第138話 絶対不敗の決闘者 -05


 フランシスカがこの場にいる。

 それはエーデルにとって全くの予想外だった。

 ついこの前、相討ちのような形になった際、彼女はセバスチャンのことを大層気にしていた。そして彼の言葉に従い、一番頭に血が上っている時にも関わらず、冷静な判断を下して撤退した。

 そんな彼女が、幼いとはいえすぐに復讐や報復の為に出てくるとは、エーデルの頭の中にはこれっぽっちも考えが無かった。

 だが、彼女はここにいる。

 それは間違いなく、奇襲の為だと言えよう。

 ――卑怯だという言葉は使わない。

 何故ならば、タイマン勝負を張ったわけではないからだ。むしろそんな多人数になることすら予想できる罠に周囲の――将軍であり親友のウェストコットの制止すら振り切って戦いに身を投げた自分の怠慢もあるのでそんなことは到底口に出来ない。

 行動で示すしかない。


「っ!」


 彼女の存在によって自分の色々な感覚が鈍っていることを自覚したエーデルだが、そのおかげか、自身が背を向けているフランシスカ以外の2人の動きも察知していた。

 遥は右方へと移動し、そのまま直線的にエーデルに向かって来ている。

 拓斗は先の位置からそのまま真っ直ぐに走ってきている。『スピリ』ではない為か、その速度は遥に比べてかなり遅い。

 これらの状況を把握した上で、エーデルは次の行動を選択しなくてはならない。


 パッと頭に思いつくのは、がら空きの左側に回避行動を取ることだ。


 普通に考えれば拓斗が左側に移動することでその方向への行動を制限するべきなのだが、彼が距離を詰めるということに対してそこまで頭がいっていなかった、もしくは行動するのが遅い、ということが現状起きていることなのだろう――と、そこまですぐに考えが至る。

 ただ引っ掛かるのは、これだけ露骨に開けているということだ。

 フランシスカの奇襲という策を興じた相手が、そんな隙を生じさせるとは考えにくい。女性2人に比べて拓斗――『スピリ』ではない、運動能力は普通の人間ということはセバスチャンという存在の所為でエーデルは判っていなかったが――その移動速度が遅いことを考えたフォーメーションにしていないことがミスであるとはどうしても思えない。


 故に導き出された解は一つだ。

 左側には罠がある。

 だから選択しない。


 ならばどうするのか?

 このまま受けるか?


 ――それは愚策だ。


 奇襲が成功した際にエーデルが真っ先に取る行動は、その場で相手の攻撃を受けきることであろうことは、少女達も理解しているだろう。

 何せ、フランシスカという、先に対戦した経験がある少女がいるのだから。

 さすればそこにも何か策があるというのは容易に想像が付く。その策が何かは全く分からないが。

 かといって左側に張った罠に誘いこませられる可能性しか考えていないわけではないだろう。それ程に露骨な開け方なのだから。

 どちらにしろ、策が巡らされている確率は高い。


 どうすればいい? ……などと悩む時間は、秒にも満たなかった。


(――あいつだ!)


 エーデルはフランシスカの方に向けていた身体をくるりと翻すと、そのまま真っ直ぐに全力で前進した。

 開いている左ではない。

 真正面。

 その先にいるのは――

 走りの遅さエーデルは、拓斗が一番戦闘力がないことを読み取っていた。唯一の男ではあるが、そんな先入観なく彼は実力で見極めていた。

 拓斗に攻撃を加えれば彼女達は狼狽するだろう。そうしたら今度は彼女達を叩けばいい。

 そう決めたエーデルは、迷わずに突進した。


「っ!」


 拓斗の目が見開かれる。予想外だったということがありありと見られる表情だ。


(さあどうする? 殴ってくるか? 避けてくるか? 防御態勢を取るか? それとも何も出来ないか?)


 拳を構えた大男が向かってきたら咄嗟にする行動はそれだろう。

 エーデルと拓斗の距離が徐々に迫る。

 あと数メートル。

 ついに手が届く距離まで――


 ――その時だった。


「!?」


 エーデルは一瞬、呆気に取られた。

 そこまで何も行動をしていなかった拓斗の姿。


 そんな彼の姿を――


 横に避けたのか?

 それとも何かの能力か?


 ――そう頓珍漢とんちんかんなことを思ったのも一瞬だった。


 ガッ!! と、彼は下腹部に衝撃を感じた。

 同時に彼は理解した。

 拓斗が何をしたのか。

 どうして目の前から姿を消したのか。


 視界から外れただけだったのだ。



 拓斗は――体勢を低くしてエーデルの腰にしがみ付いていた。

 まるでラグビーのタックルのように。

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