり、効かないか……」
眉間を撃たれた銀次はその瞬間こそ仰け反りはしたものの、その顔に傷一つなく、心底楽しそうに笑っていた。
「『
そう銀次はいい、右拳に力を込める。
水瀬に撃たれながらにして攻撃の準備をしていたのか、仰け反りから戻る反動を利用して更なる攻勢へ出る。
「――ッく! 『
「遅いッ!」
青い障壁を一枚かけたところで水瀬の腹部へ鉄拳が突き刺さる。
障壁はあっさり破られ、水瀬はその勢いを持って後方十メートルの壁面へと叩きつけられる。
「――ッ!? ッゲハ、ッガハ……オェ――」
背中からの衝撃で肺が圧迫する。腹部への衝撃で胃から喉へ、喉から口へ酸っぱい液体がこみ上げてくる。幸い、昼に食べて以来何も口にしていない水瀬から出るものは透明の液体のみ。喉を焼き、呼吸するのも困難な水瀬はその場にうずくまるのも当然だった。
「水瀬ぇぇえええぇええぇッ!」
力尽き、動きたくてもその場から動けない竜一はその光景を見ることしかできなかった。
歯がゆく、それでいて情けない自分が許せなかった。
助けにきたハズの者が、自分の好きな人が痛めつけられるのを見ることしか出来ず、ただただ絶望していた。
「お嬢ちゃん、障壁を貼るから辛い思いをするんだ。今だって障壁がなかったら腹部を貫いて即死できたというのに」
大柄なオールバックの男が、あいも変わらずドスの効いた低い声音で告げる。
「まぁ、そろそろそんな力もないか。安心しろ、俺に一太刀浴びせられたんだ。その敬意を持って、俺は嬢ちゃんを殺そう」
銀次がゆっくりと水瀬へ近づく。
その水瀬は、やはりさっきの衝撃で動けずにいた。
「リューくん、どうしようこのままじゃ葵ちゃんが!」
わかっている。このままじゃあ竜一らもおろか、まず水瀬の命が危ないと。
「――ッく! 僕らにまだ魔力が残っていれば……」
わかっている。この場で戦えるのは魔力に頼らない竜一だけだと言うことを。
(考えろ……考えろ考えろ! 何かあるハズだ。水瀬を助け、みんなで生きて帰る方法が――)
「魔法はもう練れないが、ボクの
――
(待て、何か糸口が……
岩太郎の一言に何かを掴みかける竜一。
この場に置いて、一発逆転の
岩太郎は土偶兵を作れても一つか二つと言っていた。
真琴に関してはそもそも攻撃型の
竜一に至ってはすでに使用し、現在の有様にある。
では、いったいどこで、何が引っかかっているのか……。
先ほどからこれまでの戦闘を思考し指向する。
そして一筋の、本当にちっぽけな希望が浮かび上がる。
「――水瀬?」
そう、水瀬だった。
この場において――いや、これまでにおいて水瀬は一度も
それどころか、
「……でも、俺らは誰も水瀬の
出会ってからこれまで、竜一、真琴、岩太郎は幾度となくその力を見せつけてきた。
しかし、水瀬だけは何故が
「何か……何か教えたくない理由が……それとも効果がか……?」
考えろ考えろ考えろ――ッ!
思考を加速し、この状況を打破する何かを考えるのだ。
「いや、思い出せ俺。何かヒントはあったはずだ。まだ出会って一週間足らずだが、ずっと一緒にいたじゃないか。何かあるはずだ、何か」
銀次が次第に水瀬へ近づく。
もうその距離は五メートルもないだろう。あと数歩で水瀬の目の前で到着だ。
そしたらあの男は恐らく何の躊躇いもなくその拳を振り下ろし、水瀬を絶命させるだろう。
「あの変態野郎との戦闘……違う。昼間遊んでた時……違う。じゃあ練習試合をした時……違うッ!」
一歩二歩と銀次が水瀬へ近づいていく。
「もっと遡れ、もっと鮮明に思い出せ! きっと些細なところを見逃しているハズだ。そうもっと何てことない場所で――」
そして、竜一はある早朝に水瀬が言ったことを思い出す。
『練習だよ、フィジカルブーストの応用だけどね。自己流なんだけど、これがまた難しくてさ。今日はうまくいって良かったよ』
「――花の種?」
竜一と水瀬が出会った翌日の早朝、竜一と水瀬が契約を交わした翌日の早朝。
水瀬は朝、不思議な魔法を使っていたことを思い出す。
「
一つ、竜一の中で仮説がたてられた。
それは仮説と呼ぶにはあまりに根拠不足で、あまりに突飛すぎるものだった。
だが、今の竜一にそんなものは関係ない。皆を助け、水瀬と生きて帰れるなら根拠などいらなかったのだ。
何より、その仮説が正しかったなら、水瀬が今まで言えなかったその心を分かち合いたい。そんな思いが竜一を満たし、
「おい岩太郎、真琴」
「……なに、リューくん」
「何か、キミ変なこと考えてないかい?」
竜一は笑っていた。
こんな危ない状況なのに、こんな今にも死にそうな状況なのに、水瀬のその心を思うと笑わずにはいられなかったのだ。
だからこそ、彼女を助けるため、竜一は二人に助けを乞う。
「俺が水瀬のところに辿りつくまでの十秒間、持たせられることはできるか?」
ある意味、それは俺のために死んでこいという言葉だった。
だがそんな酷い言葉に対し、幼馴染の女の子は優しく、
「もっちろん! やっと私たちを頼ってくれたね、リューくん」
嬉しそうに微笑みを返す。
そして自称ライバルを名乗るその二枚目な男は、キザったらしく前髪をかきあげると、
「それだけでいいのかい? 僕ならその倍は持たせてみせよう」
自信満々な憎たらしい表情を向けてきた。
「俺のライバル名乗るんだったら三倍って言え、岩シストが」
「ウィルと呼べ愚か者!」
ふらつく足に力をいれ、三人は立ち上がる。
もう体力もなく、魔力もない。
だけど力が湧いてくる。それが何なのかはわからない。
だが、心が奮い、肉体は動きたくて悲鳴をあげている。
「準備はいいかオメーら」
「僕はいつでも」
「バッチコーいよリューくん」
そんな三人の気迫に、大柄な男――銀次はやはり気づき、
「……? なんだお前ら。お前らまでやる気か?」
「トーゼンだ。あんまり俺らを舐めんじゃねーぞおっさん」
どこか嬉しそうに、そんな瞬間を期待してゆっくり歩いていたかのように男は竜一らへ振り返る。
「全く、これだから若い奴らはたまんねーぜ。無鉄砲で自信過剰で、それでいて汗が出るくらいに熱いッ!」
その言葉を皮切りに、三人と銀次は互いに走り出す。
「行かせないよ、竜一くんが僕を頼ってくれたんだ。時間稼ぎくらいしてみせるさ!
「ほう、錬成ものとは面白い。サァ来るがいい!」
岩太郎が土偶兵を一体錬成し、それを盾に銀次へと突っ込み、それと同時に竜一は特殊技能魔法『消音』を展開する。
銀次の注意が向いた岩太郎へ向いたことにより、竜一の存在は今や気付かれづらくなっただろう。
岩太郎と真琴が銀次と衝突する横をすり抜け、竜一は水瀬の元へたどり着く。
「水瀬ッ! 大丈夫か!?」
「……竜……一?」
口から血を流し、横たわる水瀬を竜一は抱き抱える。
意識を失っていたのか、ゆっくり目をあける水瀬はどうやら命に別状はなかったようだが、
「――ッウっく……、ご、ごめん、動けそうにないや」
どうやら肋骨が数本折れているらしく、動くのもままならずにいた。
そんな状態の水瀬に、これからあるお願いをしようという竜一は心が痛む。
とても魔法を、
だが、
「竜一……。竜一約束したよな、オレを世界一の支援魔導師にするって」
「あぁ――約束した」
それは、二人でアウトレットパークで話した内容だ。
迷惑な支援魔導師と罵られる水瀬を、竜一は世界一の最高の支援魔導師だということを証明すると約束したものだ。
「その支援魔導師をこんなボロボロにさせて……酷いバディだな、お前」
「あぁ、俺もそう思う」
身体がボロボロなのだろう。ぎこちなく笑う水瀬は、竜一の目を真っ直ぐに見つめる。
「……なぁ竜一。この状況を打破できる可能性が一つだけあるんだ。でも、それは本当に酷いことで、もしかしたら……お前の今後の魔導師としての道を絶ってしまうかもしれない」
申し訳なさそうに、いや、この状況を招いた自分がそのようなことを口にするなど
「でも、竜一は約束してくれたから、ワタシを世界一の支援魔導師にしてくれるって約束してくれたから、だから信じて」
「使ってくれ、水瀬」
不意に、竜一が水瀬の言葉を遮るように、水瀬にその先を言わせないかのように、竜一が言った。
「水瀬の
竜一の言葉に驚きを隠せない水瀬はその瞳を大きく見開き、固い意思を宿した竜一の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「水瀬の
「な……なんでそれを」
そう、それは花の種を急成長させたことから起因するもの。
そして、
「そして……もし仮に失敗すると、その潜在能力は二度と引き出すことができなくなるデメリットがある……ってところかな?」
「そ、そんなことまで知って……なら尚更ッ!」
「だからこそ、使ってくれ。この俺に使ってくれ水瀬」
あの朝、水瀬は言っていた。
『今日はうまくいった』と。それはつまり、失敗することもあるということ。
