第3話 契約
「静かにしてくださーい。今日は以前から話してた、転校生の子が来ていまーす」
行き遅れ先生こと宮川美弥子が教室に入るなり、第一声を響かせた。
静かにしろとのお言葉だが、当然教室は転校生という言葉でさらにヒートアップする。
灰村はいむら 竜一りゅういちの隣の席に座るは彼の幼馴染、清水しみず 真琴まことも頬を紅潮させながら竜一に話しかけた。
「ねぇねぇリューくん! 転校生だって! 転校生だって! 男の子かな? 女の子かなぁ?」
「学校でその呼び方はやめろって言ったろ真琴。転校生ねぇ、まぁあの校内ランク第8位様とトレードで来るやつだ。俺らとは次元の違うやつだろーよ。それより真琴、そのはち切れんばかりの胸つついていい?」
「ダメに決まってるでしょ!? あと俺らって私を一括りにしないでよ! この教室でクラスEはリューくんだけなんだからぁ」
そう、竜一はこの学校でも珍しいクラスEの最底辺だ。
そのことについて竜一はもう気にしないことにしている。魔力量が極端に低い竜一はどう頑張ったって強力な魔法は使えない。いや、例え覚えられたとしても、魔力量が足りなくて発動できないだろう。
だから、これは彼が彼のやりたいようにやった結果であり、実際のところクラス付けの指標で考えると、その結果を提示されても文句はないのだ。
「リューくんだって、ちゃんとやればクラスC入りくらいはできるだろうに」
こと魔法界隈において、クラス付けの指標とは実践対応能力にあたる。
魔力量や魔法の威力や効果がどれだけ高かろうと、実践でうまく使えなきゃ評価はされない。ある意味実力社会の典型だ。しかし、それは一定ラインの魔法を使えることが前提であり、覚える魔法全てが初期レベルなら、そもそも評価対象にはいらない。
つまり、クラスEの烙印を押されている竜一は、実践において無価値の存在だと言われているようなものなのだが。
「俺はいいんだよコレで。俺は……ロマンを追い求める男だからさ」
「そんなんだからバディも見つからないんだよリューくんは」
(ニヒルに笑う哀愁ある俺に冷静な突っ込みを入れてくれるな)
そんな他愛もない雑談をしていると、教室の扉が開いた。
――教室に入ってきたのは、まるでアニメやゲームから飛び出してきたかのような少女だった。
歩く度に銀髪が煌き、時折見えるうなじはとても高校生とは思えない妖艶さを醸し出している。
先ほどまでざわついていた教室は一転、静寂に包みこまれていた。
彼女が教室内の生徒らへ一礼し、その止まった空気を打ち破る。
「初めまして、水瀬葵といいます。この度、松宮高等学校より転入することになりました。どうぞよろしくお願いします」
天使のような笑顔で締めくくると、まるで有名アーティストのライブ会場かと見紛うほどの歓声が教室に沸いた。
「きたーーーーーーー美少女だああああああああああああああ!」
「ちょっと待って男子の制服着てるし、あれ男の子じゃないの!?」
「じゃあ美少女じゃなくて美男子!? やーんかわいいーーーーー!」
「男!? あれ男なのか!? うっそだろオイ俺なんかに目覚めそうなんだけど!」
十人十色の意見が飛び交う中、真琴も興奮しながら竜一へ話しかけていた。
「リューくんリューくん! 見てあれ! かわいいよあの子! ほんとに男の子かな!? 可愛いもの好きとしてほっとけないよクへへ……! ねぇリューくん! ……リューくん?」
「――天使だ」
「え?」
その見目麗しい転校生に竜一は今、運命の人と出会ったのかもしれないと確信していた。
「ついに、俺のマイエンジェルが現世に舞い降りたようだ」
「リューくん、あれ、男の子だよぉ?」
「いいや、絶対女の子だ。俺のセンサーが反応してる。女の子だよ。そうであってくれ」
「ただの願望じゃん……」
竜一の人生においてこれ以上の娘は現れないであろうその子は男子として紹介されていた。
(認めない。認めなくない……。せっかく、せっかくあんなに可愛いのに男だなんて……)
「――もう男でも問題ないんじゃないかな」
「リューくん!?」
竜一がまだ見ぬ新たな世界を向かい入れようとしていると、宮川が自身の後ろを指差しているのに気づく。
「じゃあ水瀬くん、あそこのツンツン頭の子の後ろの席でお願いね」
――キタッ!
