第7話 俺を信じろ!

 試合は一方的だった。


「なぁおい竜一!」

「なんだ水瀬! 喋ってると舌噛むぜ!」


 竜一と水瀬は次々と降り注ぐ炎の矢から逃げ惑っていた。


「真琴ちゃんと岩太郎ってこんな強かったのか!? 二人共『燃え盛る矢ファイヤーアロー』を20本くらい同時に射出してるんだけど!?」

「強いに決まってるだろ! 真琴は校内ランク11位のクラスC、岩太郎なんか校内ランク9位で近々クラスBに昇格するようなやつだぞ!」

「聞いてないよそんな話!?」

「これでもあいつら手加減してくれてるんだぞ! 得意魔法はまだ使ってないんだから!」

「えぇ!?」


 水瀬が涙目で驚いている。

 何とかしてやりたいが、まともな魔法はほとんど使えない竜一には何もできないのだった。

 せめて優しい言葉だけでも送ってやりたい。


「水瀬、やられる時は一緒だぜ!」

「負ける前提はやめろ!」


 所々で水瀬が『対魔法防御魔法マジックシールド』を張ってくれるお陰で竜一らは未だ致命傷をもらっていないが、それも時間の問題だろう。

 竜一が顔を曇らせる。

 一方で、攻撃の手を緩めない真琴と岩太郎は、これはこれで困惑していた。


「何て逃げ足の速い人たちなんだ……」

「まぁ、リューくん悪運だけは強いのよねぇ」


 試合開始から10分が経過しようとしているが、竜一たちからの攻撃は一度もない。

 故に、この10分間はひたすら真琴と岩太郎の攻撃ターンだったわけだが、


「こうもずっと攻撃し続けてるとさすがに疲れてくるね真琴くん」

「もっと広範囲の魔法で一気に攻撃してもいいんだけど、万が一躱されちゃったらそれこそ残りの魔力量が心配だものねぇ」

「竜一くんはいいとしても、葵くんがちょっとネックだね。彼女の『対魔法防御魔法マジックシールド』が意外と堅くてびっくりだよ」

「葵ちゃん、支援魔法特化だって言ってたから、味方を守るためにシールドも強化してたのねぇ。健気だわぁ」


 真琴と岩太郎の突き出している手からはなおも『燃え盛る矢ファイヤーアロー』が射出されている。

 だがしかし、10分以上この状態が続いていることに真琴や岩太郎はもちろん、見物に来ている生徒たちや教員たちもが飽き始めてきていた。


「ねえ真琴くん。さすがにそろそろ勝負を決めてもいいんじゃないかな。ほら、ずっとこのままじゃあ観客はもちろんだけど、先生方の印象もよくないしさ」

「ん~、一応今回はリューくんと葵ちゃんの実践訓練ってことだったんだけど、これ以上はちょっと難しそうねぇ」

「それじゃあ、僕ら二人の大技で決めちゃおう」


 その会話がまるで聞こえているのか、竜一がなおも逃げ惑いながら水瀬へ相談をする。


「水瀬、そろそろこのウザったい火矢の雨も止むぞ。直後に俺らを一気に仕留める何かをしてくるみたいだけど、チャンスはそこしかない!」

「え、え? なんでそんな事がわかるんだよ! ウワァアチャチャチャ!」

「俺基本的に使える魔法がほとんどないから、もう攻撃魔法とか支援魔法系は諦めてるんだ! その代わり特殊技能魔法を少し、ね!」

「特殊技能魔法!? お前オレのこと変わり者とか言ってた癖に、竜一も大概変わり者じゃなねーか! 将来ヒットマンにでもなるつもりかアチャチャ!」

「残念ながら使うとしても風呂覗きくらいだけどな!」

「どの道犯罪者!?」


 先ほどからちょくちょくと火矢に当たる水瀬と違い、実のところ竜一には火矢が当たるどころか掠りもしていなかった。

 逃げ惑っているためか、或いは水瀬の『対魔法防御魔法マジックシールド』が良い所で決まるからなのかは分からないが、竜一が毎回寸での所で火矢を躱していることを気づいている者はいないだろう。

 その正体が特殊技能魔法である。

 特殊技能魔法とは、支援魔法の『身体能力向上魔法フィジカルブースト』などとは毛色が違い、『一風変わった能力を自身に付与する』という捉え方が最も近い。

 現在、竜一の習得している特殊技能は、百メートル先でも視力検査を完璧に応えられる程の視力を得る『千里眼』、百メートル先でも針の落ちた音が聞こえる程の聴力を得る『音霊』、気配をある程度消せる『消音』の三つである。

