第43話 デートと探索 -04

    ◆二組目



「――という展開になっていることは間違いないだろうね……」

「ふむふむ。蒼紅は拓斗とは違って、大海も静を想っていると解釈しているのね」


 蒼髪の少女と青髪の少年は、モール内のカフェテリアでのんびりと過ごしていた。

 遥と蒼紅だった。

 彼女達がカフェテリアを選んだ理由は蒼紅が「……人目に付かない所に行こうよ……」とかなり危ない言い方をしたのだが、遥はそれを真正面から捉え、結果としてカフェテリアの店内で過ごすという、蒼紅の望み通りの展開となっていた。

 勿論、この組み合わせは遥が望んでいたものではなかった。だけどそんなことを口にしてしまえば、拓斗とデートしたいと思われるのが癪だったので、ぐっと言葉は堪えていた。


(……癪だけど、別に思われるのは嫌ではないんだけどね……それより)


 その気持ちも内心にぐっと押し留めながら、自身の手元にあるスマホを睨みつける。


(……帰ったらアプリ削除してやる……)


 そう内心で誓いながら、手元にあるカップを口元へと運ぶ。因みに中身はジャスミン茶で、蒼紅が飲んでいるのはブラックコーヒーであった。内心はともかく、見た目だけは優雅に飲んでいる遥と、おどおどとそんな彼女に視線を合わせないまま少しずつ啜るようにしている蒼紅が対照的であった。

 そんな苦慮している様子の蒼紅であったが、意を決したのか小さく首を縦に動かして言葉を放つ。


「……あ、あの……剣崎さん?」

「ん? なに?」

「そ……蒼紅、って下の名前で呼ぶのは……」

「ああ、駄目だった?」

「いや……凄いなあって思って……」


 視線を少し落とす。


「下の名前で人のことを呼ぶのって結構勇気いるよね。それをいとも簡単に行うなんて……凄いなあ、って……」

「何を言っているの? これは私の性格よ。……というよりも、拓斗と会話している時にいっつもあいつが呼び捨てにしているから同じように呼んでいるんだけど、それを表と裏で分けて使うことが苦手なだけよ」

「そうなの?」

「そうよ。裏表のない性格なの」


 胸を張る遥に、蒼紅は深い溜め息を吐く。


「はあ……やっぱり、そう言い切れるのは凄いよ。ぼくとは違うなあ」

「何を言っているの? 同じ髪色なんだから蒼紅も出来るよ」

「……何の理由にもなっていないよね、それ? ……それに、違うんだよ」


 蒼紅は自身の髪を揺らす様に首を横に振る。


「君の髪の色はぼくの名前にもある『蒼』。澄んだ蒼。明るい所では綺麗に見えて、闇夜には美しく海のような深い蒼になる。対してぼくの色は『青』。澄んではいない常に暗い色だ。だから同じ髪色なんかじゃないよ」

