崎山優城(高校生)【4】
いやいや、待て待て。崎山は目をぎゅっとつぶって自分を戒めた。思考が逸れて妄想になっている。想像をたくましくしすぎることがあるのは自覚していた。それを自分の裡だけに留めておけるならいいのだが、あまり考えすぎると否応なく外に――表情や態度に――出てしまうから注意しなければ。
今日はなんといっても女子が、それも三人もいるのだ。
自転車組――宇都さん以外の四人――が自転車を停め、駅ビルの入口でまた合流して店内にはいる。特に何をするとも聞いていなかった。たぶん誰かがなにかの買いものがあるんだろう。それからゲーセンで遊ぶとか。ここまで来て、いまさら「んで今日なにすんの?」とは言いだせない。完全に訊くタイミングを逸してしまっていたので、崎山は基本的に大里と一緒に動くつもりでいた。
大里は小学校からの友達だ。子供のころはよく遊んだし、家が同じ町内なので登下校も一緒になることが多い。
高校の剣道部に入部したのも二人連れ立ってのことだった。体育会系の部活のなかでは厳しいほうの剣道部にあって、二人はあまり熱心な生徒ではない。今日も顧問の先生こそ休みだが自主練はあり、大半の部員は参加しているはずだ。
それでも大里はいい、充分強いのだから、と思う。問題なのは自分のほうだ。
大里よりガタイこそいいものの、気迫や瞬発力に難があると顧問の長崎先生からはよく指導されていた。着座や残心などの所作も、手足の先までもっと意識を充実させるべきらしい。いつだったかの部活おわり、長崎先生と二人だけになったことがあった。自販機で買ったポカリをこちらに放り、自分は水筒の麦茶を一息にあおってから、先生は咎めるように笑ったものだ。「おまえももうちょっと真面目に練習すれば、九州大会くらい楽に行けると思うんだけどなあ」
顧問から笑顔で言われたそのことばは、奮起への期待ではなく、そうかといって諦めでもなく、ほとんど決別というか、突き放されたのだと直観した。適当なことを言って適当に機嫌をとって、辞めることなく適当に練習を続けさせ、適当なところで卒業すればいいと思っているのだ。
決してずっとこうだったわけではない、と崎山は思う。入部したての頃は、ほかの生徒と同じように熱意をもって練習に取り組んでいた。地区大会や県大会のたび、試合の結果に一喜一憂し、次の大会に向けて気合を入れ直したものだ。
あの熱さを失ったわけではない、と崎山は思う。情熱は胸に秘めているだけ、表に出ていないだけ、他人にはわからないだけだ。その気になればまた一心不乱に竹刀を振ることはできるし、そうすれば先生の言うように、すぐに大会で上位に食い込むこともできる。三年の夏――最後の期限が迫っているときはわかっているが、崎山は、努力するのに遅いということはないと信じていた。
だが、彼はいまここにいる。自主練もせず、ショッピングプラザの入口で女の子たちの笑い声を聞いている。
本当は頭の片隅でわかっていた。自分がこのまま努力せずに剣道部を終えることを。本気を出せばと念仏のように唱えつつ、明日から来週からと決断を押しやり、部活も勉強も中途半端なまま、お粗末な学生生活を終えることになるのだろう。――お粗末。このちょっと愛敬のある言葉を選ぶあたり、こんな自分を、崎山はほとんど許していた。
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