第4話 魔道士たるもの
朝焼けが目に染みるこの時間は、どうやらまだ少し肌寒いらしく、時折見かける人々は長袖を羽織っている。
現在時刻は6時30分。灰村竜一は日課のランニングに出ていた。
魔道士はその性質上、あまり肉体的トレーニングを必要としていない。
というのも、基本的に魔道士の戦闘というのは遠距離から中距離の攻撃が主であり、懐に飛び込んでの接近戦というのは起こりにくい。
希に相手と肉薄する距離まで接近してしまうこともあるが、その場合は自身に
また、高レベルの魔道士ならばほとんどの攻撃を防御魔法で防げるので避ける動作すら不要となる。
――故に、魔道士に求められるものとは、如何にして得意な魔法の精度を向上させるか、魔力量を増やすか、どんな状況でも対応できるようバラエティに富んだ魔法を習得するかにかかっている。これは魔道士界でも常識であり、魔法学校でもそう生徒へ教えている。
――しかし、魔法を習得するのはそう簡単ではない。
まず、魔法習得には一部例外を除き、魔力結晶が必要である。
この魔力結晶とは、魔力を込めることのできる専用のクリスタルへ各々が魔力を注入し、精製する。この精製が非常に難しく、魔力量による個人差はあるものの、学生なら早くて4ヶ月、魔導騎士団の方々ですら1ヶ月はかかると言われている。
精製後、魔力結晶に覚えたい魔法の術式を刻み、その魔力結晶を発動させ身体に定着させることで、その魔法を詠唱なしで使用できるようになるのだ。また、魔力結晶を個人で作らなくてはいけない理由はそこにある。その身に魔法を覚えさせるわけだから、使用する魔力結晶は限りなく自分と同質のものでなくてはならない。たとえ親や兄弟でも、魔力の質は微妙に異なるので、その例に漏れないらしい。
魔力結晶に置いて、一度の定着ではその魔法の精度や効果は薄く、より強力にしたい場合は、何度も同じ魔法の魔力結晶を使わなくてはならない。この魔力結晶の重ねがけは『スキルレベル』という名称で呼称されている。――練習次第では魔力結晶を重ねがけしなくてもある程度まで使えるようになるが、そこは才能の世界である。自分に合っている魔法は少ない重ねがけでも強力になるし、逆に自分と合っていない魔法は結晶の重ねがけをしても向上に限界がある。
また、個人によって魔力結晶の使用回数には限度がある。肉体が、或いは魂がその身に魔法を刻むスペースに限界があるのか、ある一定量まで使用すると魔力結晶が使えなくなるのだ。
そして、先ほどの一部例外というのは、個々人が生まれた時から備わっている『
――以上のことから、この少年ように朝から筋力トレーニング、放課後にも筋力トレーニングなどしているものはそうそう見受けられないのだ。
これは彼の才能に問題があるからなのだが、身体を鍛えるのは最早趣味の領域。筋肉痛は新たな筋肉を生む産声とまで感じているので問題はない。
「さて、次は素振りだ」
一旦の短い休憩と水分補給をするために寮前まで戻ると、寮の前にある花壇に人影が見えた。
朝焼けが反射するほどの美しい銀髪を棚引かせる彼女は、
「こんな時間になーにやってんだ、水瀬」
昨日から帝春学園へ転校してきた水瀬葵だ。
「んあ? あぁ、おはよう竜一。部屋にいないと思ったら、竜一も朝練か?」
「もってことは、水瀬も朝練してる……ようには見えないけど、何やってるんだ?」
「失礼な! これはれっきとした朝練なんだぞ! これを見ろ!」
言うと、水瀬がその手に持ったものを見せてくる。
それは植物の種のようだった。
「これはカモミールの種だ。これをここの土に植えてな。見てろよ~」
水瀬は種を土へ植えるとその場所に水をかけ、手に込めた魔力を植えた場所へと放出する。
とても昨日の夜泣き叫んでた者と同一人物だとは思えないほどの真剣な表情を浮かべる水瀬に、竜一はつい見とれてしまっていた。
