第8話 意地

「――固有魔導秘術リミットオブソウル――『生命の輝きデスペラードハート』」


 聞き慣れた声が発せられた。

 真琴らは発生源であろう上空を見上げると、水瀬を庇ったのだろうか、ボロボロな竜一と未だ無傷な水瀬が上空から迫っていた。


「竜一! 傷が!」

「俺に構うな水瀬! これが最後のチャンスだぞ、撃て撃て撃て!」


 竜一の言葉に水瀬が力強く頷くと、腰から二丁の拳銃を抜き取り反撃の隙を与えまいと打ち続ける。

 当たる当たらないはこの際関係ない。とにかく攻撃の手を緩めないことが大事なのだ。


「あれを食らってまだそんな元気があるとは……、やるじゃないか竜一くん!」


 不意を突かれた形となった真琴らはその攻撃に対処できず、着地した竜一は岩太郎へ、水瀬は真琴へと突っ込んでいった。


「まさか本当に近接戦まで持ってこられるとは思ってなかったわぁ葵ちゃん」

「オレも思ってなかったよ真琴ちゃん」


 水瀬が真琴へ触ろうとするもバックステップでヒラリと躱されてしまう。『身体能力向上魔法フィジカルブースト』をかけて戦闘不能にしようとしているのがバレバレだったのだ。


「さすがにそれは読めるよぉ」

「だろうね。でもこれはどうかな!」


 触ろうとしたのはフェイントである。本命の左手に持った拳銃を真琴へ発泡する。

 しかし、


「それも読めるよぉ」


 至近距離からの発泡すら躱されてしまった。

 いや、躱されたという表現はあまり正しくないだろう。まるで最初から拳銃で攻撃するのを知ってたかのように、その場所にいなかったのだ。

 ならばと、


「じゃあこれでどうだ! 『身体能力向上魔法フィジカルブースト』!」


 直接触れていないので効果は落ちるが、それでも水瀬のフィジカルブーストなら150パーセント近くは筋力が上昇するため、女子なら易々と動けなくなるだろう。

 拳銃と違い多少の範囲もあるため、これは避けられまいと思うも、


「はぁい、『銀幕の反射鏡リフレクトウォール』よ~」

「んぎゃーーーーーーーー!」


 またしても予測してたかのように真琴が対応する。

 物理衝撃のある魔法以外を跳ね返せる基本的な魔法『銀幕の反射鏡リフレクトウォール』。水瀬が放った『身体能力向上魔法フィジカルブースト』が自らに跳ね返ってきたのだ。

 水瀬自身、『身体能力向上魔法フィジカルブースト』で動けなくなってしまった。


「な、なんでそんなわかるの」

「ふふ。私の固有魔導秘術リミットオブソウル――『乙女の直感マインドリーディング』のおかげよぉ。私を中心に直径10メートルくらいなら相手の考えてることが何となくわかるのよぉ」

