第5話 サンドイッチおいしいね
「あーおーいーくん! 一緒にお昼食べよぉ!」
竜一の幼馴染――清水真琴が水瀬にそう声をかけ、現在竜一、水瀬、真琴の三人は学校の屋上で昼食をとっていた。
「毎日学食じゃあ飽きちゃうし、たまにはこうして外で食べるのもいいねぇ」
このお昼のために、真琴は竜一らの分のお弁当まで作ってきてくれていた。
お弁当の中身は様々な具材の入ったサンドウィッチがいっぱいで、どれを食べても一流ホテルのカフェで出されるような出来栄えだった。
「どう葵くん、お口に合うかな?」
先ほどから無言で食べ続けている水瀬に心配そうな表情を向ける真琴。
勢いよく食べるその姿勢から見るに、満足そうではある。
口の中のものをお茶で一気に流し込み、水瀬は目を輝かせて言った。
「うまい、どれも最高にうまいよ真琴ちゃん! オレ、女の子の手料理とか食べたの初めてだったから、もう感動しちゃって! 特にこの卵なんか、とろとろ過ぎず硬すぎず、卵のまろやかさが際立っていて……最高です!」
「あらあら葵くんったらもう。リューくんは中々そんなこと言ってくれないからうれしいなぁ」
真琴の料理を昔からよく食べている竜一としては、いつもおいしいとは思っているが敢えて口に出したこともなかった。
今度ちゃんと言ってやるかと竜一が心の中でふけっていると、
「そういえば、二人はどういう関係なんだ? オレから見ても不釣り合いな二人が一緒にいるなんて不思議なんだが。あっ、不釣り合いってのは真琴ちゃんが美人すぎるからってことであって、なんで竜一となんかと思って」
「あらあらそんな美人だなんて葵くんはお世辞がうまいなぁもう。私とリューくんは所謂幼馴染ってやつね。昔から家同士での付き合いがあって、よく一緒にいたのよ」
「お前こんな可愛い幼馴染いてオレに付き合ってくれとか言ったのかこの不届きものぉ!」
「突っ込むところそこ!?」
予想外の方向から水瀬の叱咤が飛んできた。
確かに真琴は美麗である。さらには胸も大きく、それでいてスタイルはモデル並みと弱点もない。校内では真琴のファンクラブまで存在する。だが竜一にとっては幼馴染、子供のころから一緒にいる間柄、とある事情を知っているとそんな風に見れるわけもなく、
「ま、待ってくれ水瀬! 確かに真琴は幼馴染だが、こいつはそんな関係では」
「リューくん本当に男の子でもイケる口になっちゃったの!? ことあるごとに私のおっぱい突きたいって言ってたくせに!」
「おま、お前女なら誰でもいいのか竜一!」
「真琴は黙っててくれぇ! 事態がややこしくなる!」
穏やかな昼下がりが一変、雷雨が降り注いだが如く騒がしくなる。
事態の沈静化を図るがため、竜一は真琴にも昨日のことを説明することとした。
◇◇◇
「つまり葵くんは実は葵ちゃんで、それの原因がおじさまがよく集めていた魔法書の一つ、禁呪書物? ってやつのせいってことであってるかな?」
「さすが真琴。理解が早くて助かる」
と、不安そうな顔をした水瀬が竜一へ耳打ちをする。
「な、なぁ、これ話しちゃってもよかったのか?」
「大丈夫だ。真琴は一応信用できるやつだし、それに水瀬も一人くらい女の協力者がいた方がいいと思うぜ?」
「確かにそうだけど」
今だ不安げな表情を浮かべる水瀬とは裏腹に、真琴の表情は期待に満ちた輝きを放っていた。
すると、
「あーおーいーくん?」
「はい?」
「それぇ!」
「ひゃうっ!?」
真琴の両腕が水瀬の胸元へ勢いよく伸びていった。
突然のことに顔を紅潮させ固まる水瀬をよそに、真琴は何かを確かめるようにその手をワシャワシャと動かす。
「ま、真琴ちゃん、何を!?」
「ふーむ、制服の上からじゃ確かにわからなかったけど、これは確かに女性のおっぱいね。女の私がそう思うんだから間違いないわ」
「いや俺は別に疑ってないし」
しかし水瀬と幼馴染だが見てくれは悪くない真琴がくんずほぐれつに絡み合っているその光景は非常に悪くはなかった。
――これが、百合ですか!
