第21話 領主の館と密室
領主が殺されていると報告した男に従い、東条たちは領主の館へと向かう。領主の館はさほど遠い位置にあるわけではない。いつでも街の様子を監視できるよう、街の中心地から歩いてすぐのところにあった。
石造りの一際大きな領主の館は、豪華な門構えをしていた。門から覗かせる広大な庭は、手入れされた緑と中央にある瀟洒な噴水が置かれ、領主が領民から搾り取った税金が如何に多いかを教えてくれた。
東条はジャンヌや長老と共に館の中に入る。男に案内されずとも、東条は領主の居場所がすぐにわかった。一つだけ明かりの灯っている部屋があったのだ。目的の部屋の前へたどり着いた東条が室内の様子を伺うと、領主が血を流しながらカーペットの上に倒れこんでいるのを見つけた。
「死んでいるな」
溢れ出る血の量と、領主の背中に刻まれた刀傷から、東条は悟った。
「誰かに殺されたのでしょうか?」
「自殺するために自分の背中を斬るはずがないからな」
もし剣で自分を刺すなら、お腹か首か、少なくとも背中ではない。
「東条さん、あちらを見てください」
ジャンヌが指さす方向に、グリフを除く領主の二人の息子の死体が転がっていた。どちらも領主と同じように背中を斬られている。
「三人で殺し合いをしたのでしょうか?」
「いや、それはないな。もし三人が殺し合いをしたなら凶器が傍にないとおかしい」
「なるほど」
部屋中を見渡しても剣は転がっていない。つまり第三者が領主とグリフ以外の息子二人を殺して、部屋を後にしたのだ。
「グリフはどこにいったんだ……」
「もしかすると殺されてしまったのでは……」
ジャンヌが心配そうな表情を浮かべて、周囲をキョロキョロと探す。だがどれだけ探しても彼の姿はない。
「私、探しに行ってきます」
「ま、待て」
東条が止めるのが遅く、ジャンヌは廊下へと飛び出した。彼はグリフが殺されたかもしれないという心配より、グリフが領主と兄たちを殺した犯人で、まだ屋敷の中に潜んでいる可能性を心配していた。
ジャンヌを追いかけ、東条も廊下に飛び出す。ジャンヌの足は思った以上に速く、東条は彼女を見失ってしまった。
「どこに行ったんだ……」
「東条さん!」
東条がジャンヌを求めて屋敷を彷徨っていると、ジャンヌが屋敷全体に響くような声で東条を呼んだ。その声がする方向へ東条は向かう。
「ジャンヌ、そこにいたのか……」
「そんなことよりも東条さん。きっとここにグリフさんがいるはずです」
「なぜそう言い切れるんだ」
「見てください、この部屋の扉を」
ジャンヌは扉に描かれた模様を指差す。その模様は良く見ると、文章になっており、『神の天罰が下された』と血文字で描かれていた。
「扉を開けてみましょう、東条さん」
「そうだな」
ジャンヌが扉の取っ手を手に取り、左右に回すが、扉は開く気配がない。
「カギが掛かっているようですね」
「聖女様、何かお困りですかな?」
長老がジャンヌの声を聞いて駆けつけてくる。扉の血文字を見て、驚愕の表情を浮かべていた。
「この扉に鍵が掛かっているのです。開ける方法はありませんか?」
「その扉は部屋の中からしか鍵が掛けられません。外からは決して開けられないのです」
「つまり中に人がいるのは確実なわけだ」
東条はそれだけ分かれば十分だと、扉の前で助走のための距離を取る。そのまま助走の勢いと、前蹴りの衝撃で、扉を蹴破った。
部屋の中には領主の最後の息子であるグリフの死体が転がっていた。同じように背中に刀傷が刻まれている。
「東条さん、傍に落ちている剣は……」
「凶器だろうな」
グリフの傍には一本の長剣と、一本の短剣が転がっていた。どちらも血がべっとりと付いていた。
「長剣はグリフが所有していた剣だな」
「昨日見たものと同じですからね」
「短剣は盗賊のものか」
東条は短剣を注意深く観察する。ネズミ顔の盗賊が持っていた短剣とそっくりだった。
「聖女様。では領主様たちは盗賊に殺されたのでしょうか?」
長老の推理はこうだ。まず盗賊はグリフを短剣で襲い、長剣を奪い取る。その後、長剣を使い、領主と兄たちを殺害し、最後に長剣をグリフの元へと返す。一見すると筋が通っていそうに聞こえるが、いくつかの穴があった。
「その推理だと、盗賊は長剣をグリフの元に戻したんだろう。何のために戻したんだ?」
「それは……」
「もし俺が盗賊の立場なら長剣は頂いていくし、もし不要になっても、わざわざ元の持ち主に返すようなことはしない。それにその推理だと、最大の謎が残ったままだ」
「最大の謎ですか?」
「ああ。今回の殺人で最大の謎はこの部屋に鍵が掛かっていたことだ」
「あっ!」
長老は思い出したように驚愕の声を漏らす。グリフの死んでいた部屋には鍵が掛かっていたのだ。そしてその鍵は部屋の中からしか掛けることができない。
「窓もありませんし、隠し通路もありませんしね」
「その通りだ」
もし窓や隠し通路があるのなら、部屋の中から鍵をかけて窓から脱出すれば、鍵を掛けたまま犯人が外に逃げ出すことが可能だ。だがそれらがない以上、犯人は扉から外に出たことになる。
「だが扉が一つしかないこの部屋で、鍵を掛けた犯人はどうやって部屋の外に出たんだ?」
東条の質問に誰も答えることができない。幽霊でもない限り、この部屋から鍵を掛けたまま抜け出すのは不可能なように思えた。
「東条さん、これはきっと神の仕業ではないでしょうか」
ジャンヌが皆の疑問に答えるような言葉を口にする。
「バスクの街の領主たちは、法外な税金を搾取し、領民たちを苦しめてきました。さらにそれだけでなく、領主たちは私利私欲のために私たちを殺そうとまでしたのです。そんな彼らを罰するべく、きっと神が裁きを下されたのです」
「聖女様の云う通りだ! きっとこれは神の裁きなのだ!」
長老と、一緒に付いてきた領民たちが皆声高に、『神の裁き』だと叫ぶ。領主が死んだことで法外な税から解放された彼らの顔は、本当に神に救われたような幸せそうな表情を浮かべていた。
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