第110話 修行・修練・習得 -10
◆
「あ、フランシスカ……え? 何でそんなにこっちを睨み付けているの? しかも視線低いし」
「なに? 身長が低いことを言っているの? 高ければいいと思わないことね!」
「私だって高くないけど……でも、何かあったの?」
「むしろ『無い方』だから睨んでいるんだけど!」
何のことだかさっぱり分からず、困惑に眉をへの字にする遥。それもそのはず、フランシスカは遥の身体に嫉妬しているのだがそれを口にすることを決してしないので、伝わる訳が無かった。更には遥は自分のスタイルの良さをあまり自覚していなかったので、彼女が何に嫉妬しているかは本当に分かっていなかったのである。腕を組んで首を捻るが、それが胸部を押し上げる格好となり、フランシスカの顔がさらに険しくなる。
「さっきからなに顔芸しているのよ?」
「……何でもないわ。――さて、本題に入ろうかしら」
遥が無自覚なのを悟ったのかやれやれと首を振って、フランシスカはパチンと指を鳴らす。
途端に周囲の人々が動きを止める。
『スピリ』の保有する能力の1つ――空間を切り離したのだ。
「あ、言っておくけど本部にはもう話をしてあるから。別に『魂鬼』が出たわけじゃないわよ」
「分かっているわ。さっきお母さんから連絡があったから」
「お母さん……ふうん」
スッと目を細め、ランドセルを地面に置くフランシスカ。
「まあいいわ。じゃあ早速だけど、特訓を始めるわよ」
「あ、うん。よろしくお願いいたします」
「いえいえ。こちらこそご丁寧に……って何で私まで!?」
急に遥が恭しく頭を下げたことに釣られて同じ所作をするフランシスカ。どことなくノリがいい様子の彼女に、遥は少しだけ安堵する。昨日に遭っただけで初対面にほとんど近い存在、かつ、敵視されていることから、あまり良くない印象を受けていた。
しかし少し話してみると、彼女は少し背伸びをしている小学生であった。
――少なくとも悪い子ではない。
そう感じ取った遥は、多少の茶目っ気を出す。
「いえ、よろしく頼むっす、師匠」
「師匠? それってティーチャーのこと?」
「あ、うん。戦いの先生って意味なら合っているわね」
「そうなのね。でもあんまりティーチャーって言葉は好きじゃないわね」
「何で?」
「学校を思い出すもの」
そんなに学校が嫌なのか。勉強か? それとも……静の妹か? その場合は一体何をしでかしたんだ――などと疑問が頭の中に浮かんでいる内に、フランシスカは「そ、そんなことはどうでもいいのよ!」と声を荒げながら両手に双剣を構えながら両手を広げる。
「呼び方なんてどうでもいいのよ! さあ特訓を始めるわよ」
「ちょっと待って。どうでもいいってことは何でもいいってこと?」
「そういうこと! ……そういうこと?」
「うーん……」
「え? 特訓じゃなくて悩みを始めるの?」
おーいちょっとー、とぴょこぴょこしているフランシスカをじっと観察する遥。
両手に武器を持って両手を広げている様子。
「さあ! どこからでもかかってきなさいよ!」
テンション高く声を張り上げて跳ね回っている様子。
そこに遥はある人物を重ねていた。
拓斗の身体を穴だらけにした時、鉈と鋸を手に持った母親――美哉の姿を。
だから彼女はこう口にしてしまった。
「お母さん……」
「はぁっ!?」
どうやって出たのか分からない声を上げ、フランシスカは目を剥いた。
「お母さんってマザーでしょ!? 私のどこがお母さんって言える要素があるのよ!」
「違う違う。両手に武器を持った姿が被っちゃっただけで、あなたにそんな要素は……要素、は……」
「どこ見て言ったのよ! そこにティーチャーを語尾に付けて言いなさい!」
「おっぱいティーチャー」
「ためらいもなく言ったわね!?」
「さて、冗談はそこまでにして――行くわよ、おっぱい」
「本気で掛かってきなさい……ってその呼び名はひどくない!?」
「食らえおっぱい!」
『
「んっ!」
が、すぐにそのままではパワー負けすることを悟ったのか、前宙返りをするように刃に沿って下に受け流す。
そのままの勢いでフランシスカの左手の剣が遥の肩先を狙う。剣先を下に逸らされた遥は無防備だ。
だが遥は身体をねじるように避ける。
フランシスカの攻撃が空を斬る。
