第6話 試合開始!
――放課後、竜一らは校舎の隣にある、選抜戦でも使用される試合場に来ていた。
選抜戦や公式戦で使われる試合場は広さにしておよそ野球場と同じくらいである。
広範囲の魔法やトラップなど、幅広い戦術を駆使できるようにと、この広さに設定されたらしい。
なぜ練習試合程度でそのような場所を使うことになったかと言うと、
「四人とも待たせてごめーんね! ちょっと準備に手間取っちゃって遅れちゃった!」
テヘッと笑う行き遅れ教師、宮川美弥子が用意したのだ。
「先生、何も私たちの練習試合程度でこんな場所を用意しなくても。それに――」
真琴が辺りを見回す。
そう、ここは選抜戦でも使用する試合場。当然観客席などもあるのだが、何故か見物客がいる。およそ100人程度だろうか。
この会場を用意したことといい、竜一が宮川をジト目で睨む。
「なーに灰村くん。先生はただここに来るまでの間『噂の転校生と清水・ウィルペアが練習試合するよー』って大声出しながら来ただけなのに!」
「確信犯じゃねーか!」
「なんのことかにゃー?」
この行き遅れめ! 内心でこのぶりっ子担任に竜一は毒を吐きつつ息を整える。
すると、竜一にとってあまり目を合わしたくない話したくない近づきたくないイケメン、真琴のバディが竜一と水瀬に歩み寄ってきた。
「やぁ我が永遠のライバル、竜一くん。久しぶりだね、元気にしてたかい?」
「こっち来んな岩太郎。お前と話すことはない」
「その名で呼ぶな! っと、僕としたことが取り乱してしまった。さて、こちらのお嬢さんが例の転校生、水瀬葵かい? ふーむ、噂に違わぬ美貌だ。初めまして、僕は田中ウィリアム。気軽にウィルって呼んでくれ――って何かなお嬢さん? 僕の顔に何か付いてるかな?」
と、岩太郎に声をかけられた水瀬は、まるで汚物を見るかのような目で岩太郎を睨んでいる。
あんな目もするのかこの娘は。可愛い! などと竜一が新たな発見に喜んでいると、一頻り睨み終えた水瀬が竜一の後ろに隠れ、
「オレ、あいつ嫌い」
初対面に近づかないで宣言を繰り出した。
「分かるぞ水瀬。ちなみにこいつのフルネームは
「その名で呼ぶな愚か者!」
岩太郎との会話で溜め息を漏らす竜一。竜一は岩太郎が苦手なのだ。
彼はその容姿もさる事ながら、魔道士としての成績も相まって非常にモテる。とにかくモテる。
観客席には岩太郎のファンクラブ団員の応援や横断幕まで掲げられており、さすがに大のイケメン嫌いである水瀬も苦笑いである。
しかし、先ほどの岩太郎の発言から、竜一は一つ違和感を感じていた。
「おい真琴、お前岩太郎に水瀬のあのこと喋ったか?」
「え? 喋ってないけど」
おかしい。
なら何故岩太郎は先ほど水瀬のことを彼女と?
「ああ、竜一くん。キミは今、何故僕が葵くんを女性だとわかったのかということを考えているね。そんなの簡単さ。僕くらい女性経験豊富な男になれば、服の上からでも彼女のスリーサイズまで完璧に把握できるのだよ。服の上からだとわかりにくいが、その胸元、しっかり女性としての発達が見受けられたからね」
「ひっ!?」
水瀬がバッと胸元を隠す。
これには竜一も水瀬も真琴もドン引きだ。
「真琴ちゃん、何でこんな奴とバディ組んでるの?」
「え? いやはは。この人の近くにいると可愛い女の子が自然と寄ってくるから、その、ね? ちょいちょい私がもらったりーなんて」
水瀬がついに頭を抱え出してしまった。
(真琴も真琴で普段は真面目ないい子だが、ちょっと特殊性癖持ちだからなぁ。うまく付き合えよ水瀬。岩太郎はどうでもいいけど)
「さて竜一くんよ。僕は忙しい身でありながら今回この練習試合にきてあげたのだ。この意味がわかるかな?」
「……何が言いたいんだよ岩太郎。何かお礼して欲しいなら俺とっておきの女子風呂覗きポイントくらいなら教えてやっても」
「ちっがうわ愚か者! 僕はキミと違って女の子に困ったことはないんだよ!」
「んだとゴルァちょっとモテるからって調子乗ってんじゃねーぞナルシスト野郎!」
