第20話 絶望を運ぶ拳

 黒スーツの男――銀次が猛然と竜一らへ襲いかかってきた。


「クッ……! 真琴くん、みんなの援護を!」

「そんなこと言っても、もう魔力が……!」


 岩太郎と真琴が襲いかかってくる銀次へ対抗しようとするも、もう魔力の尽きた彼らに為すすべはなく、この窮地をどうするか逡巡していると、


「俺が相手をするッ! お前らはこの好きに逃げろ!」

「そんな、でもそしたら竜一は!」


 竜一が三人の前へ躍り出る。

 どうやら自らが盾となり、時間を稼ごうとしているようだが、


「美しい友情だな。年老いた者としてはそんな若者を応援したい気持ちもあるが、しかしッ……!」


 銀次が駆ける足に力を入れると地面のコンクリートが割れ、一瞬の停滞の後さらに加速を加える。

 一瞬のうちに竜一の懐へ飛び込んだ銀次は、その丸太のような腕を腰元へ構えると、


「これも仕事なんでな」

「――んな!?」

「竜一……ッ!」


 吸い込まれるように銀次の腕は竜一の腹部へ達すると、ノーバウンドで後方10メートル程にある三十メートル四方の部屋の瓦礫へと殴り飛ばす。

 その殴りつける衝撃たるや、もはや小規模のダイナマイトが目の前で爆発したかのような音がした。


「……ほう、良い判断だ。嬢ちゃん」


 銀次が水瀬を見やる。

 水瀬の手元には魔法を展開した後の残滓が飛んでいた。

 その魔法とは、竜一が殴られる瞬間、竜一の身体全体に『物理防御魔法プロテクトウォール』を展開していたのだ。そのお陰もあり、


「――ッつぅ……、なんつー馬鹿力だよおっさん」


 瓦礫の山からフラフラと立ち上がるは竜一。水瀬全力の物理防御魔法プロテクトウォールのおかげで何とか一撃耐えることができたが、頭からは血を流し、左手はだらんと垂れている。


「俺の正拳突きを食らってまだ立ってるなんて、中々タフなヤローだぜ全く。サボり癖のある雅也がやられるのも頷けるってもんだ」


 立っているのもやっとの竜一が、愛剣『鉄屑』を握しめ、己が固有魔導秘術リミットオブソウルを唱える。


「――『生命の輝きデスペラードハート』ッ!」


 残り少ない体力を使用し、一気に加速する竜一。瞬間加速なら先ほどの雅也との戦闘より速いだろうそのスピードを持って銀次へと上段から切りつける。

 だが、


「良い加速だ。――だが、まだまだだな」


 銀次が身を翻し上段切りを交わすと、その回転のまま竜一の脇腹目掛けて豪速な蹴りを放つ。


「――ぅぐふッ!?」


 その規格外な蹴りに、竜一はまたもや瓦礫の山へと吹き飛ばされる。

 もはや気迫か、意識は保ちつつも、その焦点は合っていないように見える。


「……おいおい、おじさん結構マジで蹴ったんだぜ? それで倒れてくれないとショックで泣いちゃいそうだ」


 冗談を言うように、黒スーツの男――銀次は楽しそうに笑っている。


「しかし……だ。若造にここまで気合を見せられておじさんが手を抜くってのは失礼に価する。だから灰村、お前さんはおじさんの全力で殺してやろう」

「……な、なんだ……と……?」


 息も絶え絶えに竜一が銀次を見やると、先ほど一度見たであろうあの驚異が、戦慄の詠唱が四人の脳を突く。


「傍若なる武人よ、我の魂にせしめは悄悄たる忘却から連なる苛虐よ。その身に宿すは悪鬼の如く静寂な神の化身。今次を持って宣名す、来たれ、破軍の魔道――ッ!」

 

 銀次が唱えると、雅也の時と同じく魔法陣が展開され、黒い霧の障壁が銀次を取り巻く


「くっ……、よりによってこの大男もこの魔法が使えるとはッ! 真琴くん、水瀬くん、キミたちだけでも早く逃げて!」

「竜一がいるのに逃げられるかよ! ……でもなんかさっきのやつとちょっと雰囲気が違うような」


 次第に銀次が黒い霧を纏うようにいる。ここまでは雅也の時と同じだ。

 しかし今回は違う。

 黒い霧が銀次の肌に吸収していく。いや、一体化していくという方が正しいか。

 黒い霧の障壁が静かになくなると、黒スーツの男――銀次は呆気に取られている水瀬らへ向くと、


「雅也もこれと同じ魔術使ってたろ? アイツのは未完成でなぁ、魔術の力が強すぎてあいつにはちょっとすぎたものだったのよ」


 銀時は黒スーツのジャケットを脱ぎ去り、下に来ていたワイシャツの袖を捲る。

 そこから見える腕は丸太のように太く、先ほどの正拳突きも納得のものであったが、気がかりが一つ、


「お前……、その肌はなんだ?」


 水瀬がそれに気づき、問いかける。

 その問いを待っていたのか、銀次は眉を上げ笑みを向けるとその答えを口にした。


「これは本来魔術の障壁を鎧として付与するものなんだが、使いこなすとこうやってな、体内に取り込むことによって肉体自体を硬質化できるわけなんだわ。当然、魔力も上がるぞ。その強度っていうのも――ほら」


 刹那、銀次が自身の後ろへ手を差し出すと、そこには竜一の愛剣『鉄屑』が握られていた。

 竜一は銀次が水瀬らの方を向き説明をしている隙をつこうとしたらしいが、そも呆気なく読まれてしまう。

 いや、驚くべき所はそこではない。

 そう、竜一の全力の一閃を素手で、素肌で受け止めたのだ。人間の素肌では決して止めることなどできるわけもなく、それはまるでPR活動の一環かのように、涼しげに、当然のようにやってのけた。


「――ッウ、ぐぅ……な、なんだこれ、硬え……」

「とまぁこんな風に、剣なんかも受け止められるようになってだ。――よっと」


 銀次が鉄屑の面を殴りつけると、雅也のオルトロスを受けてもビクともしなかったその刀身が真っ二つに割れた。


「なっ!? 鉄屑が……バカな!?」

「お前さんの霊装が悪いんじゃねぇ、俺が強すぎるんだよ」


 刀身を折った流れのまま銀次が鉄屑を握る竜一の手を取り、腕力にモノを言わせ水瀬らへ竜一を投げ捨てる。

 霊装とは、己が魔力で錬成するものだが、強度や材質はその魔力の注ぎ方で決まる。

 通常は魔法の媒介となるため、魔力の循環効率上昇や威力底上げの材質へと注力される。

 しかし竜一の鉄屑はそれらを一切無視し、切れ味を、強度を、そしてその先にあるものを見越して錬成されている。故に、魔法の媒介としては使い物にならないが、その強度は優れていると竜一自身自負していたのだが、


「竜一、大丈夫か!? 竜一!」


 自信の愛剣が折られ、自身の全力剣技を折られ、自心の屈強さを折られた竜一の目に光が損なわれていく。


「おいおい、せっかく俺が魔術詠唱まで唱えるっつー敬意を払ったんだぜ? これくらいで終わりなんて寂しいこと言うなよ。――ってのも野暮な言葉だな。しゃーねぇ、そろそろ殺すとするか。安心しろ、痛みはないよう一瞬で……」


 岩太郎と真琴は魔力が尽き、竜一は身も心もボロボロだ。

 当然である。三人は水瀬を救うため、自分たちより遥か格上の者を相手にしてきたのだ。満身創痍、頭からつま先まで死に物狂いで戦ったのだ。ボロボロにならないわけがない。

 なのに、この場に置いて、唯一まともに立っているのは銀次の1人だけ。

 そんな状況下に、水瀬は心底腹がたった。自分が何の抵抗もなく捕まり、受身となって助けられ、今尚立ち上がろうとしない自分に。

 学校では最低クラスのクラスE。万年落ちこぼれの迷惑支援魔導師。この場に置いてできることなど何一つないだろう。

 しかし、それでも水瀬はその震える足に力を入れる。怯える心を奮い立たせ、怖くて泣きそうなその目を思いっきり開いて。

 ――立ち上がる。


「――やらせない」

「おっ?」


 三人の前に立ち、その凛とした瞳を、目の前の強敵へ真っ直ぐ向け、


「みんなを殺させやしない、今度はオレがみんなを助けるんだ。だから……オレが相手だ! かかってこい、この金属オールバック野郎ッ!」


  震える魂を言葉にのせ、水瀬は宣言したのだった。

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