「そ、そんなのズルい」


 ガクッ、と力尽きる、というより動けなくなる水瀬。

 ここは真琴に軍配は上がったようだ。


 一方、竜一と岩太郎はと言うと。


「ほらほら竜一くんどうしたんだい、接近戦に持ち込まれた時は焦ったけど、だんだん動きが鈍くなってきたよ」

「う、うるへー」


 竜一の愛剣鉄屑が岩太郎へ向け横薙ぎに払われる。が、全身に力が入っていないのか、その黒剣にスピードは感じられず余裕を持って躱されてしまう。


「全く、接近戦に持ち込まれた時はどうしようかと思ったけど、この分なら大丈夫そうだね」

「ウィルくーん、お手伝いはいる~?」

「大丈夫だよ真琴くん。今の彼ならデコピン一つでも倒れそうだ」


 その言葉通り、岩太郎は鼻歌混じりに竜一から振り下ろされる鉄屑を躱し、


「て、テメー岩太郎。真面目に相手しやがれ!」

「そうは言ってもねぇ。この距離は僕ら通常の魔道士は得意じゃないし、安易に魔法使ったら僕まで巻き添え食らっちゃうからさ」


 次々に繰り出される竜一の剣戟はもはやスローモーションで再生しているかのようだった。

 苦しそうな顔をする竜一に、岩太郎の顔も思わず歪む。

 すると、竜一の諦めの悪さに会場からは嘲笑の笑いが起こる。

 魔道士たる者が接近戦を挑み、その上疲れ果て録に霊装すら振るえない。これほど滑稽なものもあろうか。

 そんな感想があちこちから聞こえ始めた。


「竜一くん、そろそろ負けを認めるんだ。これ以上の戦いは意味を成さないだろう」

「う、うるへーイケメン。テメーに一泡吹かせるまで俺は諦めねーぞ」


 岩太郎の顔がさらに歪む。

 弱者を痛めつけることに抵抗を持っているわけではない。

 ここまでボロボロになってもなお食い下がるライバルを見るのが心苦しかったのだ。


「僕はあの日キミに負けて以来、どんなに力の差が離れていこうがライバルと認めている。賭けのことを気にしているのか? もしそうならアレはなかったことにしてやっても」

「うるへーって言ってんだろナルシスト! つべこべ言わずかかってこい!」


 竜一の目は諦めていなかった。

 例えその剣に身体が振り回されていようと。

 例え進む足がもつれていようと。

 真っ直ぐに相手を見据え、今なお勝つ気でいる。


「……わかったよ竜一くん。先ほどのキミへの非礼は詫びよう」


 言うと岩太郎はバックステップで5メートル程距離を取ると、右手の杖を前に突き出した。


「これで終わらせる!」


 岩太郎の突き出した杖から魔法陣が展開される。

 この魔法陣は最初に見た――


「――『燃え盛る矢ファイヤーアロー』!」


 無数の火の矢が射出された。

 距離にしてたったの5メートル。そんな近距離で初速の速い『燃え盛る矢ファイヤーアロー』を防げる者は当然いないだろう。

 ――そう、会場の誰もが思っていた。


「待ってたぜ……この瞬間をな! 固有魔導秘術リミットオブソウル――『生命の輝きデスペラードハート』!」


 瞬間、これまで千鳥足だった竜一が目にも止まらぬ速さに加速する。

 射出された『燃え盛る矢ファイヤーアロー』を潜り抜け、その発射下――岩太郎へと駆け抜ける。

 愛剣である鉄屑は火花を散らせながら、その黒剣を躊躇なく切り上げると――鉄屑を握る手に生々しい衝撃が走った。

 確実に切り抜いた感触だった。しかし問題点が一つ。

 その切り抜いた正体は、人じゃなかったのだ。


固有魔導秘術リミットオブソウル――『砂地の造兵メイクオンサンドロック』、キミならそう来ると信じてたよ」


 その正体は土で出来た人形、いや兵隊と呼んだ方が正しい造形だろうか。

 身体は土の造形物、手には岩で出来た剣が握られている。


「クソが……、こいつ出される前に終わらせようと思ったのによ」


 竜一が辺りを見回すと、そこには述べ10体以上の土偶兵に取り囲まれていた。

 


「僕はこれでもキミをライバルとして見ているんだよ? 男の身体をマジマジ見るのは嫌だったけど、キミの筋肉の動きはずっと観察してたさ」

「あぁそうだな悪かった。だからせめて――痛くないようにしてね?」

「それは無茶な注文だ、竜・一・くん」

「んあああああああああああああああっ!」


 土偶兵たちが竜一へ一斉に飛びかかった。


 ◇◇◇


 竜一は土偶兵のリンチ行為……もとい数の暴力にて呆気なく撃沈。練習試合は終了した。

 終わってみれば真琴・岩太郎ペアの圧勝である。

 見物にきた生徒たちは勝者二人の力を再確認、改めて選抜メンバー入り候補という認識を強くした。

 竜一の評価は元々であるが、転校生である水瀬はこの練習試合が初お披露目である。その結果がこれであるのだから仕方がないとはいえ、可愛いだけの弱小魔道士として竜一共々ポンコツコンビとして名を響かせてしまったのだった。

 ――上位陣の生徒たちを除いて。


 帝春学園保健室。ここには戦闘で傷ついた生徒たちがすぐさま治療を受けれるよう最新の設備の他、回復魔法を専門としている雇われ治療魔道士が複数在籍している。

 現在この保健室の一室のベッドにて、竜一は目を覚ました。


「あれ、ここは……。あぁ、試合に負けて俺は運ばれたのか」


 まだハッキリとしない頭で目を覚ます直前のことを思い出す。


(そうだ。俺は岩太郎の土偶たちにやられて、そのまま気を失ったんだった。結局、水瀬には悪いことをしちまったな。水瀬……――)


「水瀬は!?」

「呼んだ?」


 竜一が勢いよく起き上がると、竜一の寝ているベッドの横に座っている件の転校生、水瀬葵が応じた。


「あ……。水瀬、無事だったのか。よかった」


 あの巨大な火の玉から逃れたあと、すぐさま別行動となり水瀬の安否を確認できずにいたため、元気そうな水瀬を見ることができて竜一がホッと胸を撫で下ろす。

 が、水瀬自身はそうでもなかったようで、


「無事だったのか……じゃねーぞこの大バカ野郎!」

「え!? 大バカ?」

「あぁそうだ! 背中一面にあんな火傷は負うし! ダメージを負って倒れたのかと思えば体力の著しい低下が原因で、それのせいで回復魔法で傷を癒しても目を覚まさないし! どんだけ心配かけさすんだこの大バカ!」

「あれ、水瀬そんなに心配して、――泣いてる?」

「泣いてないバカ!」


 プイっと顔を背ける水瀬。

 目元が少し赤くなっていた様な気がするが、それは気のせいだったのだろうか。

 