二度と引き出せないというのは誇張表現で言ったつもりだった竜一は、それが正解ということで内心ちょっと焦りつつも、
「俺は水瀬を世界一の支援魔導師にするって約束した男だぞ。失敗なんかさせるわけないだろ?」
竜一は優しく微笑みかけ、水瀬を見つめる。
そんな竜一の言葉は、水瀬の心の枷を一つ取り払うことができたのか。水瀬が微笑み返すと、
「……オレから言ったんじゃなく、竜一から言ったんだからな! 失敗しても責任取らないぞ!」
「あっ、きったねー水瀬! 保険かけやがった!」
いつものように、これが最後じゃないと言い聞かせるように笑い合い、水瀬は竜一の胸に手を添える。
「じゃあ竜一――信じてるからな」
竜一を見上げる水瀬は、どこか誇らしく、どこか嬉しそうに。
「任せろ、相棒」
静かに、そして暖かい光をそっと発すると、竜一と水瀬を中心に魔法陣が展開される。
「
刹那、竜一から眩い光の粒子が放出される。
それは魔力の幻想か、果ては魂の片鱗か。放出される粒子の中で、竜一はその身の奥からガチャリと何かが開く音を幻聴する。
溢れ出る魔力、力、体力、それらが潜在能力なのか。コントロールの困難な力の塊が怒涛の波となって竜一に押し寄せる。
「――ンギギギッ……こ、これは中々キツイな水瀬……」
「だから言ったじゃないか! 竜一、今からでも閉じて!」
「いいや……こっからが本番だ、そうだろ水瀬?」
目眩、立ちくらみ、耳鳴り、目の前が真っ暗になりつつある竜一は、それでもその先を水瀬へ懇願する。
「……。本当にいいんだな、竜一」
「俺を信じろ、水瀬。――俺はお前を連れて行く……」
わかった、と小さく一つ言葉で頷く水瀬は、その手にさらなる魔力を錬成し、自身が最も得意とするあの魔法を唱える。
「連れて行けよ、ちゃんと全国に、世界に……竜一。――『
紫色の魔力が水瀬の手から発せられ、それは竜一の中へと吸い込まれていく。
筋肉が盛り上がり、肉体が悲鳴をあげる。痙攣を起こすその身はもはや心臓の鼓動すら危うさを感じる中、
「さぁここから本番だ。
直後、光の粒子は加速し、竜一の周囲を取り囲むように飛び回る。
まるで放出された粒子を再度体内に取り込むが如く、浅はかにもその力を制御しようとするかのように。
(もっと……もっともっとっ! 足りない足りない足りない!)
身体が震え、筋肉が硬直する。
想いを力に変える能力、それが竜一の
この暴走した力を制御するには何かが足りず、その魂を燃やし続ける。
「竜一ッ……頑張れ、竜一!」
全てを委ねた水瀬は声援を送ることしか出来ず歯がゆさを感じる中、竜一は水瀬へ一つ聞く。
「なぁ……水瀬」
「なんだ、竜一!?」
それはこの場に似つかわしくないことで、それでいて本当にこの男の底が知れるお願いだった。
「これで俺があいつに勝てたら、――俺と手を繋いでくれるご褒美くらいくれないか?」
「はっ?」
粒子が加速し、力の暴走で命の危機にすら瀕しているこの男は、この状況下でそう懇願する。
「だから……手を……」
あまりに混沌無形で、あまりに唐突で、あまりにこの場面と不似合いなそのお願いは、水瀬に考える余地を与えず、
「あぁ繋ぐ! いくらでも繋いでデートでも何でもしてやるからっ! だから――」
「その言葉、信じるからなぁああぁあ!」
すると、これまで指先一つ動かせなかった竜一が抱いている水瀬を優しく下ろし、立ち上がる。
(想いを力に変える――これが終わったら手を繋いでデート手を繋いでデート……)
竜一が右手を前へ掲げ、魔法陣を展開すると中から『鉄屑のような物』を取り出す。
それは使用者の力に反映されたのか、墨色で薄汚れていた刀身は黒く輝き、折れた刀身はより長く錬成されており、
「これが終わったら手を繋いでデートだぁぁぁあああぁあ!」
竜一の身体から電気が迸る。
想いを力に変え、その力を電気信号として流すその力はあり余り、体外へと溢れ出ているのだ。
その力の余波に、岩太郎と真琴を丁度退けたであろう男――銀次が見やる。
「……ほう?」
その表情は何を表しているのか。銀次は一つため息をつくと、心底楽しそうに顔を歪ませ、
「ちったぁマシな気合見せるじゃねーか灰村。いいぜ、来いよ。その力、俺に見せてみろォッ!」
銀次が足に力を込めると、その踏み込みでコンクリートが割れる。
目にも止まらぬ加速の中、竜一もそれに相対するように銀次へ向かって加速する。
(この力は恐らく持って十秒、それ以上は水瀬から引き出されたこの力も全て使い果たしてしまう……!)