転校生が竜一の後ろの席へ誘導されていた。
周りからは羨むような怨念のような声が響き渡る。
真琴は近くの席に来てくれるということではしゃいでいるようだが、竜一も心の中では有頂天だ。
ふと、竜一は隣まで来たその転校生、水瀬葵と目が合った。間近で見ると本当に女子にしか見えず、その美貌になお心が奪われる。
(なんて声をかけよう。こんにちわ? 無難すぎる。 好きです? いきなり同性からの告白は受け入れられないだろう)
竜一はかける言葉が見当たらず、逡巡していると、
「あれ、そのツンツン頭どこかで? んん? うーん、――あ!? ああああああああああああああああ!」
転校生、水瀬葵が竜一に向けて絶叫を上げた。
(俺、いきなり何か嫌われるようなことしたかしら)
教卓の向こうでは宮川が何かしら知っているかのようにフヒっ、と笑っていた。
◇◇◇
時刻は18時過ぎ。灰村竜一は日課である学園備え付けのジムで筋トレを終え、寮へと向かっていた。
「はぁ、やっぱり俺、嫌われてるのだろうか……」
朝のホームルームで竜一を指さしながら大声で叫んだ水瀬葵は、あれからずっと鬼の様な形相で竜一のこと睨んでいた。
(これが俺に一目惚れしてるとかなら俺としては万々歳なのだが、あの視線は明らかに好意のあるものではないしなぁ)
ある意味で竜一に恨みを持ってるかのようだった。
竜一としては何かしら誤解されている可能性を考慮し、話しかけたいと思ってはいるのだが、話しかけようにも休み時間はクラスの連中や噂を駆けつけた他のクラスの生徒に囲まれていたため接点を持てずにいた。
(明日以降どうするべきだろう。一度呼び出して話を聞いてみるか)
そんなことを考えていたからか、竜一は部屋の鍵が閉まっていないことに何の疑問も持たず開けてしまう。
そして部屋の中で待っていたものは
「……んな!? みみみ水瀬葵!?」
「あっ! お前!」
部屋のシャワーでも浴びたのだろうか。トランクスの下着一枚で立っている件の転校生、水瀬葵がいた。
竜一にとって水瀬は同性であるものの、女性の様な見た目な上、首にかけてあるバスタオルが胸元の大事な部分を隠しているためか、非常に勘違いをしてしまいそうになる。
(あぁ、やっぱりこう見ると女の子にしか見えない……! なんと美しい……。やっぱもう男でも良いんじゃ)
と、まだ見ぬ世界の扉を強引に開放しようとしていると、
「捕まえたぁぁ!」
「うぉ!?」
瞬時に竜一の懐へ飛び込んできた水瀬は、彼の腕を掴むと一気に部屋のベッドへ投げ出した。
隙を突かれた竜一は、投げられるがままベッドへ倒れ込むも即座に起き上が――れなかった。
「フフフ、動けまい灰村竜一よ」
「み、水瀬葵、一体なにを……!」
「何って、ただの『
「支援魔法で動けなくなるとか聞いたことないぞ! それ支援の意味を成してねぇじゃねーか!」
「うぐっ……」
痛いところでも突かれたのか、ちょっとたじろぐ水瀬。
竜一はこの隙に立ち上がろうとするも、うつ伏せから仰向けになるので限界だった。
(やっぱこれ状態異常の魔法なんじゃないの?)
「ふん、オレの
竜一のもとへ近づいてきた水瀬は、ゆっくりと腹の上に跨ってきた。
「これでもう逃げられまい。おい、灰村竜一よ、オレは貴様に聞きたいことがある」
「――ハッ!? まさか水瀬、俺に一目惚れしてこんな強硬手段を? わかるぜ、同性だとどうアプローチかけていいかわからねーもんな。 くっ、いいだろう、俺も覚悟を決めた。――優しくしてください!」
「そんなわけあるかい気色悪い!」
竜一渾身の告白もあえなく撃沈。
状況は変わらず、竜一は身体に力を入れるも動く気配がしない。いや、力が入りすぎて動けないという方が正しいか。ずっと重いものを持っていると、力を入れているのにその実全く入っていないあの感覚に近いだろう。
「じゃあ、なんだよ」
「お前、昨日の夕方」
(この状況は何とかしたい。いや、馬乗りにされてるこの状況は絶景なので何とかしたくはないのだが、このままでは非常にマズイのだ。主に俺の理性が)
一箇所だけでも動かせないかと竜一は全身をくまなく確かめると、右手だけに意識を集中すれば動かせそうなことに気づく。
(水瀬には悪いが、一旦チョークスリーパーでもキメて気絶してもらおう)
「神奈川の路地裏で」
(意識を集中しろ。チャンスは一度きり。集中、集中集中……――)
「男子高校生と接触しなかっ」
「――今だッ!」
「ひゃう!?」
それは、非常に不思議な感触だった。
ムニ……――というほのかな柔らかみが竜一の手のひらを伝えてくる。どうやら彼の手は首元にいかなかったようだ。
しかしその代わり、竜一の手の向かった先は先ほどタオルで隠れていた部分。そう、慎ましくも確かにあるその胸の膨らみへと伸びていた。
「あっ、あれ? この感触……は? えっ、だって、お前男だって」
「な……ななななな」
(おかしい、事前情報と違う。男にはこんな胸の膨らみなんかないし、筋肉だとしたらこんなに柔らかくない)
水瀬の顔が急激に紅潮し、目元には涙が溢れんばかりに溜まっている。耳まで真っ赤だ。
(えっ、なに。じゃあこれってやっぱ……――)
「お前、女なのか?」
「なに触ってんだこの変態野郎おおおおおお!」
「うぐふっ!?」
竜一の顔面めがけて水瀬葵全力の拳が飛んできた。
(新たな扉さようなら。どうやら僕の勘は正しかったようです)
開けかけた扉が閉まる幻想を見ながら、竜一はあるべき世界へと落ちていった。
◇◇◇
「んっ……」
「おっ、やっと起きたか」
竜一の目が次第に開く。
目を開けるとそこには銀髪の美少女、水瀬葵が覗き込んでいた。
「うわっ!?」
「おーっと待った待った。また
下手な動きをするなよ、と言わんばかりに水瀬が手に魔力を込めて牽制している。
(何がどうなってこの状況になってるんだっけ?)
竜一は寝ぼけた頭で何故こうなっているのかを整理してみる。
(まず、俺は放課後ジムで筋トレに励み、部屋に帰ると素っ裸の水瀬がいて、俺はそのまま一方的に跨られて――)
「あっ! お前、男のフリして実は女だったなんて」
「ストッープ! はいストップ! これには海よりも深く山よりも高い事情があるんだ。そして、その事情というやつにはお前も含まれている」
「はぁ?」
言うと彼女は自分のカバンからある一冊の本を取り出した。
その本というのは
「禁呪書物!?」
「お、やっぱわかるんだな。よかったよかった」
「おま! それを返せ!」
竜一が飛びかかるもヒラリと躱されてしまう。まださっきの後遺症が残っているようだ。
「まぁ慌てるな。お前、これ昨日失くしたんだろ?」
「それがどうした!」
「その失くした原因が、路地裏で男子高校生とぶつかったことだろ?」
「あぁそうだとも! というかなんでお前がそれを知って」
「あの時ぶつかった男子高校生、それがオレだ」
「はああああああああ!?」
「ちなみに昨日の夜、この本に書いてある永続変異魔術を使って女になっちまった」
「はあああああああああああああああああ!?」
「オレは男に戻りたい。オレを助けてくれ!」
「やっぱり男だったのかコンチキショオオオオオオオ!」
