第8話 初めて振るう暴力
理事長室を後にした東条は、パニックになるという理由で午後からの講義を免除され、一人帰路につく。全国ニュースで東条の名前は知れ渡ったが、まだ顔は広まっていないのか、誰も彼が時の人だとは気づいていない。皆、興味すら向けずに横切っていった。
「そういや、俺、大金持ちになったんだよな」
難問を解決した褒美として、一千万円の報酬が贈呈される。メールで提出した振込先に金が振り込まれているかどうかを確認するために、コンビニのATMに東条は訪れた。
「見たこともない数字が並んでいるな」
東条は取りあえず三十万円を引き出し、財布の中に詰める。ギュウギュウに詰まった財布は今にも弾け飛びそうなほど膨らんでいた。
「ジャンヌに寿司でも食わせてやるか」
ジャンヌのためでもあるが、自分自身も空腹だったことに気づき、東条は駅前にある寿司屋へと向かう。普通の学生では絶対に入れないような敷居の高い寿司屋を前にして気後れを感じるが、財布の中の札束が勇気へと変わり、彼の背中を押した。
「いらっしゃい……って学生か……」
寿司のネタが並べられたカウンターの向こう側に立つ寿司職人が東条を見て苛立たし気な表情を浮かべる。
「うちの店は大学生が来られるような敷居の低い店とは違うんだ。近くの回転寿司にでも行くんだな」
「……この店で一番高い寿司はいくらだ?」
「一人前が十万円だ」
「二人前の持ち帰りと、この場で食べるからてきとうな寿司を出してくれ」
東条がカウンターに札束を叩き付けると、寿司職人の男は驚いた表情を浮かべつつも、黙って寿司を握り始めた。
「随分素直になったな」
「……先ほどはすいませんでした。酔っ払いの大学生が、さんざん飲み食いしたあげく、金を払えないということが、ここ数日の間に何回もあったもので」
「寿司が旨ければ文句はない。ベストを尽くしてくれ」
二人前の持ち帰り用の寿司が握り終わるのを待つ間、カウンターには東条自身が食べるためのウニやイクラなどの色鮮やかな寿司が並んでいく。その寿司を出てくる傍から口に放り込んでいった。持ち帰り用の寿司が完成する頃には、東条のお腹も一杯になっていた。
「また気が向いたときに来るよ」
「ありがとうございました」
寿司屋を後にした東条は、雑貨商店へと向かう。寿司を冷蔵庫の中に入れ、夕方まで店番をした後、彼はいつもの倉庫へと足を運んだ。
「ジャンヌ、喜んでくれるだろうか」
寿司を片手に東条は倉庫の扉を開ける。視界が一瞬真っ白になるが、次第に視界がはっきりしていく。目の前に真っ赤な炎で燃えるジャンヌの家が広がっていた。
「いったい何が……それにジャンヌはどこだ?」
東条は机の上に寿司を置くと、家の中をさまよい歩く。すると女性の呻き声が東条の耳に入ってきた。
声がした部屋へと向かうと、そこには現代日本ではまず目にすることがない光景が広がっていた。
禿げた男がジャンヌの上に馬乗りになり、抵抗する彼女の顔をただひたすらに殴り続けていた。ジャンヌは必死に抵抗し、男に射抜くような視線を向けているが、そんな表情を続けていられるのも、痛みの限界が来るときまでだろう。
東条は怒りがフツフツと湧いてくるのを感じていた。ジャンヌは食料が余っているわけでもないのに東条が空腹だと知ると食べ物を分け与えた。あんな善良な人間がこんなところで酷い目にあって良いはずがない。東条は自分の足元に一本の剣が転がっていることに気づく。
そこからは東条も意識しないままに身体を動かしていた。足元の剣を拾うと、男の傍まで足音を立てずに近寄り、剣を振り下ろした。首が宙を舞い、血のシャワーが下にいるジャンヌの身体を濡らす。
初めての殺人に東条は苦々しい思いを感じながらも、ジャンヌを助けられたという達成感をより強く感じていた。
「無事だったか?」
「東条さん?」
「ああ。俺だ」
「東条さん! 無事だったんですね。わ、私、心配したんですよ」
ジャンヌは目尻に涙を浮かべ身体を震わせながらも、東条への心配の言葉を口にした。彼は彼女の不安を取り除くように、ゆっくりと抱きしめる。彼女の咽び泣く声がやむまで、ただ黙って抱きしめ続けた。
「ありがとうございます。私はもう大丈夫です」
「まずは今の状況を聞かせてくれ」
「ドンレミ村を盗賊が襲ったんです」
「盗賊……」
百年戦争では戦へ向かう途中の兵士たちが小遣い稼ぎがてらに、近くの村を襲うケースが多々あった。盗賊に襲われると金目のモノはあらかた奪われ、村の人々は蹂躙される。その被害にドンレミ村はあっているのだ。
「相手の人数は何人だ?」
「東条さんが誅した男を除くと、十人です。それでもその十人がとても強く、村の男の人たちが何人も殺されてしまいました」
「盗賊は百年戦争で活躍しているプロの兵士たちばかりだ。素人では勝てないのも当然だ」
もちろん東条も戦に関しては素人である。先ほどのような不意打ちでなければ勝つことはできない。まともに戦って勝つには銃器でもなければ不可能だと結論付けた。
「いや、銃器ならある」
東条は祖父が残した武器倉庫を思い出した。人生を変える贈り物を使うべき時が来たのだと、彼は覚悟を決めた。
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