第29話 閉じ込められた奴隷と密室


「美味かった。ご馳走さま」


 食後のデザートを含む食事をすべて平らげた東条は、銀のフォークとスプーンをテーブルの上に置いた。


「喜んでもらえて何よりです」


 エドガーも食事を食べ終えたようで、ナフキンで口元を拭いていた。品を感じさせる仕草だった。


「そういえば一人分余っているがこれは誰の分なんだ?」

「私の兄が遅れてやって来る約束になっているのです」

「てっきり俺は奴隷たちのために用意したとばかり思っていた」

「そんな馬鹿な。奴隷たちにはこれで十分です」


 エドガーはパンを掴むと、三人の檻の隙間から捻じ込んだ。


「こいつらの今日の餌です」

「もう少し美味しいモノをやっても……」

「駄目です。こいつら奴隷は甘やかすと、すぐに調子に乗ります。徹底的に自尊心を砕く。それこそが従順な奴隷を作り出す近道ですから」


 その言葉を聞いて、三人の奴隷は反抗的な目をエドガーへと向ける。どれだけ従順になっても人は人なのだ。心が消えてなくならない以上、誇りは傷つく。


「なんですか、その反抗的な目は。これは躾が必要ですね」


 エドガーはイリスの檻の鍵を開けると、ムチを手に取り、中へと入る。東条も止めるために、続いて檻の中へと入った。


「おい、ちょっと待てよ。俺が購入するかどうかを決めるまでは殴らない約束だろ」

「そうでしたね……私としたことが……」


 エドガーは落ち着きを取り戻すために深呼吸する。息をする音だけが室内に響く。そんな静かな時に事は起きた。


「うぅ……ううっ……」


 人のうめき声が部屋中に響き渡る。東条とエドガーの二人が檻から出ると、知恵者の奴隷ルイーズが、檻の中で唸り声を漏らしていた。


「な、なんだ、これは……」


 エドガーは尻餅をついて、懐から鍵を床に散らばらせる。その内の一つ、ルイーズの鍵を東条が拾うと、檻の中に入り、生死を確認した。


「死んでいる。凶器は腕と腕を繋いでいた手錠だな。これで自分の首を絞めたんだ」

「確かに死んでいますね」


 エドガーも奴隷が本当に死んでいるかを確認する。首がしっかりと手錠で絞められており、息もしていない。途中で生き返ることもないだろう。


「自殺でしょうか?」

「結論を出すのはまだ早い。もしかすると他殺――」


 東条が言葉を言い終える前に、今度は隣の元傭兵クラフトの檻の中からうめき声が響いた。クラフトは檻の中で自分の口元を抑えながら、膨大な血を吐いている。


「し、死にたくない、まだ俺は、死にたくない……」


 クラフトが檻の中で倒れこんだ。口からは血があふれ出し、檻の中を血の水たまりで一杯にしていく。


「クラフトさん!」


 ジャンヌがエドガーの落とした鍵を拾い、クラフトの檻の中へと入る。彼女は彼の胸元に耳を当てるが、彼女は首を横に振って、救えなかったことを伝えた。


「いったい何が起きたのですか!」


 エドガーは叫ぶが、明確な答えを持つ者は誰もいない。


「まずは状況を整理しよう。檻の鍵はいくつある?」

「ここにあるだけです」

「合鍵もないんだろうな?」

「間違いなく」

「なら檻の中に入って奴隷たちを殺害するための細工をすることは不可能だな」


 檻の中に奴隷が首を吊る罠と舌を噛む罠が事前に仕掛けられていたという説はなくなったことになる。


「いや、エドガー、あんたが犯人の場合はあり得るか」

「馬鹿馬鹿しい。なぜ私が自分の商品を自分で殺すのですか。メリットがないではないですか」

「だよな」


 そう考えると、エドガーが損をすることで得をする第三者の犯行ということになるが、その第三者はどうやって檻の中にいる奴隷を殺したのが分からない。


「いや、他殺とは限らないのか。自殺の可能性もある」


 もし二人が自殺なら檻の中に入る必要がなくなる。なぜなら彼らは既に檻の中に閉じ込められているのだから。


「東条さん、本当に彼らは自殺したのでしょうか?」


 ジャンヌが悲痛な表情を浮かべながら、彼らに視線を巡らせる。


「もし自殺だとすれば、最後に死にたくないと言葉を残すでしょうか。それならばむしろ薬物などで自分の意志とは関係なく自殺させられたという意見の方が筋は通る気がします」

「私も聖女様の意見に賛成です。それに彼らには自殺できない理由があるのです。自殺するとは考えられない」

「つまり檻の中にいる彼らを、誰かが何かしらの手段で殺害したと考えを進めた方が良い訳だ」


 東条は思考を巡らせ、何かトリックがないかを考える。だが一つしかない鍵を使わないで檻の中にいる人間を殺す方法など思いつかなかった。


「はははっ、二人共、分かりましたよ」

「なにがだ?」

「この屋敷には私を除くと、二人の死体と檻に入れられた奴隷、そしてあなた方部外者二人が存在しているだけだ。檻の中の奴隷は閉じ込められている限り何もできないことを考えれば、容疑者はあなたがたのどちらかに絞られるんですよ」


 エドガーは幽鬼のような表情で腰に差していた剣を抜く。東条は懐から拳銃を取り出すべきかどうかを悩むが、ここで貴族の血を引くエドガーを殺せば、面倒なことになるかもしれない。一旦様子を伺うことにした。


「俺たちをどうする気だ」

「私の兄が来るまでの間、部屋に閉じ込めさせていただきます」

「危害を加えないのならいいだろう。閉じ込められてやる」

「理解が早くて助かります」


 東条とジャンヌはエドガーに案内され、客室の一つに通される。その客室には窓もない上に、鍵は唯一エドガーが持つものだけ。完全な密室であった。


「可能な限り早く迎えに来てくれ」

「今晩中には必ず」


 エドガーは客室の扉を閉じて鍵をかける。ガチャリという音が鳴った。


「閉じ込められてしまいましたね」

「あの状況だ。疑われるのも無理はないさ」


 東条とジャンヌは静寂に包まれた部屋で、ただ時間が過ぎるのを待った。そんな時である。部屋の外からエドガーの叫び声が聞こえてきた。


「まさかエドガーも殺されたのか!」


 東条は部屋の扉を蹴破ろうとするが、扉はビクともしなかった。窓がないことからも想像はしていたが、この客室は人を軟禁するために作られた部屋らしく、扉も頑丈に作られていた。


「東条さん、足音が……」


 東条たちのいる客室へ向かってくる足音がかすかに聞こえてくる。足音は客室の前で止まり、鍵を開けた。扉がゆっくりと開き、鍵を開けた人物が明らかになる。その人物は東条たちの知らない男だった。

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