第40話 天空からの攻撃
シノンの街の方角から近づいてくる影があった。その正体はこの時代のフランス人では誰も知らない空飛ぶドローンだった。
ドローンの手には大きな風呂敷のようなものが握られている。ドローンの複雑な操縦には技術がいるが、ただ風呂敷の中身を特定の場所でばら撒くだけなら、初心者でも十分に指示できる。
「そろそろか……」
ドローンがイングランド兵の籠る砦に近づくと、イングランド兵・フランス兵、どちらの兵も何事かと空を見上げた。プロペラ音を響かせるドローンを変わった鳥だと興味深げに見上げるが、すぐに戦場へと意識を戻した。所詮は珍しいだけの鳥。戦場にいる自分たちとは関係がないと意識から遠ざけた。
だがドローンが砦の上空まで移動し、風呂敷を広げたとき、兵士たちは再び空飛ぶ機械の鳥に意識を戻す。
風呂敷の中には大量の爆弾が詰められていた。爆弾は東条が鍛冶屋に命じて生産させたもので、現代の爆弾ほどの威力はないが、それでも人を殺せるだけの威力はある。上空から降り注いだ爆弾は、落下の衝撃で爆発を起こし、砦を火の海に変えていく。
今まで大砲や弓で必死に攻撃していた砦の堡塁が爆発で砕け散る。巻き込んで多くのイングランド兵を吹き飛ばした。
空から降ってくる爆弾が当たらないように必死に祈りを捧げるイングランド兵。彼らはただ祈りを捧げることしかできなかった。
「戦いは終わったな」
爆弾を落とし終えたドローンは、シノンへと帰って行く。爆弾の投下という危機は去った。だが砦に近づいてくるフランス兵を迎撃するための堡塁を壊され、防御もままならなくなったイングランド軍は、戦いを続行するやる気を失っていた。
砦の指揮官が、フランスに降伏したい旨を宣言する。戦場はフランス軍の喜びの喝采で包まれていた。負け続けのフランスにとって、久しぶりに味わう勝利の味だった。
「イリス、ジャンヌたちの元へと帰ろう……」
東条は戦争に無事勝利したことを喜びながら、帰り支度をしていた。
「あれは人か……」
戦場を見渡せる丘は、東条がいる場所ともう一つ存在した。そちらの丘に数百人程の人が集まっていた。
イングランド軍の増援だろうかと思い観察していると、人の群れの正体がイングランドの兵士ではないことに気づいた。彼らの鎧には二つの頭を持つ怪鳥が描かれていたからだ。
「神聖ローマ帝国の奴らか」
神聖ローマ帝国は現在のドイツに位置する国で、ローマ皇帝を君主とした独裁国家である。国力はフランスやイングランドと比較すると、少し落ちるが、それでも大国であることに変わりなく、フランスの国土を狙っていたとしてもおかしくはなかった。
「なんだ、あいつ……」
神聖ローマ帝国の兵士たちは金髪青眼の美丈夫ばかりだが、そんな彼らに囲まれるように、黒い外套で身を包んだ、男か女かさえ分からない者がいた。
その黒い外套を着た者を、周囲の美丈夫たちが守るような配置を取っている。まるで盾のような配置である。自分の命を捨ててでも、黒い外套を着た者を守るという意志が伝わってきた。
「イングランドを助けに入って恩を売ろうかと思いましたが、どうやら間に合わなかったようですね」
「フランスが思った以上に手強かったようです」
東条の強化された聴覚は神聖ローマ帝国の兵士たちの会話を拾う。黒い外套を着た者は思った以上に声が高く、外套の中身は女性か子供なのではないかと、東条は思い始めていた。
「今回のイングランド軍の敗因は二つ。まず途中で殺された三人の手練れでしょう。あの者たちが殺されていなければ、イングランド軍は勝利していたことでしょうね」
「もう一つは?」
「当然、最後の爆発による攻撃です。恐ろしいアイデアです。もしあんなことを考えられる者がフランス軍にいるのだとすると、安易にイングランドに付くのは間違いかもしれませんね」
「はい。私も同感です。もしその者が国の重鎮ではなく、傭兵のような外部の者であれば、私たちの国で雇いたいくらいです」
「おそらくは後者ですね。前者であるならば、今までフランス軍が負け続けていた理由がありませんから」
的確な読みだった。正体はまだ不明だが、もし闘うようなことがあれば苦戦しそうだという印象を東条は受けた。
「今回手ぶらで帰ることになっちゃいましたね」
年若い美丈夫が残念そうな声をあげる。他の男たちも少しだけ気落ちしていた。
「いえ、今回我々が得た情報は、イングランド軍を助けたことにより得られるはずだった恩よりも遙かに大きいです」
「そうなのですか?」
「はい。例えば機械仕掛けの鳥による上空からの攻撃です。もし同じ物を我々も開発することができれば戦略がグンと広がります。例えばそうですね……鉄で作った荷馬車と機械仕掛けの鳥が相互に連絡を取れるような手段があれば……空中から蹂躙した大地を地上の戦力で楽々と制圧できるようになります」
「面白いアイデアですね」
「やはりそう思いますか。早速帰ったら検討してみましょう。この戦術、名前がないのも言いづらいので、電撃戦とでも名付けましょうか。これを神聖ローマ帝国で実現できれば、世界最強の軍隊は我々となるでしょう」
不吉な言葉を残し、神聖ローマ帝国の兵士たちは撤退していく。これが将来大きな障害になるかもしれないという不安を抱えながら、東条たちはシノンの街へと戻った。
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