てへぺろ! っとハニカム彼女がまた可愛らしくて余計憎たらしい。
(つまりコイツは元々男だったが、禁呪書物を使った際の手違いで女になってしまったということか)
「ん? じゃあ昼間学校ですごい殺気を送ってきたり、さっき俺に襲いかかってきたのはなんでなんだ? 素直にそう言えばよかったのに」
「だって、この禁書ってやべーやつなんだろ? 他の人に聞かれるわけにはいかないじゃん? んでさっきのはオレの裸を見られてしまったから、万が一お前がこの禁書に心当たりがなかった場合、実はオレが女だということの口封じをしなければと思ってさ」
「口封じとかこわ」
(あれ? じゃあ睨んでたと思ってたのは単に俺に話を聞きたくてウズウズしてたと)
「なんだよそれ……あと何で水瀬が俺の部屋にいるんだよ」
「何でって、オレの部屋ここだって言われたからだけど、何だよお前がオレのルームメイトかよ。じゃあホントにさっきわざわざ捕まえなくてもよかったな。まぁ今後ルームメイトになるんだし、お互い水に流そうぜ」
「あぁまぁそうだな、悪かっ……ルームメイト!?」
(なんてこった、なんてこった! 俺のマイエンジェルが転校してきたかと思えば、それが男で、まだ見ぬ世界こんにちわかと思えば実は女でまだ見ぬ世界さようなら。かと思えば心は男、身体は女でルームメイトとか……)
「あぁ、みゃー姉……宮川先生に言われて来たんだけど、いやぁ事情のわかるやつで本当に助かったぜ」
「――まだ見ぬ世界ただいま」
「何言ってんの!?」
ついつい本音が溢れた竜一の心境は複雑怪奇だった。
今女なら別にいいよね? いいよね?
「ところでだ。さっきも言ったがオレは男に戻りたい。永続変異魔術を再度かけても効かないし、どうすれば良い?」
「知らん」
「即答かよ!」
「そりゃあ、こんだけ可愛い子が男に戻りたいなんて言うんだもの。反対するよ」
「お前……、俺は男だぞ! いいのかそれで! お前は男色家か!?」
「俺は女の子が大好きだ! そして今の水瀬は女の子で、それ以上でもそれ以下でもなーい!」
「こんんんんんの、変態がぁ!」
「ご褒美です!」
(真っ赤な顔で怒る水瀬もまた可愛い! そんな顔で罵られるとゾクゾクっと背筋に電気が走っちゃう)
さりとて、このままではまた例の魔法をかけられてしまいそうなので、本題へと移る。
「まぁこれまでのは半分冗談として」
「冗談には聞こえなかったが」
「あぁ男に戻したくないのは本当だぞ。だから手伝う代わりにオレの条件を飲んでもらいたい」
「……条件?」
あからさまに嫌そうな顔をする水瀬。
竜一としてはその表情を見ているとまた背筋に電気が走りそうだが、鋼の精神で何とか抑える。
竜一はこっそり後ろに回した手でとある魔法陣を作り、水瀬に条件を突きつける。
「俺の条件とはただ一つ。そう、お互いがお互いのために最善の手を尽くした結果、男に戻れないと判明した場合は……――俺と正式にお付き合いをしてください!」
「――はっ?」
心底嫌そうな表情を水瀬が浮かべる。
「だから、俺としては男に戻ってもらいたくないのが本心だけど、水瀬の気持ちが男に戻りたいと思ってるならそれに協力するよ。ただ、男に戻れず、今後女性として生きていくなら、その際は女性として俺を選んで欲しいなって。テヘッ」
彼女は嫌そうな表情をするも、何かを考える素振りをしていた。
少し間を置くと、
「保証がない」
「ん?」
「だから、その条件だと灰村竜一がオレにちゃんと協力する保証がないってこと。適当にやったのに最善でやったとか言って、オレが男に戻るのを諦めるよう仕向けることもできるじゃんか」
「ふーむ、なるほど」
「だから、その条件を飲む代わりに、こちらも一つ条件を提示したい。仮にも諦めたら一旦はお前を恋人とするんだ。それくらい良いだろう?」
まるでそれは竜一と付き合うのが罰ゲームかのように言い放つが、その感性は仕方がない。なにせ彼女は元男だ。
彼女いない歴年齢の竜一がしょうがないと続きを促す。
