第102話 修行・修練・習得 -02

魂鬼こんき』。


 死んだ人間のなれの果て。

 異形の姿となり魂だけの存在となっている。

 人知れずその魂を天に送るのが、『スピリ』の仕事である。

 彼らは一般市民を巻き込まない為、また目撃をさせない為に『魂鬼』が出た途端に被害を出さないように、空間を切り離す、ということを行っている。行うと通常の人物はまるで人形のように動きを止める。

 ――まさに今のように。


「私が止めたわ」


 遥は手元に大剣を出現させて、引き締まった表情でセバスチャンの方を見る。


「だからあなたは早く彼女の下へと行った方がいいわ」

「言われなくても」


 セバスチャンはそう言い残すと、目にも止まらぬ速さで教室を出て行った。

 教室に残されたのは拓斗と遥の2人。

 ――違う。

 今の教室内で動けるのは2人、だ。


「拓斗」


 遥が手を伸ばす。

 それはいつもの如く『魂鬼』を倒しに行こう、という合図。

 拓斗は遥のパートナーだ。

 だから拓斗は迷わずにその手を取る。


「じゃあ、行くわよ」


 いつものように窓を開くと、そこから空へと身体を投げ出し、静止した世界の空へと飛びだした。

『スピリ』の能力で空を飛んで、2人は一直線に出現した『魂鬼』の元まで向かう。最初は静かな街に不安さと不穏さを感じていたが、何度も同じ状況を体感することで慣れてしまっていた。


 やがて数分後、目下に目標が見えた。

 3メートル程の大柄な、オラウータンのような容姿の『魂鬼』であった。他の特徴として腕が異常に長く、身長以上の長さは優に超えていた。

 しかしながら、その『魂鬼』は一向に動く様子を見せなかった。

 じっと、その場に佇んでいるだけ。


「まあ、いつものね」

「だな」


 『魂鬼』の大半はただ立っているだけで、人間に危害を加える『魂鬼』は数少なく、拓斗は数回しか遭遇したことが無い。大型であればあるほど、その傾向がみられるとのことだ。故に今回もその類だろうと察したのだった。


「じゃあ、さっさと終わらせるわよ」


 『魂鬼』と5メートルくらい離れた所に拓斗と共に着地すると、遥は大剣を構える。それでも目の前の『魂鬼』は微動だにしない。

 これならば拓斗が遥と契約して『盾』にならなくても良いだろう。


(また、ただ同行しただけだな)


 だけど拓斗はそれならそれでいいと思っていた。


(まあ、行かなくて遥が傷ついちゃったら後悔しか残らないしね)


 1番怖いのは、守れたはずだったのに守れなくなること。だから拓斗は必ず遥に付いていった。遥もそれを理解しているのか、それとも自分でもいざとなった時を想定している用心深さからなのか、絶対に1人で行くとは言わなかった。

 そんな彼女は今、『魂鬼』に向かって言の葉を紡いでいる。

 ――いや、違う。


「望まれず生まれし悲しき魂よ。安らかに眠りなさい」


 それは祝詞のりと

 あるいは呪詛じゅそ


 どちらにしろ、魂に響く言葉を彼女は口にしていた。

 それは一種の踏ん切りなのだろう。

 『魂鬼』は自然発生したわけではなく、死んだ人間の魂がこの世に残ってしまったものである。つまり目の前の『魂鬼』も誰かが死んだ後の姿ということにもなる。そのようなものをあの世に送るのだから、遥が殺しているという見方も出来てしまうのだ。

 そこを区別させる為に、彼女は必ず先のような言葉を紡ぐ。

 それが意味を成していなくても。

 その大剣を振るう為に――


「はぁっ!」


 裂帛の一撃を、相手に叩き込むべく彼女は跳ね上がって叩き込んだ――


 ――はずだった。


「えっ?」


 遥は呆けた声を放つ。

 あまりにも手ごたえが無かったのだ。

 斬った感覚が無い。

 それもそのはず――彼女は斬っていなかったのだ。

 不動だった『魂鬼』は、遥の攻撃を受ける直前に動いた。

 俊敏な動きで。

 油断していた訳ではない。

 ――いや、油断してしまっていたのだろう。

 同じだ、と。

 動かないから、前と同じだ、と。

 決めつけてしまったが故に判断も現実を受け入れる速度もいつも以上に掛かってしまった。

 その為、彼女は一瞬、その姿を見失ってしまった。

 しかしながらすぐさま彼女は姿を捉えた。


 それは――オラウータン型の『魂鬼』のその長い腕が拓斗に襲い掛からんとしている所だった。


「拓斗っ!!」


 彼の下に向かおうとした。

 だが空中で大剣を振ったことによってバランスを崩していた彼女は、即座に動くことが出来ていなかった。

 拓斗も、あまりにも一瞬のことで反応できていなかった。

 このままでは『魂鬼』の長い腕が拓斗を貫いてしまう。

 為す術無し――



「――



 ガキィン! と甲高い金属音がした。

 拓斗の首が飛んだ音?

 いや、違う。

 その音は――彼女の武器が『魂鬼』の腕を弾き飛ばした音だったのだ。



「感謝しなさいよ。特にそこのボーっとしているやつ」

「危機一髪でしたね」



 そこにいたのは――フランシスカとセバスチャンだった。

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