第117話 すれ違い -04
◆
その結果が、晩餐の様相である。
「……」
「……」
拓斗はひたすら遥の方を見ないように、黙々と食事をしていた。
しかし、ただ見ないようにするだけではない。
(何でこっちをじっと見てきているんだろうか?)
拓斗はじっくりと考えながら咀嚼していた。
考える。
それはセバスチャンからの指示でもあった。
彼は、遥のことを一切見ないように、と言った後、こう続けていた。
『まだ推定ですが、貴方は色々な意味で目が良いようです。だから視覚情報を敢えて遮り、剣崎さんの行動や所作について深く考えるように仕掛けてください。そうしないと、きっと貴方は同じ結論にしか辿り着かないでしょうから』
言われた通りに帰ってきてから遥には一度たりとも視線を向け続けていない。視線を向けずとも、気配で遥がこちらをじっと見ていることは分かる。しかしながらいつもよりも視線を集めているのは気のせいだろうか? もしくは全くこちらから見ないから、気になって何度も視線を向けているのかもしれない。ただ、話しかけられてもそっけない反応しか返せないのだが。
『じっくり話してしまうと、貴方は剣崎さんが凄いと思ってしまいますからね。ここは敢えて会話を最小限にし、思考にリソースを割いてください』
まるで洗脳されている人に対して忠告しているような口ぶりだな、と言うと『それに近いかもしれません』と妙に真面目な顔で返されてしまったので、それ以上訊ねることは出来なかった。
(セバスチャンは何でこんなことを? ……いやいや。とにかく遥のことを考えよう――うん。遥はどうしてこっちをじっと見てきているのかな?)
いつもより多く咀嚼することで米粒の甘さを感じながら、拓斗は思考する。
遥がこっちを見てくる理由。
それはいつもと拓斗の態度が違うからだろう。
――しかしながら、それが感じられる程、遥と家の中で会話をしていただろうか?
そこまで積極的に会話をした記憶はない。いつもは母親が話題を振ってどこからともなく自然に会話をしていただけ、という覚えしかない。
ならばどうして注視してくるのか。
(まさか……いつも逆に僕が遥を見ていた、とか?)
遥の容姿は素晴らしい。スタイルも抜群だ。目を引くモノがある。だから知らず知らずの内に彼女に視線を向け続けていた可能性が――
(……いや、ないな)
だが、拓斗はその考えにすぐさま疑問を抱く。
理由は単純だ。
拓斗は、遥をいやらしい目で見たことが一度もなかったのだ。
虚勢ではなく、ただの事実である。
耳元で囁かれるだとか、パジャマ姿だとか、胸元がはだけているだとか、そういう『シチュエーション』に対して顔を赤らめたことはあるが、彼女自身をどうこうしたいと思ったことは一度もない。
思春期の男の子なのにおかしい――と大海にツッコミを入れられていたが、その通り、おかしいのだ。
遥を見て思うのは、守らないといけないという気持ちだけ。
一人の女の子としても見ているが、それよりも守るべき人、として見てしまっている。
だから胸や尻など、普段は性的な部分には全くと言っていいほど視線を向けたことは無かったのだ。
(しかし何故だろうか……いや、考えるのはそこじゃない)
思考が逸れた。戻そう。
とにかく、彼女が視線を向けてきているのは何か理由があるはずだ。
そう考えている内に、
「あの……拓斗……?」
「なに?」
視線を向けずにそう言うと「……っ」と息を呑む声が聞こえた。これは少し緊張している声だ。先の声も震えていた。不安を抱えているのは間違いない。
そしてその後に続く言葉が一向に来ない。
その理由に心当たりがあった。
(ああ、怒っていると勘違いしているのか、遥)
そっけない返答に、視線を決して向けない様相。傍から見て怒りを覚えている人に見えなくもない。
――しかし、怒る理由なんてないはずなのにどうしてそう思っているのだろうか?
そんなことにはてなマークを自分の中だけで浮かべつつ、拓斗は念のためにこう言った。
「言っておくけど、怒っていないからね」
念押しだ。
こう言っておけば勘違いしていることにも気が付くだろう。
――しかしながら。
「あ……うん。分かっているわ……うん……」
どことなく歯切れ悪くそう言うと、彼女は「……ごちそうさまでした」と食器を洗いに台所へと向かった。
本当だったらそこで「あれ? 何か聞きたいことがあったの?」と訊ねるべきだったのだろうが、拓斗は(何て言おうとしたのだろうか……これも考えなくちゃいけないな)と、安易に回答を求めないように敢えて口を閉ざした。
そして彼は再び思考の渦へと沈んでいった――
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