第18話 霧の魔神

「第二ラウンドだぁ。餓鬼ども。楽して死ねると思うなよ――ッ!」


 霧の魔人となった男、雅也はそのドス黒く、そして妖艶な輝きを放つ紅い目を向ける。

 両手を前へ掲げ、その腕が筒状のものに変化すると……、


「――不味い! 真琴くん、水瀬くん、全出力で対魔法防御魔法マジックシールドを展開するんだ!」

「え!? 三人で!?」

「真琴ちゃん! アレは恐らくホントにヤバいやつだ! すぐに展開を!」


 言い、三人は全出力で対魔法防御魔法マジックシールドを展開し、竜一を含め全員を同時に覆う。

 一人での対魔法防御魔法マジックシールドはピンク色の薄い膜が展開されるが、三人分の魔力が重なったそれは紅色の障壁へと昇華した。

 しかし、


「そんな薄皮で防げると思ってんのか糞餓鬼どもォ。――消し飛ばしやがれ、オルトロスァ!」


 霧の魔人の両手から発せられたそれは、先ほどまでの野球ボールほどの黒い塊ではなく、黒い閃光となって竜一らを襲う。

 黒い閃光が水瀬らの対魔法防御魔法マジックシールドと激突し、大量の魔力障壁の残滓が宙を舞う。その光景を水瀬はつい先ほども見たことを思い出す。


「これは――。不味いよ! さっきオレが吹き飛ばされた時と同じ、いやそれ以上に押されてる! このままじゃあさっき以上の爆発か、対魔法防御魔法マジックシールド自体が破られちゃう!」


 紅色の障壁は激突面がみるみるうちに削られていく。このままでは水瀬の言うとうりやられてしまうだろう。

 しかし、かと言ってこの紅い障壁を解くわけにもいかない。

 ともすれば、


「……俺がいく。俺がやつの注意を引きつける」


 後ろで守られていた竜一が言う。

 事実、今動けるのは竜一のみであり、それは竜一本人も、三人も認識していた。

 しかしそれは、


「それは自殺行為だ、竜一くん! やつのこの黒い閃光は生半可な魔法じゃない、ちょっとでも当たれば死ぬぞ!」

「でも他に方法はねーだろ!」


 岩太郎の言うことは最もだった。三人が全力で魔力を使い、やっとの思いで止めている。いや、それももう破られようとしている。

 そんな中、対魔法防御魔法マジックシールドはおろか、魔法をほとんど使えない竜一が囮になろうと言っているのだ。とても賛同できたものじゃない。

 それでも、竜一の目は決して諦めた者が宿すものではなかった。そんな竜一の目を、水瀬は過去に見ていて、


「――ちゃんと生きて帰れるんだよね? 竜一」

「もっちろんだ相棒。まだ正規の手順で水瀬の下着姿見てねーんだからな。死んでたまるか」

「えっ!? ちょ、リューくん!? それはどういう」


 今も命の危機に貧しているのに、まるで学校の昼休みかのように、まるでみんなで遊びに出かけている時のように振る舞う竜一は、水瀬に向かってニカッと笑うと、


「ふぅ。全くキミってやつは……。まぁいい、そこまで言うならキミに託そう。ただし、こんな訳のわからないやつに倒されたら承知しないからね」

「お前に託される筋合いはねーぞタコ。いいからこいつらを守ることに集中しろ」

「僕もキミからこの場を託されたって解釈で受け取っておくよ、竜一くん」


 結局目を合わせないこの二人は仲がいいのか悪いのか。

 しかし、そんなのはこの場ではもはや関係なく、お互いが持てる力で役割を全うするだけだ。

 そうお互いが解釈をし、カウントを始める。

 3、2、1――、


「行くぞッ!」


 竜一がシールドの左から飛び出し、霧の魔人へ向かって時計回りで駆ける。

 当然、その竜一の姿は丸見えであるため、霧の魔神は放置するハズもなく、


「灰村ァ。テメェにも一発食らってたよな~。あの時のお返し、まだ返しきれてね~んだから受け取ってくれよォオオォォオオ!」


 霧の魔神が右手の砲を竜一へ向ける。

 

