第12話 泣き笑い
「アホなのか!? やっぱりお前はアホなのか!?」
水瀬が涙目で竜一の首元を掴みシェイクシェイクしている。
竜一もされるがまま、どこか誇らしそうにそれを受け入れていた。
「このままだと竜一まで変なやつだと、同性愛者だと学園で噂されるんだぞ! それでいいのか!?」
そんな光景をチンピラ男の二人、長原と上地は何とも言えない表情で伺っていた。というより竜一が余りに堂々と宣言したものだから、コメントに困っていた。
と、さすがの竜一も首が痛くなってきたのか、首元を掴む水瀬の手をそっと握り、言った。
「水瀬、同性愛者を貶すのはいけないことだぞ。世の中は徐々に彼らに対して寛容になってきている」
「そうだけど! そうだけど今はそんな倫理観の話をしてなくてええ!」
「さて、そんなことより」
「そんなこと!?」
竜一が水瀬の手を優しく解くと、困り果てていた長原と上地へ向き直る。
すると、先ほどまでのおちゃらけていた竜一が一変、その顔には確かな怒りが滲み出ていた。
あんぐりと見ていた彼らもそれで我に帰ったのか、再び睨みをきかせてきた。
「長原、上地。何言ったかは知らねーが、お前らは水瀬を泣かせた。その罪、万死に値するぞ」
「ああ? 生意気言ってんじゃねーぞ中二病! 万死に値するなんて今時聞かねーぞ!」
「中二病っ!?」
「俺らに喧嘩売ろうってんなら買ってやってもいいんだぜ? なあ最底辺くんよ」
このチンピラ男共が喧嘩腰に煽ってくる。
竜一としては喧嘩を買うのはやぶさかではないのだが、ここはアウトレットパーク。こんなところで問題を起こせば停学を食らって選抜戦に参加出来なくなるだろう。
なので、一つ提案をしてみる。
「やり合うのは構わないが、ここでするのは得策とは言えないよなぁ長原、上地。だから、俺らは選抜戦の一回戦でお前らを指名することにする」
「指名だあ? お前らが、俺らに?」
「プッ……クハハハハハ! こいつぁ面白い冗談だぜ! 格下から指名されるほど屈辱的なことはないからなぁ!」
竜一の提案に大笑いするチンピラ二人。
選抜戦において、通常はランダムでブロック配置をされるものだが、一回戦に限り、両組合意の上ならば指名し合うことが可能である。だが、基本的に自分たちより上の者には指名などするわけもなく、格下を指名したとしても了承をしてくれるわけもない。
これは大昔の魔道士同士による決闘の名残として、確実に戦いたい者同士を優先して戦わせるためのシステムだったのだが、選抜入りが重要視される昨今ではこのシステムを使うものはまずいない。
つまり、格下である竜一らからの指名とは、相手への侮辱行為に当たるのだ。
「まぁお前らが一回戦の相手ってことは、実質シード権を貰ったようなもんだからな。受けてやるよ、その指名」
長原がコツコツと竜一へ近寄る。
額がくっつきそうなほど近づき、より睨みを効かせると低い声音で言った。
「だが、ただで済むと思うなよ最底辺共。お前らが二度と学園に通えなくなるほどに叩きのめしてやるからな」
「んじゃ、楽しみにしてるぜ~。灰村、水瀬ちゃーん。プククっ」
長原と上地が踵を返し去っていく。
あわや乱闘騒ぎかというところからよくこの場を凌いだものだ。
ホッと水瀬が胸を撫で下ろすと、竜一が水瀬の方へ向き直り、
「水瀬、すまん!」
「はっ? 何が?」
竜一が手をパンっと合わせて頭を下げてきた。
水瀬としては、むしろこの状況下に竜一を巻き込んでしまったことを謝りたいくらいだったのに、だ。
「俺の勝手な意地で、水瀬を泣かせたっていうことが許せなくて、あいつらと試合することになっちまった。水瀬としてはもうあいつらと関わりたくないだろうに、辛い思いをさせるようなことしてすまんかった!」
と、平謝りを繰り返す竜一。
先ほどの怖い顔は何処へやら、ヘコヘコと頭を下げる竜一は将来きっと嫁さんの尻に敷かれるタイプなのだろう。
きっと水瀬が謝っても竜一がさらに謝り倒す。そんなことが水瀬には容易に想像でき、
「……ハァ。全くだよ。そもそも竜一がトイレなんて行かなければ、オレがあいつらに絡まれることもなかったのに」
「た、確かに!? すまん! すまん水瀬ええ! 謝るから嫌いにならないでええええええええ!」
「あああああっ!? ならないから! 嫌いにならないから泣きながら抱きついてくるな! おい! 鼻水が服につくから離れろ~!」
いつもの調子でいることにした方が、きっと竜一も喜ぶだろう。
そんな遠まわしの感謝の意を体現する水瀬もまた、意外と尽くすタイプなのかもしれない。
冷たい風が吹いてる春先の夕刻。
時折吹く暖かい風がとても心地よく感じる水瀬だった。
◇◇◇