「ところでお前の固有魔導秘術リミットオブソウル、ありゃなんなんだよ。火の玉に突っ込んだと思ったら空中にいるし、最後はすごい加速するし、お前が魔力以外に体力もなくなってたのに関係あるのか?」


 水瀬が竜一の固有魔導秘術リミットオブソウルについて質問をする。

 当然のことだ。あの時、竜一と水瀬は確実にユニゾン式『混沌の大火球カオスブレイザー』に自滅よろしく突っ込んだ。それを水瀬がちょっと目を閉じている隙に真琴と岩太郎の真上まで来ていたのだ。

 確かに、動きを早くすること自体は『身体能力向上魔法フィジカルブースト』などでもできる。だが、竜一は魔法をほとんど使えないし、当然水瀬が使った訳でもないのだが、


「あぁ、説明してなくて悪かったな。俺の固有魔導秘術リミットオブソウル、『生命の輝きデスペラードハート』は俺の活力や体力を魔力に変換して、その魔力が電力へと変換されるものなんだ。魔力が元々少ない俺には打って付けのもんだよなぁ。まぁ使用すれば今みたいに体力すっからかんで動けなくなるのが難点だが」

「活力や体力って、つまりどういうことだよ」


 キョトン顔で尋ねる水瀬。


「例えば、『あいつに負けたくない』って想いや『やってやるぜ!』って想いは、時に信じられない力を自分に与えてくれるだろ?」

「あ~、好きな女の子に頼まれた時は購買の焼きそばパン争奪戦はだいたい勝ててたな。唯一買えなかった日を境にその娘は目も合わしてくれなくなったけど」

「そんな悲しいパシリ話は聞いてないんだが……。まぁつまり、そういった想いで引き出される力を魔力に変換するのが俺の能力なんだ。想いが強ければ強いほど効果も上がる。当然、想いから作り出されるものは体力に直結するから使用後は動けなくなるってわけさ」

「ふーん。それで、電力へ変換されるってのはあの動きとどう繋がってるのさ」

「あれはその電力を身体に流れる電気信号に流して、一時的に肉体の限界まで力を引き出したに過ぎないよ。『身体能力向上魔法フィジカルブースト』は一時的に肉体の細胞を活性化させて筋力補助を与えるものだが、俺のはあくまで電気信号を流すだけ。肉体自体は強化されてないから、使用後は筋肉痛がひどくてさ。アタタ」


 火事場の馬鹿力みたいなものだろうか。

 まとめると、あの巨大な火の玉や岩太郎への最後の一撃も、竜一の中にはあの加速に匹敵する何かしらの想いがあり、それがこの結果をもたらしたのだ。

 想いを力に変える能力、


「なんか、かっこいいなお前」

「あ~あの時一撃でも与えられていれば俺のハーレム生活待ったなしだったのに。――なんか言ったか水瀬?」

「何でもねーよちょっと見直したオレがバカだったわ」


 すると、扉の方からドアをノックする音が聞こえた。

 竜一と水瀬が同時に見やると、岩太郎がドアに身を預け勝者の笑みを浮かべていた。


「そのことなんだけどね竜一くん。ああそれより目を覚ましてよかったよ。大丈夫かい僕のライバル」

「上辺の心配は嫌味にしか聞こえねーぞ岩太郎。要件はなんだ」

「岩太郎って言うな! ったく。そうそう、賭けの件だけど、今回は僕の勝ちだよね? だから水瀬くんは一日僕に預けてもら」

「リューくん目が覚めたのね! 良かったぁ、あの技は危険だからあんまり使わないようにっていつも言ってるのに!」


 後ろから真琴が岩太郎を押しのけて部屋に入ってきた。

 さすが幼馴染。何だかんだ言っても竜一のことを心配していたのだろう。


「真琴くん、今は僕と竜一くんで例の賭けのことを話していて」

「そのことなんだけどウィルくん、その一日デートってもちろん私も含まれるわよね?」

「え?」

「だって、あの時の約束にウィルくんと葵ちゃんがって明言してなかったもの。私にも葵ちゃんとデートする権利があると思うわ」

「そ、それはそうだが、ね?」

「まぁもしあの時私をのけ者にするような発言してたら、その時はウィルくんの背中が危なかったかもしれないけど、やっぱりウィルくんは優しいわぁ」

「ア、ウン、ソウダネ」


 岩太郎へ笑顔を向けた真琴の目は、それはもう感情が込められていなかった。


「あ、あの真琴ちゃん? つまりオレはどうすれば」


 水瀬が言うと、真琴は水瀬と竜一の手を取り、


「今度の休みに、みんなで一緒に遊びへ行きましょう~!」


 満面の笑みを浮かべる真琴に、岩太郎は何も言えずにいたのだった。

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