第45話 王太子との面談


「東条さん、まさか王太子様にいきなり呼び出されるとは思いませんでしたね」

「俺は驚かないさ。ドローンによる爆撃や聖女の予言、それに白い毛の虎を貢物とした媚びも売っておいたからな。王太子と会うためのタネは撒いてきたんだ」


 東条たちはシノン城の複雑に入り組んだ道を案内人と共に歩いていく。城の内部が複雑なのは敵兵に侵入された際に時間を稼ぐためであるが、客人にとっては煩瑣な行為でしかなかった。


 石畳を叩く足音は東条たちのものだけである。案内人の男は足音一つ立てていない。格好こそただの下男だが、熟練の武者のように隙一つ無かった。


「ジャンヌに一つ忠告しておく」


 東条はジャンヌにだけ聞こえるよう、声を潜める。案内人に知られたくない東条の意図を悟ったジャンヌも、同じように声を潜めた。


「なんですか?」

「もし何かあれば俺の背後に隠れろ。良いな?」

「ここは王太子のおられるシノン城ですよ」

「敵は絞らない方が良い。全てが敵だと思え。もちろん王太子もだ」

「王太子が私の命を狙うとでも?」

「分からないが可能性は何にでもあるものだ。注意をしておくに超したことはない」


 もし歴史が正しいものではなく、異なる歴史として進んでいた場合に、ジャンヌが殺されてしまう可能性はゼロではない。特に王太子は最後にジャンヌを見捨てた男なのだ。油断はできない。


「分かりました。あなたの言葉に従います」


 東条の心配は間違っていなかった。もしジャンヌが王を間違えた場合、神の名を語る悪魔憑きとして抹殺しろと、王太子は案内人の男に命じていた。フランスを呪っていた悪魔を誅したことにより勝利の風が吹き込むであろうと、宗教顧問に宣言させて兵たちの指揮を上げ、ドローンと爆弾の新兵器を接収するつもりであった。


 ジャンヌが聖女であろうとなかろうと戦争が有利になる。王太子にしてみればどちらでも良かったのだ。


「ここが謁見の間です」


 案内人の男が扉の前で足を止めた。扉の向こう側から大勢の人の熱を感じる。東条たちは扉を開いた。


 中には鎧姿の騎士たちで溢れていた。ドンレミ村でジャンヌたちを襲った盗賊たちの鎧と違い、太陽の光が反射する程に磨かれている。戦争の道具というより芸術品と呼んだ方が相応しいように思える。気品に溢れた顔からは、自分の能力に対する自信の高さが伺える。中には葡萄酒の飲み過ぎで顔が紅い者もいるが、それでも盗賊のような野卑た人間性は感じられなかった。


「私が王太子である」


 羽織と王冠で身を飾った給仕の男が宣言した。格好のためか中々堂に入った振る舞いである。ジャンヌは玉座へと近づこうとするが、それを東条が肩を叩いて止めた。


「あいつは王太子じゃない。偽物だ」


 東条はジャンヌの耳元で囁く。騎士たちはそのことに気づいていない。


「自然な振る舞いを保てよ。何を聞いても反応せず、声も出すな」

「…………」

「もし玉座に座るあの男が王太子なら、どうして護衛の騎士がいない。もし謁見する俺たちが下手人であれば、命を奪うことは容易いにも関わらずだ」


 玉座の周囲に騎士の姿はない。自分より身分の低い給仕の男を守る騎士はいないので当然のことである。


「騎士共の顔を見ろ。表情に張り付いた笑いに嘲りの色が混じっている。何が可笑しいか考えてみるんだ。答えはただ一つ。聖女を語る女の化けの皮が剥がれる瞬間を心待ちにしているんだ」

「…………」


 東条の言葉を聞くまでは、騎士たちがただ談笑しているだけだと思っていたジャンヌも、彼らの口元が孤月を描いている様を見て悪意を感じ取ることができた。


「主君を守らない騎士はいない。なら王太子はどこにいるか。簡単だ。この部屋で最も腕が立つ騎士の傍に決まっている」


 ジャンヌは部屋にいる騎士達を見渡す。彼女の眼には全ての騎士が強靭に見えたが一人だけ特に力強い雰囲気を放っている者がいることに気づいた。


 部屋の端でジャンヌを睨み付ける男がいた。鷹のような鋭い双眸と体を覆う青い鎧からは、獰猛な獣のような殺気が感じられる。綺麗に整えられた顎髭が彫りの深い顔に良く似合っていた。


 その騎士の背後には内着だけを身に纏った若い男がいる。王太子に間違いないと、ジャンヌの勘が告げていた。


「あの人が」


 ジャンヌは内着姿の男へと近づく。青い鎧を身に纏う騎士が、壁になるように立ち塞がった。


「ジル卿、道を開けても良い」


 ジルは王の命令ならばと仕方なく道を譲る。王太子はジャンヌへと近づいた。


「私に何か用かな?」

「あなたが王太子様ですね」


 謁見室にいる騎士達の間にどよめきが広がった。顔から嘲りの笑いが消えて、驚愕に染まっていた。王太子は口を大きく開けて哄笑した。王族らしい豪快な笑い声が謁見室に広がった。


「私が王太子だと当ててみせるとは、本物の聖女なのだな」

「フランスを勝利に導くため、私はあなたに力をお貸しします。その代わり、あなたの持つ兵を私にお与えください」


 ジャンヌは王太子の前に跪いて首を垂れる。王太子は聖女が自分の軍門に下ったことを喜びつつも、彼女の希望に答え、「兵を与える」と宣言した。


 王太子は満面の笑みを浮かべている。だが彼はジャンヌが首を垂れているせいで、彼女の浮かべている表情に気づけなかった。ジャンヌの表情は忠義を尽くす聖女の顔ではなく、邪魔者を排除しようとする狂信者の顔になっていた。

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