「リューくん! これを!」


 片手の砲が竜一へ向いたからか、三人の対魔法防御魔法マジックシールドに余力ができる。

 そのわずかな余力で、真琴は竜一が離れきるギリギリで身体能力向上魔法フィジカルブーストをかけるあたり、真琴の優秀さも群を抜いていた。


「サンキュー! 真琴!」


 通常時でも魔導士のそれとは思えぬ竜一の肉体は、一般的な身体能力向上魔法フィジカルブーストをかけるだけでも効果は絶大だった。

 竜一の急激な加速に、霧の魔人の砲は三人の対魔法防御魔法マジックシールドからやや左手へ空撃ちとなる。


「クッ……、ちょこまかとすばしっこいやつめ!」


 霧の魔人の砲が竜一の後を追うように薙ぎ払われていく。


「特殊技能魔法『千里眼』『音霊』――発動ッ!」


 竜一の真後ろまで黒い閃光が迫る中、竜一はそれを目視せずひたすらと駆け抜ける。

 千里眼と音霊により、霧の魔人の挙動、迫りくる黒い閃光の位置を把握していたのだ。

 あわや直撃というところで竜一がそれを躱し続けることに霧の魔人の男、雅也も苛立ちを隠せないでいた。


「この……糞餓鬼がァ!」


 霧の魔人が竜一へ向けている砲に、さらに魔力を込める。

 黒い閃光が砲の先端から一回り、いや二回りほど太く放出される。

 ――がしかし、


「隙がデカすぎるんだよッ!」


 滑り込むように竜一がその黒い閃光を掻い潜り、一気に黒い魔人の懐まで飛び込んだ。

 竜一の愛剣『鉄屑』を腰に構え、その勢いのままこちらに向きかけるその砲を切り上げる。


「クッ……、キ、キサマァァアアアァアアァアアア!」

「ガンカタは経験したことあるか? 変態野郎ッ!」


 ついに竜一が霧の魔人の懐に飛び込むことに成功し、その結果水瀬らに撃たれていた左手の黒い閃光も竜一へと向けられた。


「よし、竜一に注意が向いた! 今助けに行くぞ竜一!」

「待ってくれ、水瀬くん、真琴くん」


 自由となった水瀬と真琴は先で戦闘をしている竜一の手助けをしに行こうとするも、岩太郎がそれを止める。


「待ってくれって、どうして止めるんだ岩太郎! 早く竜一を助けないと!」

「いいかい水瀬くん、僕らももう魔力残量が少ない。これが最後のチャンスだろう。だからここから先は水瀬くん、キミに頼らさせてもらいたい」

「頼るってウィルくん、葵ちゃんに何をさせる気?」


 それは……、と岩太郎が何某かの考えを二人へ伝える。

 それはあまりにも水瀬が危険であり、一か八かの策であったが、


「――なるほどな。いいぜ岩太郎、その案に乗ってやろうじゃねーか!」

「葵ちゃん、いいの? 本当に危険な役目よ? もしかしたら死んじゃうかもしれないのに」


 真琴もいつになく真剣な面持ちで水瀬へ聞き直す。

 だが水瀬の意思は固く、


「このまま黙っててもどうせ殺されるんだ。だったら少しでも可能性の高い策にオレは乗りたい。それに……」


 水瀬の視線が動き、真琴と岩太郎もその視線の先にいる竜一へと向く。

 そこには魔導士同士の戦闘ではありえないほどの接近戦を繰り広げる光景があった。

 身体能力向上魔法フィジカルブーストで一時的に身体能力を飛躍させているとはいえ、自力の差は歴然である。竜一の有利な距離にいてもジリジリと追い詰められているのがわかった。


「竜一だって、命張ってあんなに頑張ってんだ。オレが頑張らないわけにはいかないね」


 覚悟を決めている水瀬の表情は勇ましく、真琴の中の水瀬は、とても女の子のそれとは思えなかった。

 そんな水瀬の言葉に、ついには諦めたように真琴が一つ溜め息を漏らすと、


「わかったわ、もう止めない。ただ葵ちゃんがリューくんと約束したように、私にも約束して。ちゃんと無事に、生きて帰るって」

「ああ、ちゃんとみんなで帰ろう」


 その言葉に真琴はこれ見よがしに安堵する。

 もう、誰も止めるものはいない。


「じゃあ、そろそろいいかいお二人とも。竜一くんも辛そうだからね」

「よし、それじゃあ頼む。岩太郎」

「了解だ、水瀬くん!」


 霧の魔人を屠る作戦が決行された。

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