第11話 お前なに言っていんの?

 時刻は昼過ぎ。

 水瀬と真琴は服を購入した後、やはりまだショッピングを続けていた。主に真琴の暴走で。

 レディース用シューズ専門店でパンプスを買って履き直したり、アクセサリーショップでヘアピンを買ってつけたり、化粧品ショップのサービスでその場で化粧をしてもらったり、美容室で髪をちょっとイジってもらったり。真琴による水瀬大改造計画は午前中いっぱい行われた。


「つ、疲れた……」

「大満足だわぁ。葵ちゃん可愛すぎてまだまだ足りないくらい」

「え、これでも……足りない?」


 疲れ果てる水瀬とは裏腹に真琴は依然元気いっぱい。ヒールの高い靴を履いているのになぜそうまで動けるのか。

 水瀬がヨボヨボと歩いていると、何やら視線を感じる。


「ねぇ真琴ちゃん。なんか道行く人々に見られてる感じがするんだけど、どうしてかな? やっぱオレが女装してるみたいで変だからか?」

「なに言ってるの葵ちゃん。こんな美少女が二人も並んで歩いてたら、そりゃあ世の殿方たちは見とれてしまうものよぉ。葵ちゃんも男の時はすれ違いの可愛い子はついつい見ちゃってたでしょ?」

「まぁ、そうねぇ」


 何の躊躇いもなく自分を美少女と言う真琴はさて置き、実際色々な人に見られている感じだ。

 スカートの下は女性物のパンツ一枚。足は太ももから肌を露出している。女性というのはこんな状態で歩いていて何故羞恥を感じないのかと水瀬は余計に頭を悩ませる。


 ◇◇◇


 もうお昼過ぎということもあり、そろそろ竜一たちと合流しようと水瀬と真琴はアウトレットパーク内にあるカフェへ赴いた。


「リューくんたちがここのカフェのテラスでお茶してるってメール来たんだけど~。あ、いたいた」


 テラスで陽の光を浴びながら優雅にコーヒーを啜る竜一と岩太郎を発見。

 水瀬が声をかけると、


「いたいた竜一と岩太郎。ここ混んでるから探すの大変だったよ~」

「……どちら様で? おい岩太郎この可愛い子ちゃんはお前の知り合いか? なんでお前ばっかモテるんだよいい加減にしろ、今度こそぶっ飛ばすぞコラ」

「キミは早々にレーシックでもしてくることをおすすめするよ。どう見ても葵くんじゃないか全く。確かに見違える程美しくなっているけど」

「えっ?」


 竜一が目をまん丸に広げ再度水瀬を見る、見る、見る。頭のてっぺんからつま先まで何度も往復しながら観察している。

 すると、竜一が勢いよく立ち上がると水瀬の後ろでしてやったり顔の真琴の方へツカツカと歩み寄ると、


「真琴、お前は変なやつだけどやれば出来る子だと思ってたぞ」

「リューくんにだけは変なやつと言われたくないわぁ~」


 泣きながら真琴の手を取り感謝の意を述べていた。

 すると、太ももが露わな足をもじもじとさせながら水瀬が顔を赤くしながら竜一へ尋ねる。


「な、なあ竜一。変じゃ……ないか?」


 その挙動はまるで本当に女の子のようだ。

 水瀬の問いに対し、竜一は食い気味に、


「何を馬鹿なことを言ってるんだマイエンジェル。今日の水瀬はどこに出しても恥ずかしくない女の子だ。でもそこまで変わるのは疲れただろう? そこにひと部屋を時間制で借りれるメルヘンなビルがあるんだ。――ちょっと休憩しに行こう」

「何を真昼間から欲情しているんだいキミってやつは。そういうのは夜景でも見ながら言うものだ。ムードもへったくれもないのかね?」

「ムードとかそういう問題じゃないからな!?」


 ホテルとだけ書かれたメルヘンなビルへ連れ込もうとする竜一と岩太郎に注意する水瀬は、いつもの様子に戻っていた。

 