一触即発火に油、少し言葉を交わすだけで喧嘩を起こす二人に真琴と水瀬が止めに入り、何とか収まる。
「また取り乱してしまった。――さて、さっき僕が言ったことだが竜一くん。僕は忙しい身でありながら今回キミたちに付き合ってあげるんだ。だが、普通にやってはすぐに勝負はついてしまい面白くない」
「相変わらずの自信家め」
「そこで、一つ賭けをしないか? 僕らが勝ったら、そうだな、水瀬くんと一日デートをさせてくれ」
「んな!? オレ!?」
「その代わり、竜一くんらが一発でも僕に攻撃を浴びせられたら、その時はキミの言うことを何でも聞こう。どうかな?」
「どうかなって、なんでお前らの賭けにオレを巻き込もうとしてん」
「いいぜ。乗った」
「おおおおおおぉおおぉぉおおい! 竜一テメェコラアアアアアアアア!」
水瀬が竜一の胸ぐらに掴みかかり、脳みそのシェイクぶりから怒りが見て取れる。
「まぁまて水瀬。一発当てるだけであいつに好きな命令を出せるんだぞ。見ろあいつの応援団を。あいつがあの応援団に一声かければあの女子たちは何でも言うことを聞くだろう。この意味……元男の水瀬ならわかるよな?」
「あの女子たちが……何でも?」
ゴクリ、と生唾を飲み込む水瀬。揺れる心。弾ける欲求。めくるめく甘美な響き、『何でも』。
彼は、いや彼女は首を縦に振らざるをえなかった。
「さてさて諸君よ。挨拶もそこらへんにして、そろそろ始めませんかね?」
「いの一番に遅れてきた人が催促し始めたよオイ」
「練習試合だからさすがにフィールドの具現化はできないけど、それでもいいねお二組」
「いいよみゃーね、宮川先生」
「僕らも構いませんよ、ミス宮川。どのようなフィールドでも彼らには負けませんから」
「じゃあフィールドはこのままで! はいお二組は離れてー。準備ができたら言ってね」
試合は基本的に両チームが50メートルほど離れた位置からスタートする。フィールドがある場合は草木や岩などが存在するので、それだけ離れれば相手を視認できなくなる。
しかし今回はノーフィールドだ。50メートル離れても両チーム丸見えである。
両チーム定位置に着き、各々は霊装を取り出した。
「こい――鉄屑」
竜一は目の前にかざした魔法陣から愛剣、鉄屑を取り出す。
さらに、
「ドレスチェンジ」
瞬間、竜一の制服が淡い輝きを放つと、それは黒のシャツ、黒のズボン、そして黒のロングコートへと変わった。
これが竜一の戦闘用霊服である。
「うわぁ、全身真っ黒にロングコートとか、お前中二病かよ……」
隣の水瀬が残念な子を見る目で竜一を見つめていた。
なんでだよロングコートかっこいいじゃん……、などと竜一がしょぼくれている間に水瀬もドレスチェンジを唱えた。
水瀬も衣服が淡い光に包まれると、その制服が純白なローブへと変わった。
「そういう水瀬は普通のローブなんだな。でもなんかサイズ合ってなくね?」
「普通でいいんだよ普通で。まぁ元々男の時から来てる霊服だからなぁ。今度新しいの新調しないと」
少しダボつくローブを身じろぎして直している水瀬の腰に、何やら非常に危険なものが見える。
「水瀬水瀬、その腰にあるのって」
「あぁこれか? これがオレの霊装だよ。かっこいいだろ?」
水瀬の腰両サイドにかかるその拳銃と思わしき霊装が、不気味に黒光りする。
「まぁ拳銃みたいな見た目だけど、発射されるのはオレの魔力弾だよ。攻撃魔法でも何でもないただの魔力を圧縮した弾だから、威力はお察しだけどな。それでも至近距離で頭に撃てば脳震盪くらいは起こせるぜ?」
拳銃なのに接近しなければいけないとはこれ如何に。
「お二組~、準備は良い~?」
宮川が審判席から両チームへ確認を取る。
真琴たちもいつの間にか準備を整えていたようだ。
竜一と岩太郎は互いに準備完了の合図に手をあげると、
「じゃあこれより、灰村・水瀬ペア対田中・清水ペアの勝負を開始します。それでは、3、2、1、――試合開始!」
試合開始の合図と共に竜一と水瀬は勢いよく走り出した。
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