第19話 だからお前たちには
金属同士がぶつかる甲高い衝撃音がここ三十メートル四方の空間に響き渡る。
竜一の愛剣『鉄屑』と霧の魔人が苛烈な攻撃の応酬を繰り広げていたのだ。
「やっぱりこの距離ならそのどでかい砲は邪魔そうだな、変態野郎」
「あぁ~? 俺様に傷一つつけられない癖に粋がってんじゃねーぞ糞餓鬼ィ!」
霧の魔神――雅也の言うとおり、先ほどから竜一の剣戟は全く通っていなかった。
いや、どうやら雅也が纏っているその黒い霧が鎧の効果をもたらしているらしく、切りつけた際の竜一の手に残る感触はまるで金属を相手にしているようだったのだ。
真琴から
(
「――なら、通じるまで切り続けるまでだッ!」
「脳筋もほどほどにしろ糞餓鬼ッ! 喰らいやがれ、『
「うぐッ!?」
霧の魔人を中心に豪炎が、いや黒い炎とも言うべき何かが竜一を襲う。
猛り狂う黒炎が天井目掛けて燃え盛るが、『千里眼』『音霊』で僅かに反応できたことが功を奏したか、何とか掠る程度で回避するも、
「クッソ、やっぱりさっきと別モンみてーに威力が上がってやがる」
霧の魔人となる前の雅也とは明らかに魔力の質が違うのを感じる竜一。
いや竜一だけじゃない。恐らく水瀬や真琴、岩太郎も感じているだろう。その原因となる黒い霧が徐々に雅也と一体化してきているのだ。
「あれを何とかしなきゃいけねーけど、どうするか……」
「
竜一が逡巡していると、背後から岩太郎が何かを唱えたようだ。
視線だけ背後に目をやると、そこには五体ほどの土偶兵たちが迫っていた。
「さぁ行くんだ、僕の屈強なる兵士たちよ!」
五体の土偶兵たちは散開し、霧の魔人を取り囲むように移動する。
そのうち二体は竜一を挟むよう並び立つように歩み寄り、手に持つ岩の剣を構える。
「へっ、岩太郎が何考えてるか知らねーが、こんだけターゲットが分散したら攻撃もちったぁ通るだろうよッ!」
霧の魔人による黒炎の渦が止むと同時に、竜一とそれを取り囲む土偶兵たちが一斉に飛びかかる。
どうやら雅也は魔力が上がったといえど、魔法の威力や効果が上がっただけで、その魔力量自体に変化はないらしい。その証拠に、『
恐らく大量に魔力を消耗するのだろう。心なしか霧の魔人も肩で息をしているように見える。
「うらあぁああぁッ!」
竜一が一気に近づき、鉄屑を横薙ぎに振り払う。霧の魔人がそれをバックステップで躱そうとするも、そこにいたのは土偶兵。四方八方を土偶兵に囲まれ身動きを取れなくなった霧の魔人に、竜一の鉄屑が一閃。
腹部を切り裂くつもりで振り抜いたその剣戟は、鉄と鉄が衝撃したような甲高い音をたて、傷一つとして通らない。
「ふぅ、あぶね~あぶね~。霧がなかったら死んでたぜ~? 灰村ァ」
「――ッチ、化け物かよっ」
「ちげーね~。ヒャハハハハハッ!」
霧の魔人が両手の砲から黒い閃光を発し、左右の土偶兵を上半身まるごと吹き飛ばす。すかさず背面へ高く飛び上がると、そのまま真下にいた土偶兵をも屠る。
一瞬で三体もの土偶兵を消し飛ばす霧の魔人は、数的不利など微塵も感じさせない破壊力を示した。
「オイオイオイオイ~。こんな雑魚どもなんか相手にしたってしょうがねーんだけどなぁ。いい加減そんなとこ居ないでコッチこいよぉ、三枚目ェ」
霧の魔神が竜一のさらに向こう、壁際の岩太郎と真琴を見やる。
どうやら二人はそこで何かを待っているかのようにその場から動こうとしない。
「何企んでるか知らねーが、来ないんだったらこっちから行くぞォ?」
霧の魔人はそう言うと、両手を岩太郎と真琴へ照準する。
「ほらほら行くぞォ、オルトロスァ!」
黒い閃光が射出された――その瞬間、生き残っている二体の土偶兵の内一体が霧の魔人の左斜め後方、完全な死角から体当たりを仕掛ける。
どうやら岩太郎が遠隔操作で先ほどの取り囲みには参加させず、保険として残して置いたのだろう。
その体当たりにより、オルトロスの照準が外れ、岩太郎と真琴のやや上を黒い閃光が通過し、