「そんなことより、私お腹空いたし早く何か頼まない?」

「オレの貞操がそんなこと!?」


 マイペースな真琴が注文を始める。


 ◇◇◇


 昼食のパスタを食べ終え、食後のコーヒーを楽しむ竜一ら一行。

 休日のアウトレットパークだ。昼時ということもあり店内は人の出入りが激しいようで、そんな景色を眺めながらのティータイムは些か優越感を感じることができる。


「腹ごしらえはしたし、この後どうするんだ? また水瀬と真琴だけで買い物いくつもりか?」

「あら、リューくんたちが荷物持ちに徹してくれるならショッピングついてきてもいいけど?」

「それは勘弁願いたい」


 イタズラ顔を浮かべる真琴は楽しそうに竜一をからかう。

 すると、何事か思い出したかのように急に立ち上がった真琴は岩太郎の腕を掴み、わざとらしく言った。


「あーそうだウィルくん。今日私たちのペア学校から来てくれーって言われてたんだったー」

「え、そんな話僕は聞いてないけど」


 ホットコーヒーを啜っていた岩太郎が不思議そうな顔で真琴を見上げる。

 岩太郎の反応に真琴は笑顔のまま眉を引きつらせ、


「やっだーウィルくん忘れちゃったんですかーもうおっちょこちょいなんだからぁ。ほら行・く・わ・よ!」


 160センチ真ん中の真琴が180センチ近くある岩太郎を無理やり立たせる。

 どうやら真琴が自身にフィジカルブーストでもかけたらしい。


「え!? そんなせっかく葵くんがこんな綺麗になったんだから、デートはこれからじゃないか!」

「それはまたいつかにしなさいねぇ。じゃあリューくん、葵ちゃん、私たちは悪いけど今日はここで。また学校でね~バイバ~イ」

「ちょ、え、そんなぁああああああぁ!」


 真琴が岩太郎の襟首を掴んで店を後にした。

 昼食を食べ終え、一休み後さあこれからだというところで嵐のように去っていった真琴と岩太郎。

 竜一と水瀬は口をあんぐりと開けたままその光景を見送った。


「えっと、何がどうなってるのさ竜一」

「……俺にもわからん」


 と、竜一のスマートフォンにメールが入る。

 竜一がポケットからのそのそとスマートフォンを取り出すと、画面には真琴と書かれたメール通知が。


『リューちゃん、ファイト! これで貸し26個目ね』

「……あいつ」


 竜一はメールを見なかったことにしてこれからのことを考える。


「真琴ちゃんなんて?」

「あぁ。埋め合わせはまた今度ねだってさ」


 どうやら水瀬は納得したみたいだが、どうにも残念そうだった。

 先ほどまで女の子の買い物はハードだと嘆いていたが、心のどこかではなんだかんだと楽しんでいたらしい。


「さてと、それじゃあこれからどうする? 水瀬がもう疲れたーってんなら、俺らもこのまま帰ってもいいんだけど」

「いや、そもそもオレ女物の服しか買えてないからメンズ物買いに行きたい。さすがにこの服は寮内では着れないしな」


 確かに……と思う反面どうにももったいないと思ってしまう竜一。

 今日が終われば水瀬は当分女性の格好をしてくれなくなるだろう。もちろん、普段の男物を切る水瀬もそれはそれでボーイッシュ可愛いとギャップ萌えに走る竜一だが、この特別な時間を何とか引き伸ばしたい。