やっとの思いで水瀬が竜一を泣き止ませ、二人はある店へ向かっていた。
「あいつらと戦うんだから、ちょっとは準備しないとね」
水瀬がそう言い、店内へ入る。
「お~さすがアウトレットショップ。色々売ってるなぁ。オレ、戦闘用霊服買わなくちゃいけないんだよね」
二人が入ったのは魔道士御用達の魔道具店。
店内には霊装や霊服、魔法を媒介にする道具や材料など、魔法に関するもの各種が取り揃えられていた。
「おっ、水瀬、このローブなんてどうだ? 黒色でカッコよくないか? 俺とオソロになるぞ!」
「なんでお前と中二病ごっこしなくちゃいけないんだ。オレは真面目に選んでるの!」
ショボンとした竜一が手に持っていたローブを元の位置に戻す。
すると、店員と思わしき女性が話しかけてくる。
「お客様、こちらはメンズ品を置いているコーナーです。レディース品をお探しでしたらあちらのコーナーになりますが」
でた。こっちが勝手に探したいもの探すのに話しかけてくる店員。
彼ら彼女らもお店の決まりとして話しかけなきゃいけないのだろうが、客側としては正直いらないサービスである。
そんなことを考えながら、店員へそっけなく返事をする水瀬に、
「あ~、いやオレはメンズ物を探してるから別に」
「店員さん、彼女こんな可愛いのに普段男物ばっかり着るんです。女物でボーイッシュ風にコーディネートしてやってください」
「はーーーーい! かしこまりましたーーーー!」
「え!? ちょ、オレは――」
コーディネートを頼まれたのが余程嬉しかったのか、店員が嬉々として水瀬をレディースコーナーへと連れ出した。
文句を言う暇を与えず次々とコーディネートを提案してくる店員に竜一も思わずニッコリ。
「店員さん、彼女足もキレイなので、ショートパンツとか選んでくれませんか?」
「かしこまりましたー! 彼女さん細くてお可愛いですものね。これなんてどうです!?」
「おっ、いいですねぇ」
「いいですねぇ、じゃねーだろ!」
水瀬の訴えも虚しく、二人の怒涛の勢いに飲み込まれていく。
今日何度目かの試着室内では次々に霊服が投げ込まれ……。
「なあ……、もう諦めたから、諦めたからもうこれでいいだろう……?」
ついには二人の熱意に折れた水瀬が澱んだ目で訴えかけていた。
「ああ、悪くない。良い、最高だ水瀬」
「ええ、ええ! とってもお似合いですよお客様!」
「うっ……、そ、そう?」
最終的に水瀬が来たものは少し胸元の開いたタイトなティーシャツに腰下まであるポンチョ型のローブ、ショートパンツにブーツというところで収まった。
「まぁ、ゴツイ男なら着ないが、水瀬くらいの奴ならこれでも大丈夫じゃないかな? 何より可愛い!」
「それダメなやつじゃない!?」
「じゃあ店員さん、これでお会計を」
「はーい。お買い上げありがとうございまーす!」
「即決!?」
「まぁまぁ、可愛いんだしいいじゃないか。それに何か言われても動きやすいからって言えばいいさ。機動性重視のやつは男でも半袖短パンの霊服のやついるだろ?」
「まぁ、確かに……」
可愛いという言葉に不思議な嬉しさを感じる水瀬はしょうがないと了承した。
チョロイ。
◇◇◇
時刻は18時丁度。陽もすっかり落ちたこの時間はアウトレットパーク内から家族連れは消え、カップルが増え始めていた。
水瀬の欲しいものは一通り揃えられた竜一と水瀬は、帰る前にひと休憩とアウトレットパークの隅にあるベンチへ腰掛けていた。
「はあああ疲れたあああああああ。もう今月お金ないよぉ……」
「たかがこれしきで疲れたとは、水瀬もまだまだだな」
「お前みたいな脳筋じゃないんだよオレは……」
うな垂れる水瀬に竜一がアイスコーヒーを差し出す。
どうやら水瀬はブラックで飲むのが好きらしい。
「今度一緒に朝走ってみるか? 水瀬も朝練はしてるんだから、起きるのは問題ないだろ?」
「起きるのはな。でもパース。オレ疲れるの嫌いだしぃ」
ベンチに座り足をブラブラさせながら言う水瀬はまるで子供みたいにだった。
今日一日で相当疲れたのだろう。
「まぁ今日は朝から大変だったからなー水瀬は」
「そうだよ。いきなり知らない場所に連れて来られたと思ったら真琴ちゃんに女物の服や下着を買わされた挙句その場で着せられるし」
「ちょっと待て水瀬は今女物のししし下着をををを着けているのかかかか!? どんなのだ!? 何色のパンツ履いてるの!?」
「声がでかいし目を血走しらせるな! しょうがないだろ真琴ちゃんが着て欲しいなって笑ってない目で言ってきたんだから!」
食い気味に下着の話へ食ってかかる竜一の顔を抑えながら、水瀬は今日の振り返りを続ける。
