第36話 対となる存在 -02

「ったく、何で今日は朝っぱらから……」


 怒りを露わにしながらどんどん先に進んでいく遥。


「まぁまぁ。何か理由があるんだろ」

「どうせまたくだらない理由でしょ」


 遥は足も、不満の言葉も止まらない。 


「まともな理由で呼び出されたことある?」

「いや、ないけどさ……」

「また今度も、拓斗に変な命令をさせようとするんじゃないでしょうね……」

「あ、そういえば、まだ今回はしていないな」


 命令。

 それは文字通りの意味で、拓斗は遥に対し、一つだけ何でも命令することが出来るのである。これは権利ではなく、ある意味で義務である。これに関しては理由があって、遥と拓斗の間には、拓斗は『盾』として一回働く度に、遥は何でも一つ言うことをきかなくてはならない、という契約が交わされている。それが遥と拓斗に結ばれている関係であり、故に拓斗と遥は平等なのである。こうなっているのは一方的な主従関係ならぬ『主盾関係』はよくないから、と遥から拓斗は説明を受けていた。


「しっかし、よくできているよな。『主盾関係』って言葉」

「そんなのはヘ理屈だよ。だって他の『スピリ』だって、一つ言うことを聞く、という相手側の契約の内容自体は同じなんだよ。その相手がどんな武具になってもね」

「え? そうだったのか? ……いや、でもそれってお前が言ったんだぞ?」

「……実はあの時、ふと思いついたから言ってみただけなんだよ」


 ぼそっと、遥は顔を赤らめて逸らす。

 それに対し、何故か拓斗も少し顔を赤らめて視線を逸らす。


「へ、へぇ。そうだったのか……じ、じゃあ、他にはどんな武具があるんだ?」

「あ、うん。私が知っている限りでは普通に『剣』とか『銃』とか……あ、あと変わったのでは『頭脳』ってのもあったね」

「頭脳?」

「うん。戦闘力はあるけど、戦況が見えない人だからね、その人。だからそれらを指示してくれる人が必要なんだ」

「珍しいな。ってか、何でそんなに多様なんだ?」

「言ってなかったっけ? 『スピリ』が心の底で望んだ武具になるんだって」

「いや、聞いた覚えがないし……それに、僕の場合は『盾の種』を植えられたから『盾』になったんじゃないの?」

「そうじゃない。逆よ」

「え?」

「私が自分を守る『盾』を求めていたからこそ、それに合う『盾の種』を植え付けたのよ」

「えーっと……ということは……」

「そう。きっとお母さんが察したのよ。とはいえ、『種』なんてそうそうあるもんじゃないから、たまたま手元にあった……というよりも欠損への補填材料がそれしかなかった、ってのも事実だろうけどね」


 短く嘆息する遥。


「事実、ずっと『盾』を欲しがっていたのよ、私は。だからバレバレだったのもあるだろうし、拓斗と出会ったあの……『銃弾通り魔』、って名前だったっけ? あの時に咄嗟に『盾』にしたんだ。魂を移動させてね」

「あぁ。あの時はずっとパルンちゃんの人形のまま過ごさなきゃいけないかと思ったよ」

「あ、因みに、あの魂が抜けた身体があったじゃない。あれは使う人によっては剣にもなるんだよ」

「え? マジですか?」

「銃にもなるよ。その時は身体の破片をびゅんびゅん飛ばすって聞いたことがある」

「うわ……それはちょっと恐ろしいな……」

「でも、私のは盾になった。……言い訳してもしょうがないかもしれないけど、あれが初めての、人の魂を抜いた武具使用だったんだ。だから、ちょっと嬉しくなって……って、あれ? これは説明したっけ?」

「覚えてないな」

「まぁ、いっか。ってなわけで要約すると、私が『盾』を欲しがって、拓斗が『盾の種』を植え付けられたから、結果的に現在私はここにいる、ってこと」

「全然要約じゃないけど、成程、そう言うことだったのか」


 密かに自分の中にあった疑問が解けて、拓斗は何か満たされたような気分になった。

 だからだろう。すっかり忘れていた。

 自分達がどこに向かっていたのかを。


「おっそーい。二人でなにいちゃついているのよぉ」


 ゆったりとした声。その声の発信源は大学生のような若々しい容姿の、白衣を着た女性。だがそれでもその女性は一児の母――遥の母親である、剣崎美哉だった。


「あんまりにも遅いから迎えに来たのよ。どこで何をしてたのー?」

「別に、普通に歩いて来ただけよ」

「まさかトイレで? あそこは不衛生だから駄目よ」

「だからここに向かっていただけだってば!」


 まぁ怖い、と美哉は頭を抑えながら微笑む。


「そんな怒らないで、保健室の中に入りなさい。あぁ、そうだ遥。授業に遅れないように空間切り離してね」

「はいはい」


 遥がそう返事をした瞬間――拓斗の腕時計の中で走っていた針は、その運動を止めた。

 遥には、というよりもスピリであるものは、空間を切り取る能力がある。これは平たく言うと時間を止める能力であり、ある条件を満たしているもののみが、その空間で動くことが出来る。その条件の一つに『スピリのこの能力を知っている者』というものがあるので、拓斗と美哉は動けるのだった。


「二人とも保健室に入りなさい」


 そう言って手を拱いた美哉に続いて、拓斗と遥は室内へと足を踏み入れ、室内に用意されていた椅子にそれぞれ腰掛ける。


「んで、今日は何の話なの?」

「うん。あのね……今日は、ちょっと真剣な話なのよ」

「……え?」


 その一言で、空気が変わった。いつもなら笑顔で「アニメのDVDを貸してもらうように頼んでおいて」や、「遥にこれをさせたらどう?」などのくだらない話をしていたのだが、今日の美哉の表情はその言葉どおり、真剣そのものだった。

 ふう、と美哉は一息ついて続ける。


「昨晩、私達の組織の者が大量に殺されたの。その地域の管轄のスピリも、命を落としたわ」


「え……?」


 拓斗は驚きの声を上げる。


「それって……そんなに強い魂鬼が出たんですか?」


 拓斗は、以前戦ったハリネズミのような魂鬼を思い出していた。その魂鬼は結構強かったため遥は苦戦を強いられたが、それでも拓斗が駆けつけて共に戦ったら、一瞬で片がついた。その後にも数多くの鬼と戦ったが、どれも二人で力を合わせれば何てことない鬼だった。だから、今までのより遥かに強い鬼が出現したのかと拓斗は身構えたが、


「いえ、今まであなた達が戦った魂鬼より強い魂鬼なんか、世界中のどこにも出現してないわ」


 美哉は首を横に振る。


「どういうことです? そのスピリが未熟だったとかですか?」

「いいえ。ベテランで、パートナーもきちんといて……それなりの強さは誇っていた人だったよ」

「じゃあ、何で……?」


 拓斗がそう眉を潜めたのと同時。


「……んだね?」


 遥がそうぽつりと呟く。


「魂鬼じゃない……?」

「そうよ」


 美哉は大きく首肯する。



「今回、このスピリを殺したのは魂鬼じゃない。……

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