 となれば、


「わかった、いいぜ。じゃあ今度こそ水瀬の欲しかったメンズ服を買いに行くか!」

「うん!」


 カップに残っていた食後のコーヒーを流し込み、二人も店を後にした。


 ◇◇◇


「随分買ったなー水瀬。もうこれだけあれば秋までは持つんじゃないか?」

「だなー。オレも本来服とかそんなに買わない人間だし、あれだけあれば十分だな」


 大量に購入した服や小物の郵送手続きを終え、二人がサービスセンターから出たところだ。

 現在時刻にして16時。春先で陽の時間も伸びてきたとはいえ、もう少ししたら陽も沈み始めるだろう。

 ほんのり肌寒い風が二人のもとを駆ける。


「ちょっと冷えてきたな。水瀬は大丈夫か?」

「オレは平気だよ」


 水瀬が言うと、今日買ったバッグから薄手のカーディガンを取り出す。


「あっ、水瀬ズリイ!」

「こういうこともあろうかと、ちゃんと昼間に買っておいたのさ!」

「ドヤ顔いただきましたー」

「うるさい!」


 ドヤ顔をかます水瀬が今日は女性らしい格好をしているためか、いつも以上に可愛く見え、つい照れ隠しをしてしまう竜一。

 本当ならカーディガンも褒めるところなのだろうが、そこは童貞。そんなことに気づくはずもない。

 そんな問答を交わし笑顔を広げていると、きっと二人はどこからどう見ても恋人同士に見えるだろう。たったそれだけのことでも、竜一の心は温かくなっていった。

 とは言っても冷えてきたことは事実なわけで、一度風が吹くと、


「うう、今の風でブルブルってしたわ」

「風邪? 熱でもあるのか?」

「あぁ熱とかの風邪じゃなくて自然現象の風な。ちょっと冷えたせいかションベン行きたくなってきたし、ちょっくらあそこのトイレ行ってくるわ」

「おー、んじゃここで待ってるからなー」


 竜一が30メートルほど先にあるトイレへ向かったため、動かないよう壁にもたれて待つ水瀬は今日の出来事を振り返る。


(女物の服や下着を買うって真琴ちゃんに言われた時はびっくりしたなぁ。今日一日着てるけど、やっぱり感覚的には女装コスプレしてる気分が拭えないや)


 自分が改めて女なのだと自覚しようにも中々難しい。ワンピース、バッグ、パンプス、スカートと順に見やる。周りからはどこからどう見ても正真正銘女の子に見えるだろう。

 だがこれまでの16年間を男として生きてきた固定観念を払拭することは困難である。自分は今女の子になったんだと自覚しようとすればするほど、元は男なんだという意識も強くなる。

 だが、


(ただなぁ……、この格好を竜一に見せるとき)


 本日一、不可解なことが一つあった。

 それは、


「なんであんなに緊張したんだろう」


 思い出しただけで恥ずかしくなり、一人で顔も耳も赤くしている。

 そんな自分がまた恥ずかしく、両手で顔を覆っていると、


「ねえねえカーノジョ、今一人? なにしてるの?」

「おっ、キミかわいいねぇ。ねぇ、俺ら暇してるんだけど、一緒に遊ばない?」

「――……はっ?」


 急激に身体の温度が下がったのがわかる。

 どこぞの男二人組が話しかけてきたのだ。これはあれだ。言わいるナンパというものだ。

 水瀬人生初のナンパに合う。


「いや、オレ……ワタシ、今人を待っているので」

「え~彼氏? 彼氏なんて置いて俺らと遊ぼうよぉ」

「遊び代は俺らが持つからさ! 一緒にー、ん?」

「……」


(鬱陶しい! ナンパってされるとこんな鬱陶しいものだったのか! いつかナンパとかしてみたいって思ってたけど絶対やらない!)


