迫洋子(市役所臨時職員)【6】

 そして今日――亜美と隆太はいつもどおり学校へ行ったが、洋子は仕事を休んだ。とても仕事が手につく状態ではない。職場には体調不良ということで連絡を入れていた。

 ふたたび電話がかかってきたのは、実家でテレビの画面をぼんやりと見つめているときだった。地元のローカルタレントが穴場の喫茶店を紹介する番組だ。天文館に半月ほどまえにオープンしたカフェで、中南米産のコーヒーとガレットが売りらしい。まえから気になっていたところだった――時間ができたら、允人さんと行けたらいいなと思っていたところだ。

 画面を見ると、知らない番号からだった。誰だろうと思うこともなく、機械的に通話アイコンをフリップした。

「はい」

「別府です。昨日はどうも」

 なんと言うべきかわからず黙っていたが、「いまご自宅ですか?」と訊ねる声には気にした色もない。

「いえ……わたしの実家に」

「ああ、そうですか。ご実家」

 声に苦味が混じる。すこし沈黙してから、あらたまったような口調で「昨日もお話しましたけどね」と続けた。

「もうすぐマスコミに事件の発表があります。私も経験上といいますか、これまで見てきた例から申しあげるんですが、発表直後からマスコミが殺到すると思いますので、ご自宅にはなるべく近寄らないほうがいいでしょう。それと、ご実家。これもすぐにバレますからね、そちらにもマスコミがやってくると思います」

「マスコミ……」

 テレビのワイドショーなどで、犯罪者の自宅が晒されているのを見たことはもちろんあった。家族がマイクを突きつけられて深々と頭を下げている姿も。逃げるように画面の外に駆けていく姿も。

 洋子もときおりパートが休みのときなど、家事の手を休めてなんとなくテレビを見つめたものだった。犯罪者への恐怖と、胸の奥にうずく否定しきれない好奇心とともに。こんな犯罪をした人は、いったいどんな家で、どんな家族と一緒に、何を考えながら暮らしているんだろう? 険しそうな表情をしたアナウンサーがマイクを構えている。――私が立っているのは迫容疑者の自宅のまえです。容疑者はここに家族四人で暮らしていました。いまはカーテンが閉ざされ、人の気配もありません……。あれがここに――実家にも?

「これは我々でどうこういえる話じゃないんですけどね」

 別府が気遣わしそうに声をひそめる。

「ご実家よりも、ご友人のお宅とか、ホテルとか、居場所がわからないようなところにですね、しばらく……ほとぼりが冷めるまでね、いたほうがいいんじゃないかと思いますよ。警察がそうしろっていうわけじゃなくて、その、私個人の考えですけどね」

 別府は洋子の返事を待ったが、彼女が何も応えないでいると、すこし歯切れ悪く「では、そういうことで」と通話を切ろうとした。そのとき洋子が口を開いた。

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