「仮にオレが男に戻るのを諦めたとしても、こんな美少女になっちゃったオレだ。並みの男と付き合うのなんて真っ平ごめんだね。だから、せめて灰村竜一には魔導舞踏宴の選抜メンバーに入って、優勝してきてもらうぐらいしないとな」
(バーカ。昼間周りのやつからお前がクラスEって情報はもう得てるんだよ! こんな条件出されちゃあそちらも条件を緩和せざるを得ないだろう)
なるほど。これは駆け引きを要望してきているなと竜一はすぐに気付いた。
この場面で魔導舞踏宴を掛け合いに出したということは、恐らく水瀬は竜一がクラスEだという情報を既にキャッチしていると思っていいだろう。それに加えてあのわかりやすい表情だ。竜一でなくともすぐ読まれただろう。
だがしかし、竜一は敢えてここで強気にでる。
「それに関しても、水瀬が俺の邪魔をしないという保証はないように聞こえるけど。まぁいいや、一旦整理しよう。俺の条件は『お互いがお互いのために最善の手を尽くした結果、男に戻れないと判明した場合は水瀬葵が俺と付き合う』だ。それに対しての水瀬の条件は『魔導舞踏宴の選抜メンバーに入って、優勝』、でいいんだな?」
「あぁいいぜ。そもそも選抜入りで尚且つ優勝だ。お前の提案次第では、もうちっと条件を下方修正してやっても」
かかった。
「良いだろう。条件を飲む」
「え?」
「だから、条件を飲むと言った。オレが選抜入りして帝春学園が優勝したら、正式にお付き合いをしてもらうぞ、水瀬葵ぃいいいいいいいいい!」
「えぇえええぇえ!? 良いのか!? そもそもお前への条件なんてハードルめっちゃ上げちゃったのに」
「うん。だから俺が選抜入りして優勝できるよう、一緒にバディ組んでがんばろ? 俺バディいないからさ」
「は? なんでオレがお前とバディ組まなきゃいけないんだよ。そんなの条件に入ってないだろ」
「お互いがお互いのために最善の手を尽くす。俺の条件覚えてるよな」
「え? うん、――まさか!?」
水瀬の顔から血の気が引いていくのがわかる。
そう、竜一の提示した内容とは
「契約に基づき、俺は水瀬が男に戻れるよう全力で探そう。俺が全力で探すんだから、水瀬も俺のために俺が魔導舞踏宴に選抜入りして優勝できるように全力でサポートをしてもらう! これぞ、お互いがお互いのために最善の手を尽くすってやつだ。ワーハッハッハッハ!」
これにて竜一と水瀬は一蓮托生となった。
お互いがお互いのために動き合う。これほど美しく素晴らしい関係性もないだろう。
それに加え、
(万が一、選抜入りして優勝し、且つ男に戻る方法が見つかってしまったなら、それはしょうがない。涙を飲んで男の水瀬を愛そう)
竜一の覚悟は既に性別の垣根を越えていたのだ。
「なな、無しだそんな条件! そんな抜け穴を突くみたいな」
涙目で震えながら水瀬が反論しようとしてくるが、竜一は後ろに展開していた契約魔法を提示し、
「ちなみに今の内容はもう契約魔法に登録済みだ。お互いちゃんと肉声で条件を了承したからな。破ったら契約違反で魔導騎士団のお世話になるぞ」
「最低、最低だコイツぅううううう!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
水瀬が男とは思えぬ大泣きをしだし、意外とこういうのも悪くないかも……などと新たな世界まで見えてきた竜一。
「この娘は俺にいろんな世界の扉を見せてくれるなぁ」
◇◇◇
「さてだ。契約に基づき、まずは俺の知る限りの禁呪書物の情報を与えようと思う」
「グスッ……」
ようやく水瀬が泣き止んだので、各々は部屋の両サイドに置かれているベッドに腰掛け、一先ず話の本題に入ることにした。
「まず、水瀬が使ったこの禁呪書物、仮にこれを上巻と呼ぶとしよう。現在俺が確認しているものであと中巻と下巻の2冊があるんだ」
「……ふんふん」
「んでだ、この上巻には主に攻撃魔術と状態異常魔術が載っているだろ。推測するに、中巻と下巻のどっちかに強力な支援魔術も載っている可能性が高いと俺は見ている」
