第3話「変化と対応」

 たけるが御神刀を預かるようになってから数カ月。

 何度か異災退治に携わる機会があったが、時には雄志郎とともに、時には一人で、問題なくこなしていた。

 そして、高校最初の夏休みに入り、数日が過ぎた頃だった。


「学校は夏休みですか?」


 尊が神社で修行をしていると、今日も詩乃しのがやって来た。


「はい、そうです」

「どこか遊びに出かけたりはしないんですか?」

「いえ、特に行きたい所もないんで……」

「相変わらず修行ですか。熱心ですね」

「尊も少しは青少年らしい楽しみを覚えてもいいと思うんじゃがの」


 尊と詩乃の会話に姫神様も加わる。


「別にいいですよ。オレにとっては、御神刀使いとしての務めを果たすことが青春、人生です」

「真面目なのはいいが、あまり気負いすぎないようにの」

「でも、師匠だっていつまでも現役じゃないし、オレが頑張らないと」


 数カ月前に怪我をした雄志郎の姿が、尊の脳裏をよぎる。


「そういえば、雄志郎さんは今日はいないんですか?」

「所用があって出かけておる。夜には帰るじゃろう。雄志郎に何か用か?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど」


 詩乃は穏やかに微笑ほほえむと、質問を重ねた。


「それにしても、異災って何なんでしょう」

「こことは違う異界からやって来ては悪さをしておる存在じゃが、何者なのかはよくわかっておらぬ」

「それでも、退治はできるんですね」

「退治とは言っているが、正確には強制送還じゃな。御神刀などの神器を使って元いた所へ送り返しておる」

「平和主義なんですね」

「向こうもいろいろと悪さはするが、人をあやめたことはないからの」

「ところで、雄志郎さんや尊さんは、姫神様から御神刀を預かってそれをやっているわけですよね。姫神様自身は、そういうことはなさらないんですか?」

「人の世を治めるのは人の役目じゃからの。わしらは少々手助けをするだけじゃ」

「なるほど……でも、できないわけではない?」

「いやいや、力を持った神器をつくりはするがの。わし自身はか弱い乙女じゃよ」


 姫神様が冗談めかして笑うと、


「それはいいことを聞きました」


 詩乃の気配が一変した。

 彼女の背中から突如として無数の黒い触手が噴き出し、またたく間に姫神様を縛り上げてしまう。


「なっ……」


 突然の出来事に尊は反応できないが、こんなことができる存在の心当たりは一つしかなかった。

 異災。


「どういうことなんだ……」


 異災が人の姿をしているなんて。それに、御神刀は今もほとんど反応していない。

 何とか御神刀を手にするものの、尊はショックから立ち直り切れない。

 そうでなくとも、姫神様が捕らわれているので、うかつに動けなかった。


「そのまま動かないでくださいね。ごめんなさいね、尊さん、姫神様。あなたたちのことをだましていました」


 詩乃は穏やかな微笑を浮かべながら答える。


「今までたくさんの異災を見てきたが、おぬしのようなタイプは初めてじゃの」


 姫神様は縛り上げられたまま、冷静な口調で語りかける。


「私たちのようは千差万別。姿や気配を変えることができる者もいるの。ここまで高度な擬態が可能になったのは、今まで数多くの同胞が情報収集に努めてくれたからだけど」

「今までこちらの世界にちょっかいをかけてきたのは情報収集に過ぎなかったと? そもそも、おぬしたちの目的は何じゃ」

「この世界への移住よ。人類の住めない地域でも私たちには居住可能だから、そこに住まわせてほしいの。私たちの世界は住むには適さなくなってきているのよ」

「それならばもっと穏当に接触してきても良かったのではないか?」

「今まではそもそもそちらとコミュニケーションを取る手段がなかったのよ。最近になってようやく、私のような一部の者がそちらと意思疎通が可能になった。それまでは、情報収集をしようととしても、そちらを傷つける結果になってしまった。そちらもこちらを目の敵にするようになった」

「しかし、コミュニケーションを取ることができるようになったのであれば、交渉の余地もあるのではないか?」

「そうね。あなたたちは私たちと敵対しても、殺すことはなかったものね。だから、交渉の特使として私がやって来たの」

「しかし、交渉の意思があるにしては、この扱いは少々乱暴ではないか?」


 姫神様は縛り上げられた己の身を見やりながら尋ねる。


「ごめんなさい。私が異災だと知られた時点で問答無用で追い返されかねないから、ひとまずそちらの動きを封じさせてもらったの」「その懸念はもっともじゃの」

「でも、やっぱりこんな態度はいけないわね」


 詩乃は姫神様の戒めを解いた。


「改めて交渉します。私たちの移住を受け入れてくれるかしら?」

「それはわしでは判断は下せん。この世界の行政機関と交渉してくれ」

「では、行政機関への取次を依頼してもいいかしら? 今まで誰よりも私たちと接してきたあなたたちに橋渡しをお願いしたいの」

「人の世のことじゃから、わしよりも雄志郎や尊に言ってもらった方がいいかの」


 急展開に目を白黒させていた尊だが、話を振られて気を取り直す。


「じゃ、じゃあ、師匠が帰ってから相談ということで……」


 その後、帰ってきた雄志郎は、事態の変転にいたく驚いたものの、行政機関への取次を引き受けるのだった。

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