「このチャンス逃す手はねぇ! 行くぜ……ん?」
竜一が何かを感づいたのか、一瞬だけ走り出そうとする足を抑え、誰へとも言わず1人頷くと再度霧の魔人へと走りだす。
「――ック! ウザッテエ土人形どもがァッ!」
苛立ちを隠せない霧の魔人が体当たりをした土偶兵を黒い閃光で屠ると、目の前には竜一と土偶兵が近距離まで接近し、
「再チャレンジに来たぜ、変態野郎!」
「何度やっても同じ結果だって言ってんだろうが、この脳筋野郎がァッ!」
竜一の鉄屑が上段より振り下ろされ、土偶兵の岩剣からは突きが繰り出される。
しかしもはや躱すことすらしない霧の魔人は、竜一の刃を左肩で、土偶兵の刃は脇腹で金属音を鳴らしながら受け止め、右手の砲を竜一の腹部へ押し付ける。
どうやら愚にもつかない土偶兵は捨て置き、竜一の始末を優先したようだが、
「これでチェックエイトだなぁ……灰村ァ」
「あぁ、チェックメイトだ。ド変態野郎」
「あ~? ――何ッ!?」
すると、脇腹へ突きを繰り出していた土偶兵は崩れ落ち、中から1人の少女が躍り出てきた。
「オレのことなんか頭になかったな? この屑野郎!」
「テメェ……女ァ! しかし、テメーが出てきたところでこの俺様に何ができる! 今の俺はテメェら如きの攻撃も効かねぇし、状態異常だってこの霧で防げるんだよォ!」
怒りの表情を隠す気もない銀髪の少女、水瀬はその手に魔力を練り込み、自身最大の魔法を霧の魔人へぶつける。
「そうだな。テメーには生半可な攻撃は効かねぇだろう。だがこれならどうだッ!
水瀬の手から発せられた紫色の淡い光りが霧の魔人を包み込む。
本来ならその魔法は対象者の身体能力を底上げする魔法だ。
あまりにも予想外な魔法を唱えられた霧の魔人――雅也はその状況に腹の底から湧き出る感情に堪えきれず、笑い出す。
だが水瀬のは……、
「……クッ、クハ、クハハハハハハハ! 何かと思えば
言うと、霧の魔人は動きを止め、その場に膝を付く。いや、動きを止めたわけではない。止められたのだ、水瀬の魔法によって。
霧の魔人が至るところで痙攣を起こしている。筋肉が暴走を起こしているのだ。
「テ、テメェ、俺様になにしやがった……ッ!? なぜ、動けねェ!」
驚愕の表情を浮かべる霧の魔人が身体を動かそうとするも、その身体はピクリとも動かない。
先ほどの恨みも込め、水瀬は見下すように言い放つ。
「確かにお前の霧はスゲー硬えし魔力の増幅もさせる。だけど、お前の肉体自体が強くなったわけじゃねーんだろ? だから強化してやったのさ。お前の肉体の限界を超える強化をな」
「バ、バカな……。そんな、そんなことが……ッ!?」
「岩太郎、真琴ちゃん! お膳立てはしたぜ、準備は良いか!」
水瀬の言葉に竜一はもちろん、霧の魔人も視線を岩太郎と真琴へ向ける。
すると、そこには先ほどまで黙って静観していた岩太郎と真琴が杖を掲げ、その先に極大の火の玉を錬成していた。
その火の玉の破壊力たるや、身を持って体験済みの水瀬と竜一は織り込み済みだ。圧縮された二人分の魔力を暴発する寸前まで練りこむその火球は、炎龍が如く一面を焼き払うもの。
「パーフェクトだ水瀬くん。よくやってくれた」
「あとは私たちに任せて! リューくん、葵ちゃん!」
竜一と水瀬が霧の魔人から離れる。
少なくとも壁際まで逃げなくては巻き添えを食らうだろう。
極大な火の玉の尋常なる魔力の余波を見て、霧の魔人――雅也が狼狽する。
「お、おおおい、やめろ、そんなの食らったら死んじまうッ! そそそうだ! お前らの命は助けてやる! そそそれだけじゃねえ! 灰村、三枚目! お前らにスゲーいい女紹介してやるよ! おおお前ら女二人にも、お前らにもったいないくらいイケメンなやつを紹介してやるから、だからここはッ!」
生への執着か、諦めの悪さか、これまでのことを全て棚に上げ、霧の魔人――雅也の顔が露わになり、見るも無残な泣き顔で懇願する。
だが、
「オレはお前にされそうになったこと、許してねぇぞ屑野郎。死んで詫びやがれッ!」
