第42話 顔のない死体
クライスに案内され、ラオンの死体がある場所へと東条たちは向かう。案内されたのは、街の外れにある小さな通りの路地だった。路地には死体が見つかったことによる野次馬で、入りきらないほどの人が溢れていた。
「ここの路地だ。見てみろ、あれ、あんたの弟だろ」
「ああ……」
東条も殺された死体を見ると、以前ラオンが着ていた派手派手しい朱色の服で着飾っていた。背格好から考えるにおそらく死体はラオンだが、東条はまだ確信に至っていない。なぜなら死体は顔が焼かれていたからだ。
「酷いもんだろ。よっぽど憎かったのか、顔を丁寧に焼かれている。だからこの死体を使って家族を探すこともできないから、あんたたちを連れてくるまでに時間が掛かったんだ」
「あんたはどうして分かったんだ?」
「生きている時に顔を見たことがあったのと、死んだ人間にこういうことを云うのはなんだが、あんたの弟に、昔酷い目に合わされたって男がいてな。そいつから素性を聞いたのさ」
「その男は?」
「どこかへ行ったよ。終始大声でゲラゲラ笑っていたぜ。余程嬉しかったんだろうな」
その話を聞いた東条たちは、何も言えずに、ただ黙って話を聞いた。弟でもあり、仇でもあるラオンが殺された。レオンは怒りとも悲しみとも云えない無表情で、死体を見下ろしていた。
「殺したのはその男なのか?」
「俺の予想では違う」
「なら誰が犯人なんだ……」
「神の天罰なんじゃないかと、俺は思っている」
「天罰?」
「これを見てくれ」
ラオンの死体の傍には血文字で『神の天罰が下された』と描かれていた。バスクの街と奴隷商人の事件で描かれていたモノとまったく同じ文章だった。
「この血文字があるから天罰なのか?」
「それもあるが、犯行が人間には不可能なんだ」
「どういうことだ?」
「俺はこの路地を出た通りの店を経営している。朝の店開きの準備をしている時に、たまたまこの死体を見つけたんだ」
「ならラオンが殺されたのは、昨日の夜か……」
「いや、それはありえねえんだ。俺は今朝、生きているところを見たからな」
「どういうことだ?」
「俺が店開きの準備をしていると、突然、今日は天気が良いなと話しかけてきやがったんだ。怪しいな奴が来たと、俺は一旦店の中へと戻り、少ししてから店の外へと出たんだ。すると殺されていたんだ」
「少しの時間とは具体的にどれくらいだ?」
「商品を一階から二階へ運ぶだけのほんの僅かな時間だ」
東条はラオンから目を離していたのは数分の出来事だったと理解する。
「それはおかしくないか? 生きていた人間を殺して顔を焼いて路地に捨てる作業を、そんな短い時間にこなせると思えない」
「だから言ったんだ。人間には不可能だってな」
クライスは神の仕業だと確信した表情で、祈りを捧げる。だが現代科学を信仰する東条はすんなり神だと認められるほど、純粋な人間ではない。
「短時間で殺して顔を焼くのは無理かもしれない。だが事前に死体を用意しておけばどうだ?」
「事前に死体?」
「そうだ。顔を焼いた死体にラオンと同じ服を着せて、路地に捨てるんだ。それなら短時間でも犯行は可能だ」
「なるほどな。そうすると路地にある死体は誰の死体だ?」
「死体なら簡単に手に入るだろ。戦争をしているんだから」
「そうか。死体を拾って顔を焼けば、代わりの死体はいくらでも用意できる。あんた、見かけによらず頭良いな」
「見かけによらずは余計だ」
東条の話に納得したのか、怯えていたクライスは祈りを止めて、ふぅと息を吐く。
「待ってください。東条さん。この人が代わりの死体だとすると、いくつか疑問が残ります」
神の裁きから人の仕業とだ話が逸れようとしていたとき、ジャンヌが疑問を呈した。
「疑問?」
「はい。第一になぜ代わりの死体をここに捨てたのですか?」
「それは……」
ジャンヌの疑問はもっともだ。代わりの死体を用意する理由があるとすれば、ラオンが死んだことにしたいということだが、その理由が東条には思いつかない。
「それに第二の疑問ですが、死体が偽装だったとしても、ラオンさんが生きていればすぐに偽物だと判明します。意味のない行為です」
ジャンヌの言う通り、ラオンが生きているのであれば、路地に捨てられていたのが、すぐに偽の死体だと判明するし、もしラオンが死んでいるのだとすれば、わざわざ路地にダミーの死体を捨てる理由がない。ラオンを殺してそのまま路地に捨てればいいだけなのだから。
「ラオン自身が偽の死体を捨てたならどうだ?」
「それはありません。弟は私から金を受け取るはずだったんです。もし自分を死んだものとして偽装するのなら、その金は受け取れなくなりますから」
「そうだよなぁ」
ラオンが借金を返せなくなり逃げた可能性も、レオンからの金の支払いがあれば解決する以上、自分を死体として偽装する理由はない。
「やはりこの死体は本人のものなのでは……」
「そうだな。死体はラオン本人だと仮定して、犯行時間を短縮する別の方法を用意したと考えた方が、思考がまとまるかもしれないな」
「いえ、それよりも神の天罰が下ったと考えた方が自然です」
「う~ん」
東条にはやはり神の仕業とは思えなかった。だがトリックが分からない以上、何も言えない。
「東条さん、考えても仕方ありませんよ。少なくともここにいる人間が犯人でないことは間違いないのですから」
「俺たちには全員アリバイがあるからな」
東条とジャンヌとイリス、そしてレオンは今朝の死体が発見された時間に、爆弾の受け渡しをしていたというアリバイがある。
もし何かの方法で短時間にラオンの顔を焼き殺す方法があったとしても、東条たちの誰かが犯人なら工房からラオンの死体のあった路地まで行かなくてはならない。だがそれには距離が遠すぎて、朝までに犯行を終わらせることは不可能だった。
「そうだな。アリバイがあるもんな。もしなければ、兄のレオンを疑っていたかもしれない」
「……私は弟を恨んでいましたからね」
「だがアリバイがあるんだ。何も気にする必要はない」
それから数日経過してもラオンは姿を現さなかった。やはり死体はラオンだったのだと皆が納得し、シノンの街の人々の記憶からも消え去った。犯人はまだ見つかっていない。神の仕業か人の仕業か。それすらも分からないまま、事件は迷宮入りを遂げた。
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