「ほうほう、それで?」
「禁呪書物に載ってるような支援魔術だ。水瀬の永続変異魔術を解除する除去魔術があってもおかしくはない」
「むぅ、確かに」
「それで次の情報なんだが、最近、鳴滝高校の変な噂を耳にしてな。あっ、鳴滝高校ってのは千葉にある魔法科がある高校なんだけど」
「それくらいは知ってるよ」
「まぁそうだよな。それでその鳴滝高校の噂ってのが、どうも上位ランクたちが魔術詠唱の練習をしてるってのなんだ」
魔術詠唱という単語を聞いて勢いよく立ち上がる水瀬を竜一が制止し、続ける。
「まだその魔術詠唱が禁呪書物のものとは決まったわけじゃない。禁呪書物に載っている魔術以外にも、少なからずまだ残っている魔術もあるしな」
「でも……」
「ああ。だが、上位ランク共がわざわざ現存する魔術詠唱を練習するとも思えないし、もしかしたらってレベルの話だ」
「直接行って確かめられないのか?」
「鳴滝高は同じ関東エリアのライバルだぜ? この時期に行ってもしバレたらスパイ扱いされて最悪魔導舞踏宴の出場停止を食らっちまうよ」
「それは、マズイよな……」
鳴滝高校の詠唱練習、十中八九禁呪書物のものだろう。だがしかし確証がなかった。
「だから、魔導舞踏宴で直接聞くのが一番確実だろう。それに、俺らの契約には代表メンバー入りして優勝なんてものもあるんだ。お互いベストを尽くしていけばその内わかるようになるさ!」
「竜一……」
(おっ。俺今いいこと言ったんじゃない? ほら、心なしか水瀬も俺の言葉に感動してるような)
「なんでオレまでそんな過酷なことしなきゃならんのだ! このやろ! このやろ!」
「えぇちょっと理不尽じゃないそれ!? 痛い痛い蹴らないで……あ、いや寧ろもっと、もっと蹴って!」
そんな汚いものを見るかのような目で見られると興奮しちゃうからやめてほしいな! などど一人興奮を覚える竜一をよそに、水瀬が質問を投げかける。
「ところで、そもそもなんでお前はこの禁呪書物持ってたの?」
確かに禁呪書物は一学生が持っていられるようなものでもない。その疑問は当然である。
「あぁ、それなんだけど、なんというか、うちの親父がこういう魔法書を集めるのが趣味でね。昨日親父からこの本をうちの理事長に渡して欲しいって頼まれたんだよ」
「ふーん。でも昨日ぶつかったとき、なんか変な黒スーツのやつらに追われてなかった?」
「あぁあいつらな。どうやら禁呪書物が狙いだったみたいだけど、どこでそれを知ったのかもわからないし、一体どこの誰かもわからないんだ。ただ、いきなり襲いかかってきたところを見るに、あんまり仲良く出来なそうなやつらってのはわかるかな」
禁呪書物はそれ一つで莫大な効果をもたらす。それこそ、水瀬みたいに生命の冒涜とすら受け取れるような魔術から、それ一つで街を簡単に吹き飛ばせるような大火力の魔術まで様々だ。
これを本当に善意で魔道士界の発展に使えるならさぞ貢献できようが、もし悪用でもされれば大変なことになる。
幸いにも学校や寮の敷地には魔法障壁が貼られているため、黒服共も簡単には手が出せないのだろう。
――それにしても、昨日竜一の父から禁呪書物を渡されたのに、今日理事長の所へ持って行かなかったことの対する連絡がなかったのは何故だろうか。通常、竜一の父から理事長の方へ翌日には届くハズと連絡が行ってるハズなのに……。
結果として、今日竜一が理事長に声をかけられていたら『なくしました!』としか報告できなかったので、これで助かった訳なのだが。
「っと、自分の世界に入っちまってた。すまんすまん水瀬って、あれ?」
見ると、いつの間にか水瀬はベッドの上で横になり、浅い寝息をたてていた。
「あぁ、俺がボケっと考えてる間に寝ちゃったか。まぁ水瀬も今日転校してきたばっかりだし、疲れてたんだろうな」
竜一は水瀬に掛け布団をかけてやり、夕食を取りに寮の食堂へと降りて行った。
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