「ふう、堪能した。葵ちゃん反応がうぶくて可愛いのなんのってぇ。くふふ」
「あの、真琴……さん?」
さっきまでの真琴絶賛から一変、ちょっと引いてる水瀬に竜一が内心同情する。
「こいつ、可愛い女子が大好きなんだよ。好みの女の子見つけるとすぐ今みたいにちょっかいだすから水瀬も気をつけろよ」
「ちなみにBLも大好きです!」
「あ、あぁそう、はい……」
何かを悟った水瀬。
これで竜一が真琴をそういう目で見れないのを理解したみたいだ。
お弁当も食べ終わり、話題は選抜戦へと移る。
「でもこれはいよいよやっかいよねぇ。選抜メンバーは上位三組だけだし、リューくんはそもそも魔法ほとんど使えないし、選抜戦はもう来週まで迫ってるし」
「でも今回ばかりはどうしても選抜入りしないといけないんだ。水瀬が俺に振り向いてくれるためにも」
「おいオレが男に戻れるよう頑張るのが第一条件だからな!」
選抜メンバーは魔法科生徒全組で行われるトーナメント形式だ。
決勝戦までコマを進められればその両組は選抜入りが確定し、決勝戦で買った方が選抜メンバーの大将となる。
三組目の選抜メンバーは準決勝で敗れた二組が敗者復活戦として三組目の椅子をかけて戦うわけだが。
「そういえば、葵ちゃんは前の学校ではクラスは何だったの? うちの学校から校内ランク8位の人とトレードできたんだし、クラスCくらいかしら」
「そういえば俺も聞いていなかったな。もしかしたらとんでもなく強いとか?」
「クラスEだよ」
「え?」
「だから、クラスEだよ。ちなみに使える魔法は支援魔法のみ! 魔力結晶は全て支援魔法に振ってるから他は何も使えないよ」
「「――え?」」
思わず竜一と真琴の声がハモってしまった。
「いやいやいや、我が校から校内ランク8位様が行ったんだぜ? そんなわけ」
「ちなみに一番スキルレベルを上げてる『
不意に水瀬が竜一の手を取ると、
「あだーー! 動けな、あっ! これ昨日の夜と同じやつ!」
竜一は全身の筋肉が動かせなくなってしまった。
昨夜水瀬にかけられたように、力を入れたくても入れられない状態だ。
「あらまぁ。これどういうことなの?」
コクリ、と一つ頷いた水瀬が、なぜこのような効果が起きているのかを話しだした。
「
「まぁ、スキルレベル1~3くらいでも、身体全体の筋力は20~30%くらいは上がるものね。それ以上はむしろ身体に毒って――あ~なるほど!」
「なるほどじゃなくて俺にもちゃんと説明してくれ。あと水瀬は早くこの魔法解いてくれ……」
水瀬が魔法『
「つまり、本来魔道士に適正な上昇はせいぜい20~30%くらいなんだよ。それくらいだったら、筋肉も負荷に耐えつつ、一時的に筋力を上昇できる。だけどオレの
「なるほど、あの不思議な現象の正体はそこにあったのか」
「それって、葵ちゃんの
「現在は12だね」
「「12!?」」
「他の支援魔法もそれくらいあるかなぁ。まぁ
ナハハ、と笑う水瀬が無邪気な笑顔を振りまくが、これは魔道士界隈において異常な割り振りなのだ。
普通の魔道士は、自分の身体にかけられる分で事を得るため、支援魔法はスキルレベル1か2程度に抑え、他の魔法習得や強化に費やす。
また、大体の魔法はスキルレベル5程度で威力や効果は頭打ちとなり、その後の伸びしろは余りないので他の魔法へ魔力結晶を使用するのが効率的であり、戦術の幅も広がるとされている。
そんな中、支援魔法にそれらを全て振り、あまつさえスキルレベル10以上など聞いたことがない。
だがそのことから導く一つの答えは、
「結局、支援魔法なのに味方を支援するどころか戦闘不能にしてしまうし、水瀬自身は攻撃する術を持たないからランクEなんだね」
「まぁそういうことだ。笑うなら笑うがいいさ!」
これはいよいよマズイことになったんじゃないかと竜一と真琴が逡巡しだす。
(これ、割と詰んでるんじゃないか?)
「でも、逆にその支援魔法を相手にかけてやればいいんじゃない? そうすればよっぽどの事がない限り、相手は動けなくなるでしょ?」
「なるほど! さすが真琴! それならいけるんじゃないか?」
確かに真琴の言うとおり、相手にさえかけられれば動けなくなる。
つまり、水瀬の攻撃手段が乏しかろうとやりようはいくらでもあるのだ。
だが、水瀬が首を横に振りながら、
「それも試したことあるけど、無理だった。というか、かける段階までいけないんだ。ほら、
「あぁ……。まぁそりゃそうか」
「それに、オレの支援魔法は味方を支援するために習得し強化してきたんだ! 極力味方に使いたいってのが本音かな。まぁかけられる人がいないんだけども」
「……今から他の魔法を覚える気は?」
「ない」
断言されてしまった。
水瀬はよっぽど支援魔法にお熱のようだ。
何が彼女をそこまで支援魔法に固執させるのかは定かでないが、どうやら他の魔法を覚える気はないらしい。
「と、とにかく! 一度二人で一緒に試合してみればいいと思うの! 放課後なら私とバディのウィルくん空いてるから、練習試合でもしてみましょ!」
真琴の提案に一先ず竜一と水瀬も了承する。
絶望的な状況に変わりないが、一度実践を経てみれば課題も浮き彫りになるというものだ。
というか、課題しかないので条件を絞りたいというのが竜一の本音である。
話もそこそこに、残りのサンドウィッチを口に放り込み、三人は教室へと戻った。
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