第125話 勝てない -04

 先程まで人の気配が全くしなかったこの場所で、突然、低い男の声が響いた。


「誰よ!?」


 驚きの声を上げるフランシスカに、声には出さずとも目を見開きながら周囲を見回し、彼女を庇うような所作を見せるセバスチャン。

 この行動から分かる通り、2人共に声の持ち主について察知していなかった。


「誰と訊かれて答えるのは、今はまだ止めておこうかねえ」


 スッ、と。

 二足歩行の巨人型の『魂鬼』の脇から、1人の男が現れた。

 銀の長髪を後ろで1つに結んだ大柄の男。彫の深い顔立ちからも、異国の人間であることは容易に想像できる。

 男は、にかっ、と笑い掛けてくる。


「いやあ、まさか一発で出てくるとは思わなかったよ。執事服の少年と金髪のお嬢ちゃん」

「……何者ですか?」

「ん? あ、こっちから名前を言わないけど察していたのかな、って思ったけど、俺の顔は知らないか。ま、写真とか映像を撮られた記憶もないし、そりゃそうか」


 警戒心を剥き出しにしているセバスチャンに、男はあっはっはと豪快に笑う。


「ま、とりあえず知らないなら知らないでいいや。とにかく、こちらの目的は半分果たしたからいっか。後は緑髪の女の子と特徴がこれとない男の子の2人か。そっちも一緒だったら面倒じゃなかったんだけどなあ」

「緑髪の女の子? 誰それ、知らないわよ」

「お、律儀に答えてくれるねえ、お嬢ちゃん。そっかあ。お嬢ちゃん知らねえのか。じゃあ一緒にいないのも納得だな。しかし参ったね。どうやってそっちを発見しようかねえ」

「知らないわよ」

「お嬢様。反応しなくていいです」


 セバスチャンは顔を強張らせながら、男に問い掛ける。


「誰だか知りませんが、状況分かっていますか? あなた、今、『魂鬼』の前にいるんですよ?」

「おうよ。で、こうやって平然としていることからも分かるだろ?」


 男は、はん、と鼻を鳴らす。


「俺はお前らの敵だ」

「『トワイライト』ですか?」

「おいおい。疑問形にする必要があるのか? それ以外にお前らと敵対する組織があるってのか? だったら嫌われてんなあ、おい」


 男は肯定せず、明確に告げた。

 自分は――『トワイライト』であると。

 問答無用で敵である。


「……」


 フランシスカは無言で武器を構える。

 だが、即座にセバスチャンがそれを手で制する。


「(何でよ?)」

「(まだです、お嬢様。今はその時ではありません)」


 ちらと交わした視線だけでお互いの意図を読み合う2人。

 そしてその内容を何となく察したのであろうか――男は「ああ、そうか」と唐突に手を打つ。


「お前ら、あれだな? 何で『魂鬼』を出したのにその隙に攻撃しないのかが分からないからまだ手を出せないとか、そういう変なことを考えていやがるな?」


 言われた通りだった。

 『魂鬼』を倒した後ではなく、倒そうとするその時に出てくるのは何かがあるのでは――とセバスチャンは察していた。

 そう、例えばこの『魂鬼』は報告通り動き出すとか――


「安心しろ。単純な話だからな」


 そう言って男は『魂鬼』に真正面から向き合うと、


「……ごめんな。自由自在に消せればいいんだけどな」


 次の瞬間。

 パァンッ!! という甲高い音ともに、巨大な『魂鬼』が弾け飛んだ。


 弾け飛んだのではない。

 


 他でもない。

 目の前の男の拳で。


「……っ」


 フランシスカとセバスチャンの2人は同時に言葉を失った。

 味方であるはずの『魂鬼』を、男は躊躇なく消し飛ばした。

 その行動にどんな意味があるのか、全く理由が思い浮かばなかった。


「な? 判り易いだろ? ……って何だよ分からねえのか? 単純な話って言っただろうが」


 困惑する2人を余所目に、男は呆れたように答えを口にする。


「あの『魂鬼』はお前達を誘い出す為のモノ。にしただけだよ」

「なっ……」

「ってなわけで」


 ガツンガツン、といつの間にか拳に付けた金属の手甲てっこうを打ち付け、告げる。

 ――強者のオーラをまといながら。



「血の滾るような勝負しようぜ! 『白夜ホワイトナイツ』のスピリさんよぉ!!」

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