大里浩一(高校生)【1】
鹿児島県鹿児島市
4月28日(木)
「あんたは今日くらいなんかしなさいよ」
小声でそう言って大里浩一の肩を拳で小突いたのは、幼なじみの史織だった。自転車を持ちあげてスタンドを蹴り下ろし、後輪の鍵をまわして閉める。前カゴの通学鞄を取り上げて肩に担ぎ、自転車の鍵は胸ポケットにしまい込んでしまってから、浩一はようやく振り返った。いつもの悪戯っぽい笑みで、史織がこちらを見あげている。
「なんかってなんだよ」
「なんでも。紗耶香とふたりで一緒になんか買い物したり、マックかどっかでなんか飲んだり、なんでもいいからふたりでなんやかんやしなさいよ。ゲーセン行ってもいいし、観覧車に乗ってもいい。乗る? ふたりで」
「なんだよなんやかんやって……」
駅ビルの屋上にある観覧車には何回か乗ったことがあるけれど、宇都さん――同じクラスの宇都紗耶香――とはまだ付き合っているというわけでもないのだから、二人きりでというのはさすがに考えられなかった――まだ? まだとはなんだ。頭のなかで自然と選びとった言葉のニュアンスに、浩一はちょっとだけ耳のうしろが熱くなるのを感じた。俺はいずれ宇都さんと付き合えるつもりでいるのか?
史織がすこし離れたところにいる崎山と霧島さんをうかがいながら、声をひそめて続けた。
「あんたが気になるっていうからみんなで一緒に来てるんだからね。とにかくあんたから誘うのよ。紗耶香も喜ぶって絶対」
そりゃ喜んでくれれば嬉しいが、喜ぶということは脈があるということで、そうなら苦労はしないのだけれど……。
宇都さんのことを、気づけば目で追ってしまっている。そのことを自分で意識したのはつい最近になってのことだ。彼女と史織と霧島さんと、三人でかたまってよくおしゃべりしているのは知っていた。史織を通じて話すようにもなり、学校帰りに何人かで遊んだことも二、三回はある。けれど特別長い時間を一緒にいるわけでも、趣味や感性が合うからよく話すというわけでもなかった。なんとなく、けれど確かに自分が宇都さんの横顔をよく眺めているのに気づいたとき、浩一は驚いたものだった。
でも、と浩一は思い出す。初めて話したとき、すごくいい笑顔、と思ったのは覚えている。
休み時間に友達と談笑する彼女を見ているのに気づいてあわてて目を逸らし、授業中に教科書を朗読する彼女の声にぼんやり聞き入っている自分を戒め、放課後バトミントン部の練習に駆けていく彼女の後ろ姿を眺める日々が続いた。しばらくして、朝がた教室にはいったらまず彼女の顔を探している自分を知ったとき、浩一は意を決して史織に話してみたのだった。宇都さんの友達で、かつ自分の幼なじみである史織は、ひとしきり浩一をからかったあとで、今日のこの場を整えてくれた。学校帰りに駅ビルのショッピングプラザに来ることになっていた宇都さん・史織・霧島さんの三人に、浩一と崎山が加わることになったのだ。
「そうっすね……がんばらしていただきます!」
「頼んますよ、こういッサン!」
おっさんみたいに笑いながら、どすん、と肩に拳を叩きこまれた。
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