第31話 剣崎遥は盾を所望する -10

  ◆

 

 

 走った。

 とにかく、走った。

 目指すは、遥。

 目的は――


「目的はそう……許すため!」


 遥は謝っている。

 身体を張って、真剣に謝っている。

 なら、僕も許そう。

 身体を張って、許しに行こう。


「――ッ」


 唐突に強烈に足が痛んだ。

 何故か腕も痛んだ。

 それでも走った。

 そして数分後。

 拓斗は、遥の元へと辿り着いた。


「……っ」


 思わず絶句する拓斗。

 遥は傷を負っていた。

 左腕と足には巨大な針の様なものが刺さっている。血が滴り落ち、苦しそうな顔で、立つのがやっとだというように見える。

 その目の前には、大きなハリネズミのような、『魂鬼』の姿。


「参ったね……」


 拓斗が到着したことには気が付かず、遥は呟く。


「こんな時にこんなに強いやつが、よりにもよっていない時に出てくるとは……」


 遥は首を横に振る。


「……いや、だめだ。私は証明しなくてはいけないんだ。あの『盾』に――ああ、また言ってしまった」


 顔を歪め、彼女は一層大きく首を振る。


「どうしても面と向かっては恥ずかしいから、つい口にしちゃう……多分、これからも言っちゃうと思うな、これは……」


 自虐的な笑みを浮かべた後に強く一度首を縦に振って、彼女は言う。


「だからこそ……私は拓斗を人間としてみているんだ、ってことを……私は行動で示さなくちゃならないんだ」


 ゆっくりと大剣を持ち上げ、構える。


「それが今、私が……拓斗に出来ること!」


 ハリネズミのような『魂鬼』が、唸りを上げる。

 ――次の刹那。

 遥の唇が動く。

 その声は小さすぎて全く聞こえなかった。

 だが、拓斗には、はっきりと判った。

 言葉など無くても、通じた。

 それは、たった6文字。

 彼女がこの戦いを通して言いたかった言葉。



 ごめんなさい。



「遥ッ!」


 大声で名を呼び、拓斗は大地を蹴った。


「!」


 その声で気がついたのか、遥は拓斗の方へと視線を向けた。

 ――それと同時。

『魂鬼』は遥の真上へと跳ね上がり、針を放つ。


「あああああああああああぁっ!」


 拓斗は力の限りを絞って、遥に覆いかぶさるような形で思い切り飛び込む。

 その結果、針が遥に届く直前に、身体を割り込ませることが出来た。

 不思議と、痛みはなかった。

 眼前には、遥の顔。

 その表情は驚愕。


「どうして……」

「言っただろ、今日」


 すっかり忘れていた。

 だが、直前になって思い出した。

 拓斗は、微笑む。


「君を守る、盾になるって」


 そう。

 だから、身を挺した。

 この身がどうなろうと、知ったことではない。


「僕は君の、盾なんだから」


 そう言って。

 拓斗は、静かに目を閉じた。


「…………………って、あれ? 本当に痛くないし」

 

 目をばっちりと開いて、拓斗は背中を擦る。

 背中に異物がない。


「……何で?」

「だから、最初から私、言ったじゃない。『どうして』って」


 遥が驚きの表情のまま、拓斗の背部を指差す。


「どうして私が契約していないのに――『盾』の能力を発動しているのよ?」


「へ?」


 恐る恐る、という感じで拓斗は背後に視線を向ける。

 するとそこには、薄い膜があり、針は全てその前で静止していた。

 まるで契約して『盾』となった時と同じように。


「……どういうこと? まさかあの昼間の時の呪文は、ただの気分なの?」

「違うわよ。じゃなきゃあんな恥ずかしいセリフ、言うわけないじゃない」


 遥の信じられないという声が、拓斗の耳に入る。


「そうなんだ。でも、まあ、どうでもいいか」


 ゆっくりと立ち上がりながら、拓斗は『魂鬼』に指先を向ける。


「とりあえずあいつを、討伐することが先だね」


 拓斗の横に遥が来る。

 拓斗は遥の顔を見る。

 遥も拓斗の顔を見る。


「……うん」


 2人は、『魂鬼』の方向へと目光を光らせる。


「ギ……ギィ……」


 すると『魂鬼』は数歩後ろへと下がる。

 まるで2人に対して恐怖を抱いたかのように。


「ねえ知ってる?」


 唐突に遥が問う。


「ハリネズミって針は硬いけどさ、中身の方は柔らかいんだって」

「柔らかいからこそ、外装を固くして敵から身を守っているんだな」

「うん。だから」


 遥が大剣の先を真っ直ぐに『魂鬼』に向ける。


「突っ込んで、あの『魂鬼』の体内を突き破るよ」

「分かった。僕が盾で攻撃を防ぐから、遥は遠慮なく突き進んで」


 拓斗は頷いて、両手で遥の持つ大剣の柄を握る。


「行くよ」

「ああ」


 顔を見合わせて頷く。

 そして2人は爆発的に飛び出した。

 叫びなど上げない。

 ただ向かう。

 直線的に『魂鬼』に向かう。

 当然、『魂鬼』はそのまま見ている訳ではない。

 固い大きな針を2人に飛ばす。

 だが、その攻撃は通じない。

 全て、彼らから離れた位置で弾かれる。

 直線的な攻撃も。

 別角度からの攻撃も。

 上からも。

 下からも。

 全ての針が空中で静止し、地面に落ちる。


「ギ、ギギッ!」


 やがて、『魂鬼』は耐え切れず、巨大な身体を丸めてガードを固める。

 ――時既に遅し。

 防御に徹した所で、彼らの勢いは止まらない。

 固い外装など、既に意味が無い。

 彼女が苦戦したのは、避けつつ攻撃を当てることが難しかったから。

 今は防御に、拓斗がいる。

 だから、攻撃に特化できる。

 そうなればこの『魂鬼』など、敵ではない。

 

 ドグシャ。


 その鈍い音が響くと同時に、遥と拓斗が持つ大剣が、ハリネズミのような『魂鬼』を貫いた。

 突き抜け、地面に降り立つ2人の背後には、立ち尽くす『魂鬼』。

 やがて、その『魂鬼』の身体が光り出し、そして散った。

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