その隙を付いて遥は後方に飛んで距離を取る。
――かに見えたが、彼女は後方のビルを足蹴にし、直線的にフランシスカに反撃をする。
剣先を突き立てるような攻撃は飛び出した勢いから生じるパワーもあり、先のように受け流すことが非常に難しい。左右に避けて反撃するとしても遥の剣と彼女の剣にはリーチの差があるので、フランシスカに分が悪い。
故にフランシスカはその攻撃を、後方に飛ぶことで避けた。
「……へえ。やるじゃない」
フランシスカはにやりと笑う。
「流石に『スピリ』であるから、基礎戦闘力はいいわね。判断力も問題ないわ」
「ありがとう、おっぱい師匠」
「おっぱ……まあ、いいわ。で、疑問なんだけど」
フランシスカは剣をくるくると廻しながら眉を潜める。
「何か教えてもらうことなんてあるの?」
「え?」
「悪い意味じゃなく、教えられることって何もないのだと思うけど? 基礎戦闘力は私とそう変わらないわ。いや、私の方がちょっとだけ上なのは間違いないけど、でもそのちょっとを埋めたい訳じゃないでしょう?」
「それは……」
フランシスカの言葉に遥は面食らった。
彼女が褒める言葉を口にしたのもそうだが、それよりも言ったことが自分の中の感覚とずれていたからだ。
戦闘力はそう変わらない。
だから何も教えることはない。
「――いやいや、そんなはずはないわ。さっき見せた戦闘方法は私には足りていない部分を見せつけたじゃない。悔しいけど……私は貴方より弱い」
「はあ? 何を言っているの。圧倒的に弱い、と思っているのならば大間違いだわ」
「え?」
「さっきも言ったけど、私とあんたの個人の戦闘力としてはほぼ同じ。弱さを実感する程の差ではないわ」
私は嘘は付かない主義なの――と嘯くフランシスカ。だが彼女は自身が本心から不思議に思っているからこそ、褒めているような疑問を呈してきているのだ。
「でも……」
だったらあの差は何だったのか。
自身には出来ないと思ってしまったあの戦いでの、彼女との違いは何なのか――
「……っ」
思い出した。
彼女に聞きたかったのは、個人の戦闘に特化した話ではなかった。
「連携……」
そう。セバスチャンとの連携だった。
「セバスチャンとの連携は凄かった。でもあの連携をするには、『スピリ』であるあなたがそれに伴う動き方をしたからよ。連携が出来るような動きを」
セバスチャンも人間離れしているが、『スピリ』とは比べ物にならない。
つまりフランシスカが連携を考えた動きをしたが故に、あれだけ圧倒的な戦闘が出来たのだ。
「だからその戦い方を私に教え――」
「……何だ。そんなことか」
フランシスカは小さく鼻を鳴らすと――
「それなら――特訓っていう話じゃなかったわね」
――ひどく冷めた声を放って、自分の手から武器を消失させた。
それは完全に特訓はもう終わりだ、ということを行動に示していた。
「え……? どうし……あ、そうか」
すぐに理由が思い当たった。
「連携の話だから、パートナーがいないと話にならないってことね。ごめんなさ――」
「そういうわけじゃないわ。本気で気が付いていないのね」
可哀想に――と あっさりと否定と憐憫の言葉を口にしながら、フランシスカは離れた場所まで歩いていくと、地面に置いてあったランドセルを背負いながら深く溜め息をつく。
「ほら、剣を仕舞いなさい。この空間を解除するから」
「いや、ちょっと待って。まだ終わっては――」
「早く」
「……」
フランシスカからの鋭い声に、遥は渋々剣を収める。
もう彼女がこれ以上何を言っても特訓を続けないことが分かったからだ。
遥が剣を仕舞ったのを見て、フランシスカは指を鳴らす。
すると、再び世界が動き始めた。
唐突な特訓の終わり。
何故?
どうして?
そもそも何が足りない?
連携の面で?
いや、それ以前の話って――
そんな風に疑問が頭の中を埋め尽くし始め、遥が唇を噛みしめたちょうどその時だった。
「ねえ、あなた」
動き出した町並みの中。
首だけ振り向いたフランシスカは憐れみを込めた声で、頭の中にある全ての疑問の答えそのものを告げた。
「全くと言っていいほど――パートナーを信頼していないのね」
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