第38話 戦争の始まり
二日経過し、とうとう戦いの日が訪れた。日は天まで登り、雲一つない快晴だ。ジャンヌやイリスと共に空を見上げながら、これから始まる戦いに思いを巡らせる。
「東条さん、早速戦場へと向かわれますか?」
「いや、俺たちは途中参加する?」
「ですがそれでは手柄を持っていかれてしまうのでは?」
「大丈夫さ。この戦いはイングランド軍が優勢に進む。フランス軍の圧勝なんてことはない。それに苦戦しているときに助けに入った方がポイント高いだろ」
「そういうものですか……」
「昼までの予定だが、戦いの前に準備をすることがある」
「工房へ行くんですね」
「ああ」
東条は爆弾をレオンの工房で受け取る手筈になっていた。宿から工房へ行くとすでに爆弾は店先に並んでいた。
「東条さん、準備できましたよ」
「ありがとう。時間通りだな」
「なにせ一睡もしないで頑張りましたから」
「ありがたいな」
「で、東条さんはこの爆弾をどうするんです?」
「俺が用意したアイテムと組み合わせる」
東条は戦までの二日間で、現実世界にある物を買いに行っていた。それを現実世界から運び出し、爆弾の隣に並べる。
「この鉄の塊はいったい……」
「ドローンだ。ジャンヌたちにも分かるように説明するなら機械仕掛けの鳥だとでも思ってくれ」
「はぁ」
「初心者でも扱える輸送用の大型モデルで、何と二百キロまで物資を運べるんだ。俺も試しに動かしてみたが、半時間もあれば、自由に動かせるようになった」
「そうなのですか……」
「物だけだとイメージできないだろうから、使っているところを見せてやる」
東条はドローンの電源を起動し、コントローラに映し出された映像を元に操作する。プロペラが回転し、機体が空を駆ける。
「空を飛んでいる……」
「凄いだろ。このドローンの操縦をジャンヌにお願いしたい」
「わ、私にですか……」
「信頼しているジャンヌにしか頼めない仕事だ」
「わ、分かりました」
東条はジャンヌに指示を与える。爆弾とドローンを使い、どう戦争で成果を残すのかを説明する。
「そんなことが可能なんですか?」
「可能だ」
「東条さん、私は歴史が変わる瞬間に立ち会っている気分です」
「俺もだよ。あとは頼んだぞ。俺は俺でやることがあるからな」
「何をされるんですか?」
「武器商人だけではなく、傭兵としても成果を残そうと思ってな」
東条は武器商人としてだけでなく、傭兵としても名を轟かせようと考えていた。強者であれば人は敬意を払う。今後のビジネスを円滑に進めるだめにも、個人の武力を証明することに意味はあると考えていた。
「わ、私も連れて行ってください」
「イリスをか……」
東条はイリスを戦場へ連れて行くべきかを逡巡する。戦場には危険が多い。イングランド兵に襲われる可能性もある。だが東条はイリスをジャンヌの護衛として育てたいと考えており、そのために戦場を経験させるのは悪くないとも思っていた。
「実際に戦いを経験させるのはまだ先になるだろうが、戦場の雰囲気に触れるのは悪いことではないか……絶対に俺から離れるなよ」
「はいっ!」
東条はジャンヌたちに仕事を任せ、イリスと共に戦場へと向かう。戦場ではビエンヌ川を挟んでイングランド軍とフランス軍が睨みあっていた。
本隊はまだ戦っていないようだが、分隊は既に戦闘が始まっており、惨状が広がっていた。積み上げられたフランス兵とイングランド兵の死体は数え切れない程に多く、血の匂いと悲鳴が戦場を包み込んでいる。
「旦那様、フランスは優勢なのでしょうか?」
「ボロボロだな」
「フランス側は人数も多いですし、城もあるのにですか?」
「イングランド側も廃城を砦として使っているし、守り手側だからな」
今回の戦いはシノンの周辺に展開したイングランド軍をフランス軍が追い払うという構図の戦いである。
そもそも追い払うために兵を送るのが愚策なのだ。なにせこの時代の戦争は砦を守る方が圧倒的に有利だと云われていた。この時代の常識だと、五倍の戦力差がなければ砦攻略は成功しないと云われていたからだ。
この五倍の戦力差が生まれる理由は、この時代に戦術が存在しても、戦略が存在しないことが要因の一つとして挙げられる。軍隊の運営は適当で、兵隊を必要なところに割り当てたら、後は好き勝手に攻撃を始めるのだ。
戦略が存在しない理由の一つに、軍を束ねる将校が貴族の出自が多く、ごく少数を除き、戦争を知らないのだ。あくまで競技のようなもの。自分が捕まりさえしなければ、経済的な損失はあるものの、負けても死ぬのは傭兵だけだと、気楽に戦争をしているのだ。
フランス軍の指揮を執っている男、エニス伯爵もまた戦争を知らない男だった。イングランドに捕まったシノンの領主の代わりに軍隊を率いているが、軍事指揮能力は決して高いとはいえなかった。
それでも士気が高ければ、もう少しマシな戦いが繰り広げられていたかもしれない。だがフランス軍は連敗続きで、士気が上がるわけもなかった。
つまりこの惨状は、やる気のない兵士が無能な指揮官に率いられ、無茶な戦いを強いられた結果が産んだのだ。
「ここから巻き返せるでしょうか」
「俺の助けがあればな」
東条は周囲を見渡し、戦場を俯瞰できるような丘がないかを探す。彼は傭兵として戦うが、それは剣を使っての斬りあいではない。彼は狩りをするつもりだった。
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