迫洋子(市役所臨時職員)【7】
「夫はどうして横領なんか?」
当たり前のことだが、それは、事件を起こしたと聞いた瞬間から洋子がぶちあたった問いだ。どうして。なんでこんなことを。昨日は事態にひたすら圧倒されるだけで、夫に対しても警察官に対しても、疑問を疑問としてぶつけることができなかった。
さほど生活に困っていたわけではない――洋子はそう思っている。夫の給料は地元では良いほうだし、そもそも洋子もパートで家計にいくばくか入れているのだ。それは、確かに、子供たちにはお金がかかる……学校生活に伴う諸々の出費や習い事――亜美のバトミントン部や隆太のそろばん教室など――をはじめ、携帯代やおこづかい、学資保険に至るまで。それに田舎の車社会のこと、夫婦で一台ずつ所有する車のローンも月々にはきついものだ。
だが早くに両親を亡くした夫の実家に住んでいるため、家賃や住宅ローンの心配はなかったし、さいわい家族みな金のかかる趣味は持っていない。これといった娯楽もないこのあたりで、ほかのご家庭のように旦那はひねもすパチンコばかりということもなく、夫は車でドライブばかりしていた。自分は月に文庫本を二、三冊買うくらいだ。
なぜ銀行のお金に手をつけたのか――しかも、二千万という途方もない額に。なんの必要があって? なにに使ったのだろう?
「すみません奥さん、そのあたりのことは言えないんですよ。捜査上の秘密といいますか」
「でもわたし――わたしは妻なんですよ。夫がそんな事件を起こした理由も教えてもらえないなんて……」
「お気持ちはわかるんですけどね……」
「夫と話はできないんですか?」
「申し訳ありませんけど、それもできないんです、今のところは」
それじゃ、と小声で言うと、別府はこちらの返事も聞かずに電話を切った。
洋子はぼんやりとスマホの画面を見つめた。テレビから聞こえる笑い声がひどく遠く感じる。熱があるときみたいに全身がだるかった。居間の畳に横になる。冷たい藺草が頬に心地よい。理解できない、理解したくないことばかりで火照った頭を冷やしてくれるようだ。洋子は目を閉じた。涙が一筋頬を伝い、畳に小さな染みとなって落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます