第37話 新兵器の開発
「だ、誰が、こんなことをっ!」
剣で串刺しにされた妻を抱きかかえながら、レオンが叫ぶ。溢れ出る血で彼の手は真っ赤に染まり、悲しみで瞳から涙があふれていた。
「許さない! 絶対に許さない!」
レオンの表情は憎しみで歪み、今にでも誰かに襲い掛かりそうだった。
「犯人は顔見知りだろうな」
「な、なぜ分かるんです!」
「服に争った形跡がないし、それに何より剣は正面から刺されている。もし盗賊に襲われたなら、後ろから刺されるはずだ」
「顔見知り。まさか――」
「やぁ、兄貴じゃないか」
レオンの弟であるラオンが口元に笑みを浮かべながら姿を現す。彼の手には鞘だけが握られていた。
「ラオン、お前まさか……」
「まさか俺が殺したと疑っているのか?」
「それは……」
「馬鹿だろ、兄貴。俺が殺したに決まっているだろ」
ラオンは兄であるレオンを蹴り飛ばすと、死体に刺さっていた剣を引き抜いて、自分の鞘に直した。
「ど、どうして殺したんだ?」
「兄貴が俺のために金を用意できないのは、嫁と娘がいるからだ。だから家族が俺一人になれば、兄貴は俺のために工房を売るはずだ」
「金なんかのために、お前は……」
「金がないと俺は生きていけないんだよ。だから頼むぜ、兄貴。俺に娘まで殺させないでくれ」
娘という単語にレオンはピクリと反応する。彼の娘は母親と共に行動していた。その娘がどこにいったのか。その答えはラオンだけが知っていた。
「娘は俺が預かっている。金を用意すれば返してやるが、もし用意できない時はどうなるか分かるよな?」
「うぅ……うぅっ……」
「おいおい、泣くなよ。あと俺に復讐するのは止めた方が良いぞ。娘の居所が分からなくなるし、弟殺しの鍛冶屋に仕事を頼む奴はいないから廃業することになるぞ」
「…………」
「じゃあな、兄貴。金が用意出来たら呼んでくれ」
ラオンはそう言い残して、この場を後にした。泣き崩れるレオンは恨みを込めた視線を弟へと向けていた。
「金はあるのか?」
「ありませんよ。工房を売るしかありません」
「父親の形見の剣を売るのはどうだ?」
「売れば大金になるでしょうが、弟の要求している金額には達していません。なにせ弟の要求は店を売った金額の半値ですからね。この辺りは地価も高いですし、店の代わりに現金を用意することはできませんよ」
レオンはあきらめたようにため息を吐く。絶望が彼の顔を真っ青にしていた。
「金なら俺が用意してやろうか?」
「え?」
「だから金は俺が用意してやる」
「本気で言っているんですか?」
「ああ。その代わり、お前の腕で作ってほしいモノがある」
東条は現代日本から持ち込んだ爆弾の設計図を手渡す。
「なんですか、これ?」
「火薬を爆発させて敵を攻撃する武器の設計図だ。作れるか?」
「大砲を作っているからこそ分かるのですが、作るには手に入らないモノがあります」
「何が必要だ?」
「大砲の火薬を作るために必要な材料です。木炭と硫黄は手に入っても、硝石が手に入りません」
この時代、火薬の原料になる硝石は、一部の有力者だけが保有する貴重品であった。ただの平民が気軽に手に入れることができるものではない。
「硝石は俺が用意してやる」
硝石は中世フランスなら貴重品だが、現代なら一キロ五千円もせずに手に入る。用意することは容易だった。
「人も好きなだけ雇っていい。その代わり次の戦いまでに量産体制を確立しろ」
「次の戦争ということは二日後ですね?」
「もう決まっているのか?」
「はい。ビエンヌ川に展開しているイングランド軍を追い払うと聞いています」
「俺の力をアピールする絶好の機会だ」
東条は巡ってきた好機に喉を鳴らして笑う。そんな彼の様子をレオンは不安げに見つめる。
「東条さん、あなたはいったい何をしようとしているのですか?」
「新兵器の開発さ。完成すれば、戦争を支配することもできる」
「それほどに凄いものなのですか……」
レオンは興味深げに設計図を見ながら、意を決した表情を浮かべる。
「私には金が必要です。引き受けさせていただきます」
「頼んだぞ」
レオンは仕事の受注に合意し、東条と握手を交わす。彼の眼には娘を救い、工房を守る。そんな強い意志が籠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます