第28話 剣崎遥は盾を所望する -07

   ◆



「母さーん。終わったよー」


 遥の荷物の整理整頓が終わり、拓斗は階下に向かって声を投げた。

 しかし、返事がない。

 おかしいと思いリビングまで降りていき、その中を覗く。

 すると、そこには誰もいなかった。


「ん? 何処に行ったんだろう……?」


 頭にはてなマークを浮かべると同時に、拓斗は1つの書置きを発見する。

 そして、その書置きの内容を確認すると、


「……おい」


 拓斗は額に手を当てて首を横に振る。

 そこに遥が、不思議そうな顔で入室してくる。


「どうしたの?」

「あ……えっと……今日、2人きりだって」

「へ?」


 拓斗はピラッと、書置きを摘み上げる。


「母さん……君のお母さんの所にDVD届けに行くってさ。ついでに全話鑑賞してくるから、晩御飯とか朝御飯とか昼御飯は自分で作ってね、だそうだ」


 つまり今夜は、1つ屋根の下で2人きりということ。

 美少女と、1つ屋根の下。


(それはまずくないか? いや、実際どうこうするわけじゃないけど……これ、なんてエロゲ?)


 動揺する拓斗。

 だが、


「ふーん、そうなんだ。あ、テレビ借りるよ」


 対して遥は感心なさそうに、テレビを見始める。


「……そうか」

(そんなに問題じゃないんだ……僕が意識しすぎたのか……ってか、意識してよ)


 拓斗はほっとしたような、悲しいような気持ちになった。



 ――そして、今に至る。 


「……」

「……」

「……はぁ」


 とても堪えられそうもない、何ともいえない空気に溜息をつく拓斗。

 加えて、現実逃避のために、回想を始める。


(今日は密度の濃い1日だったなぁ)


 犬小屋で目覚めて、遥が転校してきて、吊るされて、『魂鬼』を退治して、『スピリ』の裏側を見て――


(そういえば……)


 拓斗は、遥の顔をちらと見る。

 テレビを見ているその表情は、拓斗の目には比較的明るいように見えた。


(良かった。あまり、あのことは引きずっていないみたいだ)


 あれだけ号泣していた、あの出来事は。

 そうホッと胸を撫で下ろしていると、彼女はこちらに視線を向ける。


「ねぇ、盾?」


 この彼女の声を聴いた途端――唐突に、教室の時と同じような強烈な違和感に再び襲われた。

 しかしながら原因は未だに分からない。

 胸にもやもやを残しながら拓斗は応対する。


「あ、あぁ……何だ?」

「あの……娘を生き返らせた母親のことなんだけどさ……」

「ッ!」


 引きずっていた。

 引きずらない訳が無かった。

 遥は少し俯き、顔の影の部分が大きくなる。


「本当に……これで、良かったのかな?」

「……良かったんだよ、これで」


 拓斗は本心から、その言葉を口にする。


「だって、あの人は笑っていたじゃないか。感謝の言葉を述べていたじゃないか。遥は良くやったよ」

「そう、かな」


 まだ俯き続ける、遥。

 その表情は、とても悲しくて、切なくて、見ていられなかった。


「……」


 それ故の行動だった。

 本能だった。

 意識もあった。

 だから敢えて口にした。


「……なでりなでり」

「なっ!」


 バッ、と慌てて拓斗と距離を取り、頭を押さえて真っ赤になる、遥。


「いいいいいいきなりなななな何をするんだっ!」

「撫でた」

「それは判っている! 何故撫でたのかと訊いている!」

「知らん」

「し、知らん?」

「あぁ、知らん」


 ドドン、と拓斗は大きく胸を張る。


「僕が君を撫でたのには明確な理由などない。ただ、撫でたかった。それが一番理由に近いのかもしれない」

「そんなのは答えとして相応しくない!」

「そう、その通り! それみたいに明確な答えなんて存在しないものもあるんだ!」

「……っ?」

「いい? 遥の行為は、誰かの目から見れば駄目だったかもしれない。でも、僕が実際に思っているように、いいと思う人もいる。どちらも正しくて、どちらも間違っている」


 だから、と拓斗は、遥をビシッと指差す。


「それを決めるのは、遥自身だ。遥が正しいと思えば正しいし、間違っていると思えば、間違っていることなんだよ。今回の場合は」

「……でも」

「でもじゃない」


 強く、否定する。


「大切なのは『どうすれば良かったか』じゃなくて――『これからどうすれば良いのか』じゃないのか?」

「……」


 拓斗は表情を緩める。


「終わったことを悔やんでもしょうががないんだし、今は晩御飯のことでも――」



「……



「え?」

「盾のくせに……うるさいっ!」


 遥は怒声を放ちながら座布団を投げつけてきた。


「は、遥?」

「お前はただの盾のくせに! 実際にこの手で彼女をこの世から消し去った私じゃないくせに! いい加減に知ったような口をしやがって! 相談した私が間違っていた! 盾に意見を求めなければ良かった! 盾なんかに……


 ――『!」



「……っ!」


 その瞬間。

 ようやく、拓斗の中にずっと燻っていた違和感の正体が判った。


「……それだ」

「え……?」

「それだったのか……」


 言葉を落とす拓斗。

 遥は座布団を投げつけるのを止め、呆けた表情を向ける。


「な、何が?」

「――『』だよ」


 そこで拓斗は思い切り、遥を睨み付ける。


「遥は僕のこと、ずっと『盾』って呼んでいるんだ。みんなのことは名前で呼んでいるのに……」

「そ、それがどうしたのよ?」

「君は確か言ったね。僕が人間だって」

「そうよ」

「でも、本当にそう思っているの?」

「そうよ」


「なら、何で僕のことを――『盾』って呼ぶんだ?」


「あ……」


 遥は言葉に詰まる。


「いや……それは……」

「ふざけるなよ」


 静かに拓斗は怒っていた。

 抑揚もないその声は、相手を威圧させるのに十分な冷たさであった。


「盾は人間か? 違うだろ。結局は口だけだったんだな」

「ち、ちが……」

「お前は僕をただの道具としか見ていない。だから僕を『盾』と呼ぶ。『盾』に対してだから話を聞かない。『盾』だから意識しない。『盾』だから……名前で呼ばない」

「あの……その……だから……」

「はいはい。分かりましたよ」


 何か言おうと口を開閉する遥の目の前で、バン、と床を叩き、拓斗は立ち上がる。


「盾は盾らしく、部屋の中でじっと動かないから。これでいいんだろう?」


 拓斗は背を向け、2階へと上がっていく。

 遥が何かを言っていたが、耳を塞いで聞こえない振りをした。

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