第24話 少女は誘われる

 今日も多くの客人が訪れ、また旅立ち、ホテル・ミラージュは賑わっている。

 客人たちの応対をするアレクを、ミカはいつものように椅子に座って見つめていた。

 彼女にとっては、アレクが目に届く場所にいることが何よりの幸福なのだ。

 言葉を交わさなくても、時折彼から微笑みかけられるだけで、心が満たされた気分になる。

 人によっては、そんなに彼のことが気になるならもっと傍に寄れば良いじゃないかと言うことだろう。

 私も、彼女は少々遠慮しすぎだと思う。

 でも、彼女は決してアレクの仕事の邪魔になることはしない。それはちゃんと弁えているのだ。

 何と健気なことだろうね。

 表の掃除を終えたリルディアが、箒を片手にフロントに戻ってきた。

 椅子に大人しく座っているミカを見つけて、近付く。

「そんなところで小さくなってないで、もっと傍に行ったら?」

「……此処でいい」

 ミカはリルディアの方には振り向きもせず、小さな声で答えた。

「私が傍に行ったら、仕事の邪魔になるから……」

「アレクちゃんはそんなことなんて気にしないけどねぇ」

 カウンターのアレクを見るリルディア。

 アレクは客人の相手を終えて、台帳のチェックを始めたところだった。

「呼んできてあげようか?」

「……ううん、いい」

 ミカは頑なだ。

 リルディアはふぅと小さく溜め息をついた。

「少しは積極的にならないと、貴女の想いは伝わらないわよ?」

 普段から積極的に男に接近するリルディアにとって、ミカの控え目な態度には思うところがあるようだ。

 いいわ、と彼女は言った。

「いいわ、呼んできちゃう。こういうのは行動した者勝ちなのよ」

 箒をずるずると引き摺りながら、彼女はカウンターに近付いていく。

 と、その足が急に止まる。

 アレクがカウンターから出てきたのだ。

 彼はゆっくりとした足取りでミカの元に歩いてきた。

「ミカさん。ちょっと宜しいですか?」

「……?」

 怪訝そうに目を瞬かせるミカ。

 アレクはいつもの微笑み顔で、腰を折りミカのことを見下ろした。

「僕、明日は仕事がお休みなんです。そこで相談なのですが──」

 一呼吸置いて、続ける。

「明日、僕と一緒にお出かけして下さいませんか?」

「……え?」

 ミカは目を大きく見開いて、アレクの顔をじっと見つめた。

 思わず、問い返す。

「……お出かけ?」

「はい」

 アレクは頷いた。

「街に行こうと思っています。完全に僕の私用ですが……良かったらお散歩がてら、一緒に如何かなと思いまして」

「…………」

 ミカはこくりと小さく喉を鳴らした。

 二人きりでお出かけ。

 それって……ひょっとして、デートのお誘い?

「駄目でしょうか?」

「ううん、そんなことない」

 アレクの問いかけに、ミカは必死になって首をぶんぶんと左右に振った。

 背筋を伸ばして、身を乗り出すような格好になって、答える。

「絶対、行くから」

「ありがとうございます」

 断られたらどうしようかと思ってました、と言ってアレクは後頭部を掻いた。

「それでは……明日の朝、九時に。此処で待ち合わせをしましょう」

「う、うん」

「楽しみにしていますね」

 にこり、と笑って、アレクはカウンターへと戻っていった。

 二人の遣り取りを傍らで見ていたリルディアが、ぽんと手を鳴らして弾んだ声を出す。

「やったじゃない! デートよデート、良かったわねミカちゃん!」

「…………」

 リルディアの言葉は耳に入っていない様子で、ミカはぼんやりと前を見つめていた。

 どうやら彼女の頭の中は、明日のお出かけのことで既に一杯のようだね。

 さぞかし幸福な気分に浸っていることだろう。

 明日が実に楽しみだ。

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