「まぁ、なんだかんだ普段着はその後買えたからいいんだけどさ。あとは、まぁあいつらの件が今日は一番疲れたかな」
水瀬の言うあいつらとは、当然長原と上地のことだろう。
鼻息を荒くしていた竜一も思わず顔をしかめる。
「竜一さ、オレがあいつらに何言われてたか、聞いてた?」
「……いや。オレが気付いた時にはもう水瀬は泣いてたから」
俯く水瀬に、竜一は何て声をかけていいのかわからないでいた。
何て言われていたのかを聞いてほしいのか、何も聞かずそっと笑い飛ばしてほしいのか。童貞の竜一にはわかるわけもない。
いや、岩太郎だってこの場合の正解などわかるのだろうか。一人の人間がボロボロと泣くということは、それはその人にとって心に相当大きな事象をもたらした時だけだ。
何かしら言いよどむ竜一に、水瀬は困ったような笑みを浮かべてポツリポツリと話し始めた。
「あいつらにね、オレの支援魔法は役立たずだって言われちゃった。わかってるんだ、自分でも。オレの支援魔法はもう支援の体を成していない。わかってるの」
「うん」
当然だと、それくらい自分でも把握していると言い聞かせるように、水瀬は震える声で言う。
竜一は、それを黙って聞いていた。
「人に迷惑をかける支援魔法。笑っちゃうよね。だってかけたら誰も動けなくなるんだもん。そんなのもう支援魔法でも何でもないよ」
自嘲するように、否定するように、
「でも、でもね」
自分は無価値な存在だと、自分は誰にも必要とされていないんだと、そう自分に言い聞かせる彼女の肩は震え――
「いつかは、いつかは誰かの役に立ちたいの……。それが、それがワタシの目指した、憧れの人の姿だから……」
彼女の太ももの上に置かれた手の甲に、涙が流れ落ちていた。
ポタポタと、夜の煌きに反射しながら、その雫は美しく、透き通っていた。
そんな彼女の心の葛藤に、竜一のない頭で考えられることは一つだけ。
それを彼女に伝えよう。
「――大丈夫だ水瀬」
「えっ?」
竜一が立ち上がると、水瀬の前でおどけたように笑い、自身の胸を強く叩く。
「俺がいる……俺が証明してやる! 水瀬は最高の支援魔道士だって! 俺が学園のみんなに、他の学校のやつらに、全国に! 俺ら二人で証明してやるさ!」
高らかに声を上げる最低クラスの魔道士は、どこから来るのか、自信に溢れた笑顔を水瀬へ向けていた。
「でもどうやって……」
「簡単だ。最低最弱な俺が選抜入り、優勝すれば、その相方の支援魔導師はそんな最弱なやつも優勝に導けるすごいやつだってなる。……俺らのやることは最初から何も変わってないよ、水瀬」
それは、水瀬の『誰かの役に立ちたい』という願いに対して、何の解決にもなっていないもの。単純で、真っ直ぐな竜一はそれに気づかないだろう。
――でも、それでも水瀬には、そんな大バカが自信を持って証明してやると、自分を信じてくれると言ってくれることがとてつもなく嬉しくて……、
「……プッ、クフ……」
「ん?」
「クク……、アハッ、アハハハハハ!」
「んな!? なんで笑うんだよ水瀬!?」
ついつい吹き出してしまう。
悲しくて泣いているのか、おかしくて笑っているのか。
いや、今は両方だろう。残念な頭の竜一が悲しくて、見当違いなことを言う竜一がおかしくて、泣き笑いというやつだった。
笑いすぎてお腹がつりそうになる水瀬は涙を拭いながら、
「だって、プクク……証明するって……イヒヒっ、それ、何の解決にもなってないのにドヤ顔で……プークス!」
「お、おま、水瀬、テメ、俺は真剣に、んああああ!」
さっきの宣言が恥ずかしくなったのか、竜一が頭を抱えてうずくまる。
そんな竜一が余計にダサくて、おかしくて、笑えて、嬉しくて、涙が止まらない。
「ウヒヒヒ……。はあ笑った笑った」
「クッソ、お前……覚えてろよ」
よく見ると、竜一の顔や耳は真っ赤だった。
夕方あんな宣言を堂々としてたくせに、何をこんなことで赤くなるのやら。
それでも、水瀬はそんな竜一に言う。
できるだけ優しく、
「でもね竜一」
できるだけ伝わるように。
「――ありがとう」
「あっ……」
感謝の言葉を伝える。
――今、自分はどんな顔で言ったのだろう。困った顔? 泣き顔? んーん、きっと笑ってたのかな。
そんな水瀬を見た竜一は……
「なあ、水瀬」
「なに?」
真剣な表情で……。
自分の気持ちに正直に、水瀬へ伝えた。
「あそこにひと部屋を時間制で借りれるメルヘンなビルがあるんだが、ちょっとそこで休憩でも」
「お前に感謝したオレの気持ちを返せ、この大バカ野郎」
水瀬の冷たーい視線が竜一を襲う。
真冬かな?
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