 思わず手に作った握り拳をナンパ男の顔面にぶち込んでやろうかと考えていると、ナンパ男の言葉に目を見開いた。


「ねぇ、キミどこかで会わなかった? もしかして帝春学園の子?」


 ビクリ、と水瀬の肩が震えた。

 男が水瀬に近寄り顔をマジマジと見る。

 これ以上ここにいてはマズイとその場を離れようとするが、


「この顔どこかで、んん? あ。あーーーー! お前この前転校してきた水瀬葵じゃん!」


 バレた。


「は? マジ? どれどれ。うわホントだ、気付かなかったわー。お前男だろ? なんでそんな格好してんだよ気色わりぃ!」


 どうやらこのナンパ男たちは帝春学園の奴らのようだった。

 学校では男子として通している水瀬が女性の格好をしているということが心底おかしいのか、ゲラゲラと笑い転げている。


「なになに水瀬くん女装癖? コスプレ? いやこの場合水瀬ちゃんって呼んだ方がいいのかな? ギャハハ!」

「かわいいでちゅね~水瀬ちゃーん。そうだよねぇこんだけ可愛い顔してたら女の子になりたいよねぇ。でもごめーん俺ら男はノーセンキューなんだわー」


 彼らにとって今の水瀬は格好の餌。

 男が女の格好をして外に歩いていたなど、本来であれば他人にバレたくないもの。そのような事態を目撃してしまったのだから、優越感で面白おかしく嘲笑いたくなるのだろう。


「この前練習試合で散々な目にあったのに、さらにそんな性癖持ってるなんて知られたら水瀬ちゃん学校でどうなるだろうねぇ」

「そうそう練習試合と言えば、こいつ支援魔法しか使えないんだってなぁ。しかも味方にかけたら倒れるクッソ迷惑な支援魔法」

「め、迷惑……!?」

「迷惑以外のなにものでもないだろ~? 何のための支援魔法だよ、自己中支援魔道士ちゃん? それとも、水瀬ちゃんの支援魔法で誰かの役に立ったことあるのかな~?」

「うぐっ……」


 この際、自分自身がどう言われようと関係ない。

 でも、でも支援魔法だけは馬鹿にされたくない。

 自分の誇りでもあり、プライドでもある支援魔法。それが馬鹿にされている。

 言い返したい。オレの支援魔法はすごいんだって言い返したい。

 でも、こいつらの言っていることは事実だ。

 誰にも必要とされず、迷惑がられ、それでもいつか役立つ日が来るんだって信じちゃって……!

 ――恥ずかしさや情けなさ、悔しさが溢れ、水瀬の目に涙が溜まる。

 抑えようと、止めようとするほど涙は溢れ、いつしかそれが地面にぽたぽたと流れ落ち――、


「おいおいお前性格悪すぎぃ、水瀬ちゃん見ろよー泣いちゃってんじゃんー! ギャハハハ!」

「あらら泣かないでー水瀬ちゃーん。僕らが悪かったよーごめんねー! ほら、僕らもここで一緒に待ってるからさ! 彼氏さんに慰めてもらおうよー」


 その言葉に、水瀬は竜一のことを思い出す。

 このまま竜一がここに来てしまったら、彼までそういう趣味の人間だと悪評が立ってしまうだろう。

 もとはと言えば女性ということを隠し、自分が男に戻れた場合のことを考えて男子として転校してきた。これはいわゆる水瀬自身のエゴだ。


(こんな奴らに秘密を握られるのは心底嫌だ。嫌だけど、だけど竜一まで……)


 巻き込むわけにはいかない。

 そう決心し、水瀬は男たちを睨み、


「お前ら、なにか勘違いしているようだけどな、本当はオレは――!」


 言うと、突然男の一人が叫びだした。


「うああああああ! イテッ!? 肩、肩が痛え!?」


 見ると、叫んだ男の肩には後ろから誰かが掴んでいる。

 その掴んでいる人物は、


「よう。長原、上地。俺がいない間に随分連れを泣かしちゃってくれてんじゃねーの。アッ?」


 竜一だ。

 竜一が長原というこのチンピラ男の肩から手を放し、彼らと水瀬の間に移動する。

 長原が掴まれた肩を抑えながら、それが悔しかったのか、なおも言い放ち続ける。


「お前……灰村、クラスEのクソ雑魚野郎じゃねーか」

「じゃあ何か、この女装ホモ野郎の男って、お前のことか? カーッ、こりゃ傑作だぜ! 学園の最低ランク同士、底辺共が同性愛のお付き合いとはなぁ!」

「いい趣味してるぜ灰村ぁ。いくら可愛い顔してるからって相手に女の格好させるなんてなぁ!」

「――お前ら! 竜一はなぁ!」


 なおも嘲笑う長原と上地。

 それに反論しようとする水瀬に、竜一が手で制止、


「寂しいやつらだな……、お前ら」

「アん?」

「んだとコラ」


 竜一の言葉に反応し、長原と上地が睨みつける。

 が、竜一が『ふっ』とニヒルに笑うと、人差し指を立て、長原と上地へ見せるように向けた。


「お前らに一つ、真実を教えてやる」


 あぁ、やっぱりオレが女だと言うのか。

 当然だ。こんな状態を見られたら今後学校ではずっと変なレッテルを貼られ続ける。

 そんなものを貼られるくらいなら、ここでゲロった方が学校生活も快適になるというもの。

 水瀬も事の顛末を竜一に任せ、再度覚悟を決めると。


「愛にはなぁ、性別なんて関係ねええええええええんだよぉおおおおおおおぉぉおおぉおおおおおぉお!」

「お前なに言っちゃってんのおおおおおおおぉぉおおおぉおおぉおおおお!?」


 竜一と水瀬の雄叫びがアウトレットパーク内で木霊した。

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