水瀬の額には汗が浮かび、どれほど集中しているのかが伺える。
すると、
「出たー! ほら竜一! 出たぞ!」
竜一の袖を無理やりに引っ張り寄せ、その成果を見ろと言わんばかりに急かす。
少年は言われるがまま視線を落とすと、そこには小さな、でも確かな生命を感じさせる芽が出ていた。
「これは……」
「練習だよ、フィジカルブーストの応用だけどね。自己流なんだけど、これがまた難しくてさ。今日はうまくいって良かったよ」
(難しい? 水瀬は何を言っているんだ? 支援魔法での植物の成長促進なんて聞いたことないぞ)
確かに、フィジカルブーストは身体の細胞や筋繊維を活性化させることで能力を上昇させるが、その応用で成長を促進させるという話は聞いたことがない。そんなのもう、まるで別の魔法のようだった。
「お前、毎日こんなことしてるのか?」
その不可思議な魔法を目の当たりにし、竜一はある種の恐怖を覚えながら尋ねると
「まぁね。前の寮では花壇が季節花でいっぱいになったから、ご近所のおばちゃんたちからは中々好評だったんだぜ。お庭の貴公子なんて呼ばれてな」
と鼻高々に語る水瀬は、その異常性を認識していないようだった。
それどころか、子供のような笑みで自慢げに語る彼女に、そのような恐怖はいらないようだ。
やっぱ天使じゃん。
「それで、オレはこれで朝練終わりだけど、お前は?」
「いや、俺はあと30分ほど素振りしてから上がる予定だ」
「素振り?」
「そう、素振り。……――こい、鉄屑」
素振りという単語を不思議そうに繰り返す水瀬はさておき、竜一は目の前に手をかざし、展開された魔法陣から具現化霊装を取り出す。
「ほーん、それがお前の霊装、って剣!? それに長い!」
竜一的には鉄屑を見て水瀬の様な反応をされるのはいつものことだった。
なにせ魔道士のくせに剣なんて取り出すのだから、当然だ。
「そういう反応は一年前に腐るほどされたぞ」
「だってお前、魔道士なら普通補助効果のある杖とか、遠距離に対応した弓や銃を選ぶもんだろ。なんでまた剣なんか」
「その文句も一年前に腐るほど言われたぞ」
先ほども言ったように、魔道士は基本遠距離から中距離攻撃で攻撃し合う。故に剣など使っていては近づく前に蜂の巣にされるのが関の山だった。
「にしてもホント長い剣だなぁ、オレの身長くらいあるんじゃないか? でもなんかこの剣墨色というか、なんか黒いな。ちゃんと手入れしてるの?」
「最初はそれほど長くなかったんだけどな。俺の成長と共にドンドン黒光りして大きくなっちゃってさ」
「……なんか卑猥な話に聞こえるな」
「え? やだ水瀬ちゃんったら……」
「なんでお前が顔を赤らめるんだよ、やめろ気持ち悪い! ――ところでさ、ちょっとそれ持たせてよ」
剣がよほど珍しいのか、水瀬が両手を差し出し笑顔を向ける。
「良いけど、これ重いからな? 気をつけろよ?」
「大丈夫大丈夫。いうてもそこまで重くは、って重ぉおおおおおおおおい! たた助けてぇえええええ!」
「だから言ったじゃねーかこのおっちょこちょい!」
涙目な水瀬の顔にあわや鉄屑の刃が食い込むというところで何とか救出。
危うく帝春高校春の早朝殺人事件が起こるところであった。
「ハァハァ……、死ぬかと思った……」
「さすがに脳天真っ二つで即死だと回復魔法でも治せないからなぁ……」
「……オレ、先戻ってシャワーでも浴びてるから、まぁほどほどにな」
「シャワー!?」
「来んなアホ! 素振りしてろ!」
ぐったりした水瀬がフラフラと寮へ戻っていく。
そんな水瀬を見送り、竜一は素振りへと戻ることにした。
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