「んー、そうかな? 確かに私の方が少し明るくて毛が細いようだけど、ただそれだけのことじゃない」


 遥は自身の髪の色と蒼紅の髪の色を見比べながら言う。


「というか青色の髪自体が珍しいんだから、そんな些細なことで違いなんか見出さなくていいのよ」

「うん……ありがとう……」

「お礼を言われるようなことはしていないわよ」


 微笑む遥に、蒼紅ははにかみながらも笑顔を返す。が、やがて視線と話題の置き場に困ったのか「……あ、そういえば」と話の方向性を少しばかり変える。


「剣崎さんのそれって地毛なの?」

「地毛よ。染めてはいないわ」

「へえ、そうなんだ……保健室の剣崎先生は黒だったから、てっきり染めているのかと思っていたよ」

「……うん。お母さんとは違うね。よく言われる」

「あ……ごめんね……」

「ううん。何も謝ることなんかない」


 そこで目尻を少し下げ、遥は微笑みを讃える。


「それに髪って遺伝的なモノじゃない場合もあるらしいよ。だから男性は父親が髪の毛が薄くなくても自身が薄いってこともあるみたいだから、蒼紅も気を付けなきゃね」

「……男に髪の話は意外と効くんだよ。ぼくだって気にしているんだから」

「あー、うん」


 遥の視線が頭部に向けられると、蒼紅は自身の髪を右手で触れる。


「……信じられないかもしれないけど、ぼくはこの髪を染めてはいないんだ。だから痛めてなんていないよ」

「毎日変化しているのに?」

「あ、うん……その……変だよね……ごめん……だから、正確に言うと、ぼくが気が付かない内に変化しているから、自分では染めていない、ってのが正しいんだと思う……」

「そうなんだ」

「そうなんだよ……だからもしかして知らない間に染められているとしたらぼくの毛根の将来は……あわわわわ……」


 頭を抱えて唸り声を上げる蒼紅。その行為の方が毛髪に良い影響を与えないような気がしたが、そこにツッコミを入れると更に掻き毟りに走りそうだったので、さり気なく話題を切り替えることとした。


「まあ、毛根の話はおいておいて……せっかくだから蒼紅に色々訊きたいことがあったんだ。質問していい?」

「あ、うん……ぼくが答えられる範囲なら……なん……でも……いいよ……?」


 弱々しくも頷きを返す蒼紅に、遥は(……なんか脅しているみたいで心が痛む……)と苦笑いをしながら問い掛ける。


「その髪って、やっぱり変化している自覚はあったんだ?」

「うん。あれだけ言われれば……というか流石に気が付くよね」


 髪の毛に触れながら苦笑する蒼紅に、これはそこまでタブーな話ではない、と判断した遥は質問を重ねる。


「あと、変化している時って性格も変わるわよね。それは覚えていたりするの?」

「うーん……覚えている、っていうのとは少し違うかな……」


 蒼紅は困ったように顎に指を当てる。


「どう言ったらいいか分からないんだけど……過去は覚えていて現在は覚えていない、っていう言い方が正しいのかな……?」

「……」


 曖昧な言い方。

 その回答に遥は(……しまった)と後悔していた。

 普通に考えれば蒼紅の髪が変化するのは人工的に染めているからであり、その際に性格が変化していることについても、次の単語で説明が付く。

 多重人格。

 髪の色が6つあり、それぞれで性格も異なっていることからも、人格は6つあると思われる。

 しかし、普通の人が多重人格を持つとは考えにくいので、何かしら彼に対して多重に人格を持つ理由があったはずだ。明確な理由は不明だが、記憶に対して曖昧な言い方、髪の変化方法を自覚していないこと、そしてその話しの中で家族について全く触れられていないことが、あまり言いたくないことだということを黙して語っていた。

 遥は自身のずけずけとした言い方を反省し、しかしながら謝罪すると彼が更に委縮しそうな気がしたので、彼自身のことについて追及するのはここで止めておくことにして、別の話へと多少強引にも切り替えた。


「ふーん。……あ、ちょっと話を戻すよ。大海と静が両想いだってとこまで。あれってどうして蒼紅はそう思ったの?」

「いや……だって見れば判るでしょ? あの二人を」

「静は判るんだけど、大海はそうなのか掴めないのよ」

「あれだけ判りやすいのにね……」


 蒼紅の眉尻が下がった所を見ると、どうやら拓斗の言っていたことに引き摺られて見えていなかっただかなんだな、と遥は思い直す。

 つまりは拓斗の所為だ。


「……どうしたの? いきなり頬を膨らませて?」

「別に……ああ、蒼紅に対してじゃないよ。拓斗に対してだよ」

「あはは……拓斗って、どんな人相手でもそんなキャラなんだね……出会った時から変わらないなあ……」

「出会った……あ、そういえば聞いてなかったね」


 ポン、と遥は一つ手を打つ。


「蒼紅って他のみんなと出会ったのっていつなの?」

「高校入学の時からだよ。みんな同じクラスだったんだ」

「へえ。どんな出会い方したの? せっかく時間あるんだし、教えてくれない?」

「いいよ。ぼくの主観がちょっと入っちゃうのは許してね」


 そうネガティブな前置きをして、蒼紅は少し遠い目をした。

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