体内からの力が電気へとかわり、体外へ溢れだす。
その光景はまるで電光石火の如く、一筋の光となりて、
(まだ足りないッ! もっと引き出せっ! この後倒れたって良い、こいつを倒せれば直後はどうなっても良い。だから引き出せ、真琴の想い、岩太郎の想い、俺の想い、そして水瀬の想い――)
一抹の閃光が夜の廃工場を照らすように、
「――だから引き出せ。皆の
雷光と鉄塊が――交差する。
◇◇◇
静寂。
竜一と銀次が交差した直後、二人は硬直したまま動かないでいた。
時間にしてほんの一秒程度だろう。
たったそれだけなのに、水瀬や真琴、岩太郎は永遠にも似た長い沈黙を感じていた。
すると、ポツリと硬直したままのその大柄な男は問う
「――灰村、貴様どこからそんな力を……」
同じく、愛剣『鉄屑のような物』を突き出した形で硬直していた竜一が静かに、
「男子高校生なんてなぁ、好きな子と手を繋げれるだけで、どこまでもいける気持ちにな……るんだ……よ――」
言い終え、竜一は倒れる。
「――っく、うは、うははは!」
静寂の最中、ドスの聞いた低い声の笑い声が響く。銀次だ。
竜一が倒れ、銀次が笑う。
これはつまりそういうことなのだろうか。
しかし、
「うははは――ウグッ!」
銀次の右腕、肩口から丸々一本がその場に生々しい音を立てて地についた。
傷口からは血飛沫が勢いよく飛び出し、銀次の右頬はその飛沫で真っ赤に染まっている。
「うは、うはははははっ! やるじゃねーか、やるじゃねーか灰村の坊主! そんなくだらない理由でこの俺にこんな傷を……うはははははっ!」
肩口を左手で抑え、顔を自らの血で染めた男――銀次は竜一の方へ振り返ると、
「これだから若い奴は面白いんだ。土壇場にきて有り得ない理由で有り得ない程に成長しやがる。ふははは! こんな高揚感はいつぶりだったかなぁ!」
痛みを感じていないのか、銀次は心の底から楽しそうに笑っている。
すると、
「ふはははは――。いいだろうお前たち。この俺に一矢報いたこと、その成長ぶり。今回は見逃してやることにしようっ!」
その男の口からはとても信じられない。いや、冗談を言う男ではないので、本当のことなんだろうが、その言葉は予想外のものだった。
三人はその場で口を開けポカンとしていると、
「お前らはもっともっと強くなる。俺はそう見越した。俺は強いやつと戦えればそれでいいんだ。そうだろ? 嬢ちゃん。だから、今日は見逃してやる。そしてもっともっと強くなったころに、またお前らに会いにくるとしよう」
銀次はそう宣言するとその場に落ちた右腕を拾い、少し離れたジャケットも拾い直す。
胸ポケットからはクシャクシャのタバコを一本取り出すと、オイルライターで火をつけ……、
「……っフゥ~。今日は最高にタバコがうめーや。――んじゃなお前ら。今日は楽しかったぜ~」
馴染みの居酒屋から帰るかのように、その男は陽気に、本当に何の気なしにその場を後にしたのだった。
取り残された三人は一瞬の静寂を取り持つと、誰からと言わず倒れている竜一の元へと向かい、
「オレたち……助かった……のか?」
「そう……みたい?」
未だ信じられずと言った顔で三者三様顔を付き合わせる。
「まさか、本当にあの男を破るとは。相変わらず奇想天外なライバルだよ。この男は」
岩太郎が二枚目に似つかわしくないボロボロの表情でため息をつきつつ、竜一を見やる。
水瀬と真琴もそれに合わせて竜一を見やると、どうにも笑みがこぼれてしまう。
「全く本当に、リューくんは無茶するんだから」
真琴も嬉しそうに、そして見守るように見つめる。
水瀬は竜一の顔の近くでしゃがみこむと、その頭を優しく撫でながら、
「変な奴なんだかスゲーやつなんだか。全く、良い寝顔しちゃってな、このスケベ野郎は」
水瀬が覗き込む先で、竜一は気持ちよさそうにイビキを書いて熟睡していたのだった。
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