 これら特殊技能も、強力な魔法や物量で押されたら意味を成さないものがほとんどなため、貴重な魔力結晶を消費してまで習得をする人間は非常に稀である。

 習得するとしたらそれこそ将来魔導騎士団の隠密部隊や犯罪集団くらいのものではないだろうか。


「とにかく、あいつらが一気に勝負を仕掛けてくるのは確実なんだから、そこでこっちも勝負に出るぞ! いいな!」

「いいなってお前、どうするつもりだ!?」


 すると、これまで長らく竜一らに降り注いでいた火の雨が突然と止む。

 二人が真琴と岩太郎の方を見やると、どうやらこれが竜一の言っていた『勝負を仕掛けてくる』というものらしい。


「り、竜一、ななななんかあの二人の真上に巨大な火の玉があるんですけど!?」


 真琴と岩太郎の作り上げているその火の玉は、みるみるうちに巨大になっていく。

 現在は大きさにして直径およそ3メートルあろうか。まだ増幅している。


「ウィルくん良いの? このユニゾン式『混沌の大火球カオスブレイザー』は選抜戦の秘密兵器として練習してきたのに」

「ぶっつけ本番で使うよりかは遥かにマシさ。竜一くんらには試験運用の的になってもらうのが効果的だと思うね」

「まぁねぇ。このユニゾン式『混沌の大火球カオスブレイザー』は二人分の魔力を一つのものとして、その形態が崩れないギリギリのラインまで増幅させるもの。いきなり本番で使うには危険すぎるものねぇ」


 火の玉が直径5メートルは超えただろうか。その迫力たるや観客席にいる人間までもが、その熱量を感じる程だった。

 真琴と岩太郎のそんな会話を『音霊』で聞いた竜一は、キメ顔で水瀬へある提案をする。


「なぁ水瀬、俺に良い考えがある」

「絶対碌でもない作戦だろう――ひゃう!?」


 ジト目顔の水瀬をよそに、竜一は水瀬を抱え込む。一般的な表現をするならばお姫様だっこというやつだろうか。

 さすがの水瀬もこの状態には恥ずかしさで耳まで紅潮させる。


「お、おいバカ、なにこんな時にふざけて!?」

「ふざけてない! それより前見ろ! 来るぞ!」


 水瀬が前方を見やると、なんと極大な火の玉は既に真琴・岩太郎の杖先から放たれていたのだ。

 眼前に迫るその極大な火球に顔が焼き付きそうになる。


「水瀬! 俺も囲めるように『対魔法防御魔法マジックシールド』を全力で展開してくれ!」

「『対魔法防御魔法マジックシールド』って言ったって、さすがにあんなの防ぎきれないよ!」

「いいから! 俺を信じて!」


 言うと、竜一は水瀬を抱えたまま火球の方へと走り出した。

 あの火球に自ら当たりに行くなど自殺行為以外の何者でもない。しかし、竜一の足は止まらず走り続けている。

 水瀬にとってそんなまともじゃないやつの意見など、とても鵜呑みにできないハズだった。

 しかし、竜一の目は諦めるでも、ましてや自殺志願などといった目でもなかった。その目には確信と、そして水瀬への信頼が込められていたのだ。

 昨日今日会った人間のなにを信じるというのか。

 ましてや、お互い最低クラスのEなのに。

 そんな馬鹿げた現状がおかしくて、水瀬は諦めたように笑い、


「――ああもう! この大バカ! どうなっても知らないからな! この顔に火傷とか負ったら招致しないぞ!」

「ああ、任せろ! 責任とって一生お供しよう!」

「お前に好都合な展開じゃねーか! 『対魔法防御魔法マジックシールド』、フルパワーで展開!」


 直後、竜一らを囲むようにピンク色の薄い膜が展開された。

 火球までの距離が10メートル、5メートルと縮まる。

 『対魔法防御魔法マジックシールド』が展開されていても感じるその熱量が二人に迫る。


「ぶつかる! ぶつかるよ竜一いいいいいいい!」

「行くぞ水瀬! 舌噛むなよ!」


 火球までの距離、残り3メートル、1メートル、――着弾。

 火の玉は巨大な爆発を伴い燃え広がった。その規模は試合場の3分の1ほどに達するだろうか。

 激しい爆発音と振動で会場が揺すられ、観客席にも動揺が走る。


「ちょちょちょ、ウィルくん! ちょっとこれやり過ぎちゃったんじゃないかしらぁ!?」

「……死んでいないといいね」

「冗談でもやめてよね! 今すぐ試合を中止して回復魔法を使える子を集めないと」

「――いや、ちょっと待ってくれ真琴くん!」


 爆心地には今も黒炎が立ち込め、真琴らにも見えない状況であった。

 だが、不思議なことにその巨大な火の玉が竜一らに直撃してから、彼らの声を全く聞いていない。いや、音さえしない。

 悲鳴を上げる間もなく倒れてしまったのか。もしかしたら本当に最悪の展開が起きたのか……。

 黒炎が次第に離散していく。薄らとではあるが着弾点を確認できるようになると、そこには、


「い、いない? あれ? でもリューくんも葵ちゃんも確かに当たって」


固有魔導秘術リミットオブソウル、――『生命の輝きデスペラードハート』」


 聞き慣れた声が発せられた。

 真琴らは発生源であろう上空を見上げると、水瀬を庇ったのだろうか、ボロボロな竜一と未だ無傷な水瀬が上空から迫っていた。

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