須賀涼太(警察官)【9】
その声に応えるように、少女が大きく一歩踏みこんだ。両腕を目一杯のばし、須賀の目前に迫る。限界まで開かれた口は両端が裂けかけており、白い皮膚に走る細かな罅がやけに鮮明に見えた。赤黒い口腔はブラックホールのように須賀を吸い込み、咀嚼し、圧縮し、無に帰してしまうように思えた。
狙って撃ったわけではなく、自分を守ろうと反射的に動いた両腕と、恐怖と混乱でほとんど痙攣したとさえいえる指がしでかしたことだった。須賀の拳銃から轟音が噴き、少女の喉奥から後頭部が爆発した。ほとんど呆然とする須賀の目に、崩れ落ちる少女の身体と、その向こう、廊下の遠くからこちらに走ってくる警官たちの姿が映った。
前に差し向けた両腕を動かせぬまま、不自然に硬直した姿勢で、須賀は足元の少女の身体を見下ろした。うつ伏せに倒れた少女は後頭部が砕け、銃弾が吹き飛ばした頭蓋骨がぎざぎざの断面を晒している。赤黒い液体がどろりと溢れ、黒灰色のぬらぬらした脳の一部が傷口にへばりついていた。
人を殺した/人が死んだ――こんなにもあっけなく。
あまりに唐突で凄まじい体験に、須賀の思考はほとんど硬直しており、何も考えることができなかった。
死んだ/殺した/死んだ/殺した/死んだ/殺した――自分がこの手で。
だがその意味を受けとめる暇は、彼には与えられなかった。
「――いぎッ!?」
右の足首に激痛が走り、喉が悲鳴を絞りだした。痛みは腰から背中を駆けあがり、全身が一瞬痙攣して、須賀は拳銃を取り落とした。床を転がる武器を目の端に捉えながら、しかしそれに構うことはできず、背後の足元を振りかえる。
彼の右脚に、男が取りついていた。両腕でふくらはぎを抱えこみ、噛みついて――というより、かぶりついて――いた。血まみれで倒れていた警備員。顔の半分を失った男。身体中いたるところが破れ、内臓を零れ落とし、死んでいた……生きているはずのなかった男。それが獰猛に、餌に飛びつく飢えた獣のように、須賀の足首に啖いついている。
須賀は悲鳴をあげて、思いきり脚を振り払った。男が口を離してのけぞる。須賀がたまらず尻もちをつくのと、仲間の警察官が駆けつけたのはほとんど同時だった。
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