第23話 贈り物の御礼は

「へぇ。ミカちゃんがお前のためにクッキーをねぇ……」

 クッキーの袋を顔の前に持ち上げて見つめながら、ローゼンは何処か嬉しそうに笑っていた。

 アレクは真面目な顔をして台帳のページをゆっくりと捲っている。

 彼の目の前に袋を置いて、ローゼンはアレクの顔を覗き込んだ。

「お前、ちゃんと御礼はしたのか?」

「御礼は言ったよ。当たり前じゃないか」

 やや憮然とした様子で答えるアレク。

 はぁ、と呆れた溜め息をついて、ローゼンは肩を竦めた。

「そんなんじゃなくてさ。ちゃんとした御礼だよ」

 カウンターに肘をついて寄りかかる格好になって、続ける。

「女の子からプレゼントを貰ったんだぞ? それに対する男の御礼っていったら決まってるじゃないか」

「……何だよ」

「キスをして抱き締めるんだよ!」

「!?」

 ぶふっ、とアレクが吹き出した。

 彼が見ていた台帳が、彼の手を離れてぽさりと床に落ちる。

 アレクは口を魚のようにぱくぱくさせて、目を見開いた顔をローゼンに向けた。

「……な、お前、何を……」

「女の子はそういうシチュエーションに弱い! ミカちゃんだってきっと喜ぶはずだぜ?」

 ローゼンは自分の肩を掻き抱く仕草をして、芝居がかった口調で言った。

「僕の口付けと抱擁で、お前を精一杯愛そう……」

「趣味の悪い物真似をするな。そもそも全然似てないからな」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、アレクは落とした台帳を拾った。

 台帳をカウンターの上に置き、袋を手に取って懐に入れる。

「僕はミカさんを汚すようなことはしたくない。彼女は大切なお客様なんだ」

「……ま、キスするしないはお前の裁量に任せるにしてもさ」

 ローゼンは真面目な顔に戻り、姿勢を正してアレクに向き直った。

「言葉だけの御礼じゃなくて、何か贈り物をするとか、お前の休日にデートに誘ってあげるとかさ。何か特別なお返しはしてやれよ。それが男としての務めってもんなんだからな」

「…………」

 アレクは目の前の床を遠い目をして見つめた。

 お前さんも旅館の従業員としてではなく一人の男として、考えて答えを出すんじゃよ。

 ルーブルに言われた言葉が脳裏に蘇る。

 ホテルマンとしてではなく、男として彼女に接する。

 それは、彼女を特別な存在として見ろということなのか?

 アレクは自らの胸に手を当てた。

 僕は……ミカさんを大切なお客様として見ている。それじゃ駄目なのか?

「アレク。お前は立派なホテルマンだよ。でもそれ以前に、お前も一人の男なんだよ。それを忘れちゃ駄目だ」

 ぽん、とアレクの肩に手を置いて、ローゼンは笑いかけた。

「さ。仕事の時間はおしまいだ。ゆっくり風呂にでも入って、俺が言った言葉の意味をよく考えてくれよ」

 しっしっ、と手を振って、アレクをカウンターから追い出す。

 アレクは複雑な表情をしたまま、フロントを離れて自分の部屋へと戻っていった。

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