第116話 すれ違い -03

    ◆拓斗



 一方。


「僕が遥を、信用しすぎている……?」


 拓斗はセバスチャンから受けた言葉を自分の中で消化するのに、少しの時間を要した。

 そして数秒後、


「ははっ。何だよそれ」


 彼は笑いを飛ばす。


「信用しすぎているって……僕が遥に絶対の信頼を置いているのは間違いないけど、でも、遥が何でも出来るとかお前らより強いとか、そんな盲目的なことは思っていないよ」

「いいえ。貴方は盲目的です」

「……」


 すうっと、拓斗の表情から笑顔が消える。


「さっきも言ったけど、僕は遥を信じているけど盲目的じゃない。だから遥のことを守りたいと思っているんじゃないか」


 遥が絶対的な強者であると思っているならば、自分が守るなんてことは考えもしないだろう。

 守りたいということは、遥にも足りない部分があるということ――少なくとも拓斗はそう思っているということに他ならない。


「それのどこが――」

「ああ、はい。そうですね。違いますね」


 セバスチャンは否定の言葉を口にする。そのあまりのあっさり具合に、拓斗は目を丸くした。


「え?」

「貴方が盲目的なのは、剣崎さんが万能だと思っていることではないですよ。貴方が盲目的なのは――」


 そう言って彼は、拓斗の額に人差し指を突きつけた。



「貴方が、です」



「は?」


 拓斗の眉間に皺が寄る。


「僕が上手くいっているのは遥のおかげ、って……そりゃそうだろ。だって僕自身は普通の人間なんだぞ。それが上手く立ち回れるのは、遥がそう配慮しているからに決まっているだろうが」

「まさにそこです」


 セバスチャンの人差し指に力が入る。


「そこが、貴方が『剣崎さんを信頼しすぎている点』なのですよ」

「え?」

「貴方は自分で考えて、自分で行動すればもっと良い結果が出たのです。ですが、剣崎さんが導き出した結果が良かったと思い込んでいる」


 今まで上手くいったのは遥のおかげ。

 駄目だったのは自分の所為。


「……違う……のか……?」

「ええ。それを私は――信頼しすぎている、と言ったのですよ」


 信頼しすぎている。

 それは裏を返せば、相手が全て正しいと思っていた、ということ。


「でも……それって間違っているのか……?」

「うーむ、まだ納得していないようですね。では、分かりやすいように私の例を挙げましょうか」


 あのですね、とセバスチャンはにっこりと笑う。


「正直言いますと、私はお嬢様のことを――


「え……?」


 先程から困惑しっぱなしだ。

 しかし、セバスチャンは意にも介さないように続ける。


「よく考えてくださいよ。あの子はまだ小学生なのです。いくらスピリとはいえリーチや経験は未成熟です。その身体と一緒で」


 言い方が少しいやらしかったが、そんなことは気にも留めずに、拓斗はセバスチャンの話に聞き入る。


「だから私はいつも、お嬢様の行動を疑っています。どこかで調子に乗らないかな、どこかで選択を誤らないかな、って」

「それは……フランシスカのことを信頼していないってことか?」

「いいえ。信頼しているからこそ、彼女の足りない所を見落とさないようにしているのです」


 力強く言い切るセバスチャン。

 迷いなど微塵も見られない。


「彼女は足りない。未知の部分はたくさんあります。だけど分かっている所は分かっています。そこを信頼し、だけど過信しない。――これが私達の『関係』なのですよ」

「信頼し……だけど過信しない……」

「貴方は信頼は確かにしていますが、しかし剰に頼――『』しています」


 まあ今考えた意味合いの造語ですけどね、と彼はおどける。


「いずれにしろ――貴方はもっと自分に自信を持たなくてはいけません、というのが言いたい事ですね。剣崎さんのことをよく見てはいますが、自分の出来ることを早々に諦めていることを止めなくては……というよりも、もっと根本的なことをしなければいけないようですね」


 いいですか、とセバスチャンは穏やかな口調で言う。


「木藤君。貴方はこれから、剣崎さんの行動に疑問を常に抱いて行動してみてください」

「疑問を……?」

「そうですね……観察眼はあるようですから、逆にこうしてみましょうか」


 手をパンと叩き、彼は拓斗にこのように提示した。



「剣崎さんのことを、一切見ないようにしてみましょう」

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