「ヒッ……!? 嫌だ許してくれっ! 死にたくないっ! 死にだぐばいィィィイイイイィィィイイィイイ!」
「「ユニゾン式『
四人の中の最大火力を誇るその極大な火の玉が霧の魔人――雅也へ直撃する。
直後、部屋を飲み込むほどの大爆発が起こり、天井が瓦解する。
岩太郎と真琴が入ってきた穴から脱出するも、崩れ落ちる天井の中、霧の魔人、雅也の怨念とも呼ぶべき断末魔が響き渡った。
◇◇◇
廃工場の裏手、三十メートル四方の部屋のすぐ側で水瀬ら四人はその光景を見送っていた。
嗜虐的な笑みを浮かべ続け、そして霧の魔人となった男――雅也を屠り、四人はその場に立ち尽くしていた。
「俺ら……、勝ったのか?」
「だといいね。さすがの僕ももう魔力は尽きたし、これでまた来られたらお手上げだ」
その場にへたり込む岩太郎と真琴は魔力をほぼ使い切ったのか、額から汗を流している。
「でも、葵ちゃんが無事で良かったよ。私たちも頑張った甲斐があったね」
疲れているハズなのに、命の危機にも瀕したハズなのに、それでも真琴も岩太郎も竜一も、なぜか笑っていた。
その三人の笑顔をまたしっかりと見れたことが何よりも嬉しく、水瀬は潤む瞳を必死に抑え、三人へ呼びかける。
「真琴ちゃん……岩太郎、それに……竜一も。その、本当にありが」
「おいおい、一体何がどうしたってんだこりゃあ。花火でも打ち上げたか?」
ドスの効いた、低い声音がその場に響く。
当然、そんな威圧的な声音のものなど四人の誰もが発することはできない。
あの雅也だって、ここまで声だけで人を萎縮させることはできないだろう。
四人は声のした後ろを見やると、
「用事が早く終わったから帰ってきてみりゃあ……、お嬢ちゃん、それに灰村。こりゃあお前らがやったのか?」
その低い声音の大柄な男は面倒くさそうに頭を掻きながら聞いてきた。
その威圧感からか、四人は目を広げたまま黙って唾を飲み込むことしか出来ずにいる。
「雅也のボウズはぁ……、この分じゃあもうダメそうだなぁ」
淡々と、その大柄の男――銀次は状況整理をしているようだった。
少しシワのついた頬を撫でながら、右へ左へと視認し、一通りの状況整理と予測がたったのだろう。四人を改めて見直し、
「まぁ俺としては強いやつが正義なわけだからな。負けるような弱いやつはどうだっていい」
自論を述べ、あたかも称賛するかのように四人へ語りかける。
すると、恐る恐ると竜一が口を開く。
「おいおっさん。おっさんが電話してきた野郎だな。あいつらのボスか?」
「まぁボスって言えばボスだが、俺らはあくまで雇われの身でな。まだ上はいるわけだが……」
ギロリ、と竜一を睨む銀次。
雅也やその部下がどうなろうと知ったことではないと言うこの男は、ある意味でプロフェッショナルなのだろう。目的遂行のためなら他のことなど知ったことではない。きっとそういう男なのだ。
銀次の言葉や今の睨みでそう解釈した竜一は、
「なぁおっさん、禁呪書物はここにある。あいつらに対して特に何も思っていないのであれば、こいつを渡すから俺らはもう帰ってもいいか? 本を渡せば水瀬を返すって約束だったし」
今のこの四人ではもう戦えない。そう判断した竜一は銀次へ交渉とは言えないほどの浅はかな交渉を切り出す。
そのこと自体に何かことを起こす気はないらしい銀次だが、一つ……、
「ん~、本来であればそれでいいんだが、ただなぁ」
「ただ……、何だ?」
困ったように眉を寄せ、うんうんと悩む銀次に竜一は、いや四人は警戒する。
その男――銀次から発せられる威圧感、魔力と言うべきその圧力が次第に増していっているのだ。
何かを決断したのか、銀次は申し訳なさそうに笑い、言った。
「すまん、俺たちの稼業は舐められたらおしまいなんだわ。だからお前らには――死んでもらう」
そう言い残し、黒スーツの男――銀次が魔力を練りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます