第17話 武器の販売
広場には大勢のバスク市民が集まっていた。みすぼらしい格好、痩せ細った体は一部の例外を除いて共通していた。
例外の一人は木で出来た台座の上に座り、腕を組んで偉そうにしている。体はだらしなく、腹が風船のように膨らんでいる。この時代では珍しい肥満体だ。顔も丸々と太り、まるで豚のようである。
あいつが領主だと東条は確信した。そう判断したのは体型もそうだが、人々がその男を取り囲むように、座っていたからだ。
また他にも例外の人間が三人いた。領主の後ろで領主を守護するように立つ若い男たちである。一人は獅子のような気の強い顔を、もう一人は蛇のように狡猾な顔をしている。そして三人目の男は小動物のように臆病な顔をしていた。三人ともどこか領主の面影がある。領主の息子たちだと、東条は確信した。
「親愛なる我が領民の皆よ。本日集まってもらったのは他でもない。盗賊がこの町を襲いにきたからだ」
井戸の底から反響したような暗い声だ。話をするたびに二重の顎が揺れている。
「連中の要求はこうだ。『二千フランと馬を九頭用意しろ。さもなくば、この町を焼き尽くす』とのことだ。私はこの要求を拒絶し、戦うつもりだ。そこで領民である皆には、私のために命を賭けて戦ってもらいたい」
「絵に描いたような最低領主だな」
東条が呟く。蚊の泣くような小さな声だったが、領主には聞こえたらしく、眉をピクリと動かした。
「私のことを馬鹿にしたそこの男。見かけない顔だな」
「俺は領民じゃないからな。見かけないのも当然だ」
「ただの旅人か。なら口出しするのは止めてもらおう。これはバスクの町の問題だ」
「確かに街の問題だ。だが住人たちがあんたのような最低領主のために命を賭けるのはあまりに可哀想だ」
「ではどうしろというのだ?」
「あんたが自分で戦えば良い。自分の金は自分で守るんだ」
東条の指摘は現代社会ならもっともな指摘だと思えた。しかし領主はフンと鼻で笑い、その指摘を一蹴する。
「貴族である私に命を掛けろと。馬鹿を言え。領民は領主のものだ。私のために命を捨てるのは本望であろう」
領主の言葉に人々はざわめき始める。不穏な空気が流れ始めた。
「一つ確認したいことがある。良いか?」
東条は口角を吊り上げて可笑しそうに笑っている。
「なんだね?」
「仮にあんたの領民が命がけで戦ったとして盗賊に勝てると思うか?」
「それは……」
「まず武器はあるのか? 必要最低限しか置いてないんだろ。でないとあれだけ税金を搾り取って反乱が起きないはずないからな」
領民たちは盗賊が襲ってきたというのに、誰も武器を持ち歩いていない。領主が領民の武器の携帯を許可していない証左とも云えた。
「……武器は私と私の家族が所有する剣と鎧があるだけだ」
「ということは甲冑と剣で武装した盗賊相手に領民たちは素手で戦うことになるわけだ」
「そういうことになるな」
領民たちのざわめきが大きくなる。領主に対する不満を呟き始める者まで出始めた。
「同じ質問をもう一度する。素手の領民が武装した盗賊たちに勝てると本気で信じているのか?」
「命を賭けさえすればなんとかなる」
「俺は無理だと思うぞ。あんたも知っていると思うが、盗賊たちは元傭兵だからな」
「それはどういう……」
「なんだ。知らなかったのか。平和ボケも良いところだな。戦争中は傭兵として雇われ、それが終わると食い扶持のために盗賊となって町を襲っているんだ。アザンクールの戦いの敗残兵がオルレアンへ向けて南下してきたか、アキテーヌ地方の小競り合いに参加してその後北上してきたか。どちらにしろ向こうは躊躇なく人を殺せるプロフェッショナル。武装しているならともかく、素手で戦うのは無理がある相手だ」
「なら要求に従えと……そんな大金、私は出さんからな。どうせ領主の私は殺されないだろう」
「その認識はあまりに世間を知らなさすぎる。領民は殺され、金品を巻き上げられる。だがそれは領主も例外ではない。それに貴族は奴隷にすると高く売れる。地獄を見ることも覚悟しておくことだな」
「ば、ばかな……そんなふざけた話があるか」
「残念ながらこれは現実だ。あんたは選ばなければならない。わずかの望みに賭けて領民たちを戦わせるか、要求に従い金を払うか」
「か、金といっても二千フランだぞ。私の領地の半年分の税収だ。そうすんなりと払うわけにはいかない」
「ならば俺が妥協案を提示しよう」
東条は手を広げ、荷馬車を指さす。皆が荷馬車の方へと視線を移した。
「あんたは実に幸運だ。俺は武器商人、あんたたちを強くし、救うことができる力を持つ者。ここまで言えば分かるよな。代替案とは俺の武器を領主が買い、その武器を使って領民が戦う。そうすれば盗賊を蹴散らすことなど実に容易い」
領民たちは荷馬車を輝く目で見つめていた。特に男性は武器への憧れが強いからか、より一層の眼差しを向けている。
「で、どんな武器があるんだ?」
領主が訝しげな声で訊ねた。ボロボロの武器しかなければ笑ってやる。そう言外の意味が含まれていた。
東条は荷馬車の中からボーガンのような武器を石畳の上に並べる。領主と領民が興味深げに見つめている。
「これはフランスを代表する弩という武器。法王イノセント二世が使用を禁じたほどの威力を誇り、甲冑の上からでも容易に貫くことが可能だ。使い方は少し難しいが、手取り足取り指導するから、馬の機動力を持たない盗賊相手なら十分当てることができるはずだ。数は二百。領民全てに行き渡る」
あの盗賊たちから馬を奪ったのは正解だった。これにより素人の領民でも矢を当てられる。領民たちの間に、これなら勝てるかもという、空気が満ちていた。
「で、値はいくらだ?」
「指導料含めて五百フランだ。もちろん税金を抜いた額でだ」
領主は目を見開いた。五百フランとは日本円で約三千万円だ。いくら弩が二百もあるとはいえ、あまりに法外な値段だった。
「ふざけるな! あまりに高すぎる!」
「状況を考えれば、非常に良心的価格だ」
「オルレアンに行けば、百フランあれば買えるものを五百フランが良心的なはずがあるか!」
「ここがオルレアンであればそうだ。だがここはバスク。商品を法外な値段で売るのが専売特許の町だろ」
「だがいくらなんでも」
「仕方ない。ならこの取引はなしにしよう」
領主は下唇を噛みしめながら熟考する。どちらにしろ選択肢はないのだ。領主は盗賊に二千フラン取られるよりマシかと、首を縦に振った。
「お買い上げありがとうございます」
商談は成立し、領主はただ俯くだけだった。それとは対照的に東条は満面の笑みを浮かべていた。
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